協力者

 2階にあがってすぐ、客室の手前に休憩スペースがあった。

 小さなテーブルが2つに、イスが4つ。

 そこには、俺たちより先に2階へと向かった男子生徒がいて、イスに座ったまま、俺たちに軽く手をあげた。

「部屋、戻ってなかったんだ?」

 りっかが男子生徒に声をかける。

 そういえば、りっかは俺以外にも、みんなと話をしていたんだったか。

 初めて声をかける雰囲気ではない。

 りっかのことだから、初対面であっても、近い距離で話しそうだけど。

「少し、あなたたちのことが気になったので」

 つまり、待っていたということか。

 たしかにこの状況なら、まず、実際に食べられたりっかから話を聞きたいと思うのは当然だ。

 俺は、おまけ程度だろう。

「あ、もう支えてくれなくても大丈夫そうだよ。ありがとう」

「それなら、よかった」

 俺は、支えていたりっかから手を離し、少しだけ距離を取る。

「あなたたち……知らずに来たんですか?」

 さっそく男子生徒に尋ねられるが、なんのことかわからず、俺は答えるより先に、りっかを見た。

「――都市伝説みたいな感じで、少しは聞いてたけど、事実と思ってたわけじゃない。知り合いの消息がわからなくなった原因が、ここにあると思って、来てみただけ」

 りっかは、自分が知らないことがなんなのか、それを知っているみたいだった。

「じゃあ、その知り合いを、探してるんですか?」

「ううん。探すのが目的じゃない。様子がおかしかったから、どうしてあんな風になったのか、その理由に興味が沸いてね」

 男子生徒は納得したのか、今度は俺に目を向ける。

「りっかには話したけど、俺は、あのお嬢様に招待されてきた」

 持ったままだった鞄から招待状を取り出し、2人に見せる。

 館の場所や時間、あとはテンプレートのようなお誘いのメッセージが書いてあるだけで、とくに変わった所はない。

「きみは、雨宿りでしょ」

 りっかが、確認するように男子生徒に尋ねる。

「一応。ただ、雨じゃなかったとしても、ここへは来るつもりでした。野外学習の下見で、あの教師と同級生と一緒に来たけれど、騒がしくするだろうから、近隣への挨拶くらいしたらどうかって、提案しようと」

「じゃあ、どのみち、こうなってたかもしれないってこと?」

 りっかはそう言うが、俺はそうとは思わなかった。

「雨じゃなければ、さすがに挨拶に来ただけの人たちを食事に誘ったり、泊めたりしないだろ。普通の教師なら、まず断る」

「それもそっか」

 納得するりっかとは対照的に、男子生徒はある一点を否定する。

「あいつは、普通の教師じゃないです」

 初対面とはいえ、少し年上の俺と、年齢不詳だが同世代のりっかに敬語を使えるのこの少年が、教師のことを『あいつ』呼ばわりするのは、少し違和感を覚えた。

「へぇ、どんな教師?」

 ここぞとばかりに、りっかが興味を示す。

「普段はいい教師ぶってますけど、結局、生徒を捨てて、腰抜かして逃げようとするやつです」

 たしかに、レイカの食事を見たときの教師の反応は、情けなくも見えたけど、誰だって自分がかわいいし、命の危険を感じたら、自分を優先するのもわかる。

 ましてや、あのとき捕まってた相手は、初対面のりっかだ。

「一応、電話で警察とか呼んでくれようとしたんじゃ……」

 教師の味方をするつもりはないが、まったくダメとも思えない。

「今日だけの話じゃないです。高校で、いろいろありましたから」

「じゃあ、きみはいま、その教師が次のレイカの食事に選ばれて、よかったって思ってる?」

 りっかは、男子生徒の顔を覗き込む。

「……そうですね」

 それはひどいだなんて、とてもじゃないけど言えなかった。

 かわりになるつもりもないし、少なくとも、すぐに食事されることはなくて、少し安心したのはたしかだ。

 りっかなんて、すでに手を食されている。

 そもそも、食事をされても無事なのか?

 男子生徒は、なにをどこまで知ってるんだろう。

「さっき、知らずに来たのかって聞いたよな? つまりきみは、なにか知ってるのか?」

 俺が尋ねると、男子生徒は俺とりっかを交互に見た。

 信用できる人間か、見定めているようだ。

「俺はなにも知らないけど、招待状をもらってる。きみは、招待状をもらったりはしていないけど、なにかを知っている。りっかは、実際に食事をされた当時者だ。正直、俺が一番、なにも提供できないけれど、みんな立場が違う。ここじゃなく、誰かの部屋でゆっくり話さない?」

 俺はそう提案した。

 ここはいつ、誰が来るかわからない。

 もちろん、各部屋にだって、盗聴器だったりなにか仕込まれてる可能性は否定できないけど。

 お嬢様の悪口を話していたなんて、告げ口をされでもしたら終わりだ。

「さんせーい! っていうか、いますでにしゃべってたけど」

 りっかなら、そう言ってくれる思っていた。

 だが、一番情報を得られそうなのは男子生徒だ。

「……そうしましょう」


 こうして俺は、突然招かれた館について、お嬢様について、食事について、話し合うことになった。

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