豪華ディナー
「お待たせしました。食事の準備が出来ましたので、こちらへどうぞ」
メイドに声をかけられ、エントランスにいた俺たちは、廊下に出る。
廊下の先は、レストランフロアのようになっていた。
「まるでホテルだな」
つい呟くと、近くにいた制服の少女が、こちらも見ずに口を開く。
「知らないの? ここはもともとホテルがあった場所なの。そこをいまの家主が買い取ったのよ」
「そうだったんだ……」
ピンク髪の少年は、制服の少女を怒らせていたようだけど、とくに変わった様子はない。
一番、普通の人であるように感じた。
4人がけのテーブルが6つほどあって、自由に座っていいと言われたため、俺は隅の方にあるテーブルを選んだ。
にも関わらず、ピンク髪の少年が俺の対面に座る。
「他にも席は空いてるだろ」
見たところ、客は4人しかいない。
「ここが一番、みんなを見渡せそうだから」
たしかに隅の席で壁に向かって座っている俺とは対照的に、少年が座っているのは完全な角。
部屋全体を見渡せる場所だ。
「見渡したいのか」
「うん。きみは興味ない? ここに集まってる人がどんな人たちなのか」
俺は振り返りながら、来ている子たちに視線を走らせ、すぐにまた、前へと向き直る。
心霊スポットに興味があり、遊び半分でここへ来た目の前の男の方が、わかりやすいと思った。
他の子からは、なにも聞いていないのだから当然だけど。
「ここのお嬢様の友人なんじゃないか?」
この少年はさておき、制服の少女といい、思っていたより年齢層が低い。
「友人……ねぇ」
ピンク髪の少年は、どうやらそうは思っていないようだ。
「あ、どうしても嫌だってんなら、席変わるけど?」
「……いいよ。別に」
この少年のことはあまり好きになれそうにないけど、知らない場所、知らない人たちばかりの空間で、比較的、考えが理解出来る相手が近くにいるというのは、少し安心する。
そうこうしているうちに、食事が運ばれてきた。
「どうぞ、召しあがってください」
前菜、スープ、魚、シャーベット、肉……コース料理だ。
1人暮らしをし始めてからというもの、食事はコンビニ弁当か冷凍食品になっていたため、思った以上の幸福感を得る。
そもそも実家にいた頃だって、こんな豪華なものは食べていない。
テーブルマナーに自信はないが、目の前の少年は、テーブルに置かれた左手を長い袖で隠したまま、右手だけで食事をしていた。
指摘するほど不快でもないし、なにより友達でもない。
完璧すぎるテーブルマナーを目の前で披露されるより、むしろ気がラクだ。
「これ……無料でいいんだよな?」
肉まで口にしたところで、目の前の少年に尋ねる。
「とくに聞いてないけど、あとから請求されても困るよね」
そう言いながら、ピンク髪の少年は、部屋を見渡した。
「それより、おかしくない?」
小声で少しこちらに身を寄せるようにして、俺に尋ねる。
「なにがだ?」
もちろん、非日常的な状況ではあるけど、なにが引っかかっているのだろう。
「お嬢様、いないよ」
目の前に出された食事に目がくらみ、そんなことにも気づかなかった自分を恥じる。
たしかに、レイカの姿も父親の姿も見当たらない。
「俺は、レイカ……さんを助けたお礼に食事をってことで招待されただけで……一緒に食べる約束をしたわけじゃないけど、レイカさんの友達もいるみたいだしな」
「レイカってあのお嬢様? そういうことだったんだ」
お礼の食事とはいえ、招いてくれた主役を差し置いて食事をするのもどうかと思うけど、運ばれてきたものに、手をつけないのも微妙だろう。
父親が言っていた『我が家の食事に、ドレスコードもマナーも必要ありません』という言葉を信じるしかない。
食事を運んできたメイドだって、食べるよう勧めてくれた。
そう自分を正当化していると、背後で扉が開く音がした。
食事の手を止め振り返る。
そこにいたのは、レイカでも父親でもなく3人組の男女とメイドだ。
「こちらへどうぞ。いま食事をお持ちします」
遅れて来た客か。
「す、すみません。突然来たというのに、着替えに食事まで……」
3人組の1人、男性が答える。
「いえ、構いません」
よく見ると、3人とも髪が濡れていた。
雨宿りに来たのかもしれない。
「先生、その……いいんですか?」
「どっちにしろ、いま外をうろつくわけにもいかない。ここは甘えさせてもらおう」
なるほど、教師と生徒か。
そういえば、キャンプ場を野外学習に利用する学校も多く、夏休み期間中、教師が下見に来るかもしれないと、梅岡さんから聞いていた。
なにか尋ねられたら、細かい説明が必要になるため、無理して答えず声をかけて欲しいとのことだった。
最初にメイドと話していた男が教師で、あとの2人……男女が生徒だろう。
高校生か。
着替えたらしいし、髪が少し湿っていることを除けば、比較的、ちゃんとした身なりをしている。
男たちはYシャツに紺色のズボン。
女生徒は、メイドより少し華やかに見えるワンピースに身を包んでいた。
「あの人たちも、心霊スポット巡りかなぁ」
楽しそうに、ピンク髪の少年が呟く。
「ただの雨宿りだろ」
「そうかなぁ」
「……ここが心霊スポットだってのは、そんなに有名なのか?」
あまり大きな声で話すことじゃない。
声のボリュームを落としながら、目の前の少年に尋ねる。
他の人たちは1人ずつテーブルについていることもあって、会話はしていないようだが、幸い外の雨音が、俺たちの会話をかき消してくれるだろう。
「知る人ぞ知るって感じかなぁ。近くに住んでる人でも、知らない人は知らないだろうし。案外、遠くにいても知ってる人はいる」
「きみはどうして知ったの? ネットかなにかか?」
「そう……だったんだけど」
これまで、ニヤついていたピンク髪の少年が、ここにきて表情を曇らせる。
「僕より前にここを調べてる配信者がいたんだよねぇ。動画を見たんだけど、いつの間にか、消されてたんだ」
「人の家を勝手に撮影した動画なら、消されても不思議じゃない」
そう告げると、ピンク髪の少年は、頬杖をつきながら遠くを見るような目で、あたりを見渡した後、俺に視線を戻した。
「そっちじゃなくて、撮影してた配信者が、消されたんだよ」
真面目な表情をしていたけれど、俺を脅そうとしているだけかもしれない。
「知り合いだったのか?」
「まあね。いずれ一緒にグループ作ろうかーなんて話が出るくらいには、仲良かったかな。直接、会ったことはなかったし、実際、どう思ってたかなんてわからないから、いつ音信不通になってもおかしくないけど」
「だったら消されたわけじゃなく、自分から消えただけなんじゃないか」
「かもねぇ……」
ピンク髪の少年が、俺から視線を外したかと思うと、デザートが運ばれてきた。
「おいしそ~! ありがとうございます」
そう声を弾ませながら、目の前のケーキを頬張る。
どうも少年は、ただの好奇心で心霊スポット巡りに来ているわけではないような気がした。
「僕の読みが正しければ……だけど。今日はここに泊まることになる」
デザートを食べ終えると、ピンク髪の少年がふと、そんなことを言う。
「そういえば、ここはもともとホテルだったらしいな」
「知ってたんだ?」
「さっき、向こうの子に聞いたよ。元ホテルだからって、そんなことにはならないだろ」
「どうかな」
目の前の少年が、携帯の画面をこちらに向ける。
そこには、この辺りの地域で暴風警報が出ている旨が表示されていた。
原付を走らせるのはまず無理だろう。
そんな中、メイドがコーヒーを運んでくる。
「今夜は嵐になるようです。お休み頂ける客室を用意しておりますので、よければそちらに泊まってください」
ピンク髪の少年は、俺の目を見た後、
「うん、泊まらせてもらうよ」
そう答えた。
メイドが、俺の答えを待つようにこちらを窺う。
窓の外に目を向けると、たしかに土砂降りだ。
雷も鳴っている。
ある程度、防音性があるからか、そう大きな音はしていないけど、いま山道を通るのは危険だろう。
「ひとまず少し天気が落ち着くまで、ここで休ませてもらえたら……」
「承知しました」
メイドは軽くお辞儀をして、次のテーブルへと向かう。
「中途半端に深夜、家を出入りされるより、いっそ朝までいた方が迷惑かからないよ」
ピンク髪の少年に言われて、たしかにそうだと感じたけれど、さすがにいきなり泊まるのは気が引ける。
「せめて一言、家主に挨拶くらいした方がいいだろ。ここに来てから会っていない」
「まあ、それはちょっとおかしいと僕も思う」
またメイドが来たら家主のことを聞くとしよう。
熱いコーヒーが飲みごろになるまで少し待っていると、俺たちのテーブルに、レイカとその父親がやってきた。
俺は慌てて席を立つ。
「今日は、どうもありがとうございました」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。レイカも喜んでいるよ」
父親に言われ、レイカに目を向ける。
あいかわらず、なにを考えているのかよくわからない瞳で俺を見ていた。
ただ、口角は少し上がっていて、笑っているようにも見える。
「食事中、姿が見えませんでしたが……」
「ああ、レイカは偏食で、一緒に食事をすると、みんなに気を遣わせてしまいかねないと思ってね。だが姿を見せないというのも、それはそれで気を遣わせてしまったね」
「いえ、おいしくいただきました」
「それはよかった。メイドから話があったと思うけど、今日はどうぞ泊まってください」
明日はバイトも休みで、とくに予定もない。
外は暴風雨。
すでに夜の20時を過ぎていたこともあり、帰ることが面倒に感じた。
「ねぇ、泊まろうよぉ」
まるで俺を煽るように、ピンク髪の少年が口を挟む。
この少年に従う気はないけれど、自分だけではないという安心感を得られているのはたしかだ。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「2階に客室があるので、また後ほど、メイドから鍵を受け取ってください」
「ありがとうございます」
レイカの父親は、次にピンク髪の少年に声をかける。
「きみも泊ってくれるね。部屋を用意しているから、ゆっくりしていってくれ」
「はい、ありがとうございます」
ピンク髪の少年が笑顔を見せると、父親も微笑を浮かべる。
そんな中、レイカが俺に話しかけてきた。
「あなたに言われて、虫かごを大きくしたの。たくさん捕まえられたわ」
「それは、よかった」
「いっぱい採集したの。とても素敵。素敵になる。もうすぐわかる」
そう呟くレイカの背に、父親が手を添えた。
「それではまた。レイカ、他の人たちにも挨拶を」
「ええ」
2人は、次のテーブルへと向かう。
「……お嬢様、ちょっと変わってるね」
距離が離れたのを見計らうようにして、ピンク髪の少年が言う。
「……まあ、ね」
こんな豪邸を持つ家のお嬢様って時点で、変わってる……そう思ったけど、それを差し引いても、あまり普通じゃないように見えた。
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