豹変した少年

 メイドに2階の部屋へと案内してもらい、カードキーを受け取る。

 ベッドはもちろんのこと、シャワールームやトイレもついていた。

 備え付けの歯ブラシやタオル、寝巻きは自由に使っていいらしい。

「普通にホテルだな……」

 着替えまで用意されている分、ホテルより好待遇だ。

 バイト初日で結構疲れていたのと、おいしいご飯を腹いっぱい食べたこともあり、シャワーで汗を流した後、俺はそうそうにベッドで横になった。


 異変に気づいたのは翌朝――

 いくら着替えが用意されているとはいえ、あとはもう帰るだけ。

 俺は昨日、着てきた服をもう一度着ると、鞄とカードキーを手に、1階へと向かった。

 階段をおりると、なにやら言い争うような声が耳に入ってくる。

「このまま、帰れないってことですか?」

「そうとは言ってない。まずはこの家の人を探そう」

 昨日、後から来た教師と女子生徒らしき子だ。

 近くで男子生徒と思われる少年も、難しそうに顔を歪める。

 服は乾いたのか、もともと着ていた服を着ていた。

 少し離れた位置には、ピンク髪の少年もいて、ソファに座りながら3人を眺めている。

 ピンク髪の少年と仲がいいわけではないけど、昨日、少し会話をしたこともあり、声をかけてみることにした。

「なにかあったのか?」

「あ、おはよぉ。よく眠れた?」

「まあ、疲れていたからな」

 ピンク髪の少年は、昨日に比べて少しテンションが低いように感じたけど、寝起きだからだろう。

「それより――」

 俺が催促しかけると、ピンク髪の少年はソファから立ち上がった。

「玄関のドアが開かないんだよね」

 そう言いながら、扉の方へと向かう。

 俺も、ピンク髪の少年の後を追った。

「外側から鍵がかかってるのか?」

「わからない。どこが鍵なのかもわからないしね」

 ドアノブに手をかけてみるけれど、たしかにびくともしなかった。

「……だとしても、泊めて貰ったわけだし、ここの家の人に声もかけずに帰るわけにはいかないだろ」

「そう。それで探そうかって話になってたとこ」

 ピンク髪の少年が、視線を横にずらす。

 つられてそちらを見ると、教師らしき男が声をかけてきた。

「すみません。この家の人と知り合いですか?」

「昨日、知り合ったばかりです。娘の方は、もう少し前に知り合いましたが……」

「そうですか」

 妙に焦っているようだけど、生徒2人連れた状態で、責任を感じているのかもしれない。

 時刻は朝の7時半。

「まだ寝ているだけかもしれませんし、もう少し待ってみても……」

 俺がそう提案すると、男は仕方ないと言った様子で頷いた。

「そうですね。部屋もあるしホテルみたいですけど、一応、普通の家……なんですよね」

「もともとホテルだったところを買い取ったらしいです。なので、家の人が寝ている間、鍵をかけるのも自然なことかと……」

「とりあえず8時くらいまで待ってみますか?」

 そう男子生徒が口を挟む。

「そうだな」

 教師も、女子生徒も、一応納得したらしい。

 俺に軽く頭を下げると、近くのソファに腰掛けた。

 俺は、3人とは少し離れた場所に置いてあるソファへと腰掛ける。

 ピンク髪の少年は、あたり前のように隣に座った。

「きみは変わってないね」

 そう声をかけられる。

「なんのことだ?」

「あそこにいる子、昨日とだいぶ雰囲気が違うでしょ」

 ピンク髪の少年が視線を向けた先に目を向けると、そこには微笑を浮かべリラックスした様子の少年がいた。

「覚えてないな」

 ピンク髪の少年は、隣から俺に携帯の画面を見せる。

「昨日、きみがくる前に撮ったものだよ」

 画面の中の少年は、祈るように手を組み、なにか呟いているのか口元を動かしていた。

 いまにも泣き出すんじゃないかと思えるほど、不安がにじみ出ている。

「こういうの、撮らない方がいい」

「いまそういう説教いいから。知り合いの配信者が消えた話したでしょ。僕は警戒してるんだよ。それより、どう? だいぶ変わってない?」

 ピンク髪の少年の事情はさておき、とりあえず画面の少年と少し離れた場所に座る少年を見比べることにした。

 たしかにずいぶん違う。

「……雷が苦手だったんじゃないか。気圧で頭が痛かったとか」

「雨ならまだ降り続いてるよ」

 窓越しに外を見てみると、たしかに昨日ほどの土砂降りではないにしろ、雨空だ。

 雷は鳴っていないものの、苦手な人が笑顔で安心出来るほどでもない。

 とはいえ、他の招待客くらいの認識でしかないため、正直、どうでもいい。

「俺には関係ないよ」

「どうかなぁ」

 そう言うと、ピンク髪の少年は、もう1つ、別の動画を見せてきた。

「昨日の夜、少しだけ館内を探ってみたんだ。なにか映らないかなってね」

 そういえば、心霊スポット巡りに来ていた子だったと思い出す。

「ここはホテルでも空き家でもないんだぞ」

「そういうのいいから」

 いいことだとは思わないけど、少し興味はあったため、つい目を向けると、そこにはあの少年とレイカが映っていた。

「僕たちが部屋を割り当てられた後くらい。2人は1階の奥の部屋に入っていったんだ。そこで除霊されたか、逆にいま、霊に取りつかれてる状態なんじゃないかって思うんだけど。どぉ? 僕の推理」

 どうしても霊がいることにしたいらしい。

「あの子は、レイカと友達なんだろ。悩みを聞いて貰えてスッキリしたのかもしれないな」

 ピンク髪の少年は、小さくため息を漏らした。

「つまらない答えだね」

「妥当な推理だ」

 ただ、ピンク髪の少年の推理も、あながち悪くないような気がしていた。

 心霊関係には詳しくないけど、雰囲気が著しく変わるというのも納得できる。

 ようは霊のせいにしてしまえば、いろいろと成り立ってしまうわけだけど。

「お嬢様も、変わってる気がする」

 ピンク髪の少年に言われて、どういう意味か考えてみる。

「普通じゃないってことか? それとも変化したってこと?」

 前者なら、失礼な話だが同意する。

「変化したってこと。消された動画に映ってたお嬢様はこんなんじゃなかったよ。もっと……人形みたいだった」

 人形みたいだと言われて腑に落ちた。

 あのぼんやりした吸い込まれそうな瞳は、芸術性のある作り物のよう。

 服装もアンティークドールみたい。

 かわいらしい子を『お人形さんみたい』と褒める人もいるが、おそらくピンク髪の少年は、そういう意味で言っているわけではないだろう。

「というか、あれは人形だったんじゃないかなぁ。人とは思えない」

 ピンク髪の少年は、冗談なのか本気なのかわからないことを言っていたけれど、わからない時点でおかしいとも思った。

 どっちにしろ、いくら人形みたいでも、本当に人形であるはずがない。

「……金持ちが、自分の子とそっくりな人形をオーダーメイドで作るってこともあるんじゃないか。それが動画に映ってたのかもな」

「きみさぁ、よく毎回そんな別の案、思いつくよね。否定ばっか」

「きみは、決めつけが過ぎる。別のそっくりな人形があったと思う方がよっぽど自然だろ」

「決めつけてはいないよ。そう思うってだけ。まあ、きみの言い分もわかるけど」

 そんなどうでもいい話をしていると、廊下からメイドが来てくれた。

 ほっと一安心し、ソファから立ち上がる。

「あの――」

 俺や、さきほど話した教師が、メイドに話しかけようとしたときだった。

「おはようございます。朝食の準備が出来ましたので、こちらへどうぞ」

 メイドはそう告げると、背を向けて歩き出す。

「すみません、朝食まで用意してもらわなくても……!」

 教師が慌てるようにしてメイドに話しかける。

「不要であればコーヒー、ジュースだけでもかまいません」

 一度振り向きそう言うと、メイドはすぐにまた食事が出来るフロアへと向かってしまう。

 あまり世話になりすぎるのもどうかと思うけど、起きてから30分以上は経っているせいか、お腹もすいてきた。

 帰るのは、朝食をいただいてからにしよう。


 食事の席には、レイカも父親もいなかった。

 ピンク髪の少年は、さきほど『変わった』と言っていた少年と同じ席に着き、なにやら話をしているようだ。

 そうして、出してもらったパン、卵料理、サラダを食べ、コーヒーを飲み終えると、どこにいたのか、レイカがピンク髪の少年のもとへと向かうのが視界に入った。

 なにか言葉を交わした後、レイカは先にフロアを出ていく。

 直後、ピンク髪の少年が俺のもとへとやってきた。

「ねぇ、お願いがあるんだけど」

「なんだ。また心霊がどうとか言う気か」

「そうじゃなくて、今度はマジなやつ。僕は警戒してるんだよ。この現象がなんなのか、詳しいことはまだわからないけど、次は僕の番。だから、連絡先、教えて」

「なんでだよ……」

「お嬢様に誘われた。僕が動き回ってるせいだろうね。知り合いの配信者と同じなら、ちょっとまずいことになる。だから、通話したままにしておいて、記録を残しておいて欲しい。まあ、僕がどうしてもやばいときには、助けにも来て欲しいけど」

 通話したままにしておくことも、記録を残しておくことも、それほど難しいことじゃない。

「助けるって、どうすればいい?」

「うん。まあそこはお嬢様の出方次第だから、僕もわからない」

「どうして俺が……」

「僕はきみだけと仲良く話してたわけじゃない。みんなと話したうえで、きみが一番、話が通じそうだと思ったんだ。きみ、あのお嬢様を助けたんでしょ。そういうの、見て見ぬフリ出来ないタイプなんじゃない?」

 なんとなく、弱みを掴まれた気がした。

 バイト先の出来事だからというのもあるし、レイカを虐めていたのが小学生くらいだったからというのもあるけれど、見過ごしづらいのはたしかだ。

「そろそろ行かないと。お嬢様に怪しまれる」

 そう言うと、ピンク髪の少年は、取り出した携帯を俺に見せ、通話アプリを起動させる。

「ビデオ通話にしよう。長時間は難しいけど。気づいてた? 僕たちの部屋にコンセント、なかったでしょ。充電がなくなったら終わりだ」

 通話アプリのIDを教えるくらいなら、構わないか。

「こっちの充電がやばそうだったら、切るからな」

「わかった。ありがとう」

 仕方なくIDを交換する。

 通話アプリの名前は『りっか』となっていた。

 彼のあだ名か。

「きみ、五樹って言うんだ。それじゃあ五樹、僕がかけたら出てね。答えなくていいから。記録は残せたら残しておいて」

「自分の携帯で、録画すればいいんじゃないか」

「それもするよ。でも消されるかもしれないからね。それじゃあ行ってくる」

 そう言い残し、りっかはレイカの後を追うように部屋を出た。

 おそらく年下だろうけど、いきなりタメ口だし、名前を呼び捨てにされるし、あまりいい印象はない。

 それでも、彼の追っているものがなんなのか、少し気になった。

 帰るのはもう少し後にしよう。

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