少女からの招待状

 バイト初日。

 あいにく曇り空だったけど、雨は降らないだろうと原付バイクでキャンプ場へと向かう。

 俺は先日受け取ったTシャツに着替えると、順調に業務をこなした。


 夕方、予定していたバイト終了時刻である6時を過ぎた頃、1人の少女と男性が、俺のもとへとやってくる。

 忘れもしない、先日、虫を集めていた少女だ。

 男性は、30半ばか、40歳くらいだろうか。

 整った身なりをしていて、豪華なレースをあしらった洋服を着こなす少女の隣にいても、不釣り合いじゃない。

 勝手なイメージだけど、英国紳士という言葉が似合う格好をしていた。

「はじめまして。レイカの……この子の父親です」

 男が、俺に向かって丁寧にお辞儀をする。

 釣られるようにして、俺も慌てて頭を下げた。

「はじめまして……」

「あなたが助けてくださったと、レイカから聞きました」

 変わった子ではあるが、助けられた自覚はあるらしい。

「少し仲裁した程度です」

「ありがとうございます。レイカも喜んでまして、ぜひお礼がしたいと」

「いえ……そんな大したことは……」

 口ではそう言うものの、密かに期待してしまう。

 少女と深く関わりを持つ気はなかったが、感謝されて悪い気はしない。

 なにより相手は、おそらく豪邸に住む金持ちだ。

「実は今夜、私の家で食事会を開く予定なのですが、ディナーをご馳走させてくれませんか」

 願ってもいないお誘いだが、家に行くのは気が引ける。

「俺……きちんとした服とか持ってないんですけど」

「そのままの格好で構いません。他にも何人か来る予定ですが、気になるようでしたら、我が家で着替えを用意することも……」

「いえ、さすがにそれは……!」

 顔の前で手を振り遠慮する。

 男は微笑むと、胸ポケットから1枚の封筒を取り出した。

「招待状です。すぐ近くですので迷うことはないと思いますが、地図も同封しておきました。我が家の食事に、ドレスコードもマナーも必要ありませんので、よければぜひ、お越しください」

 丁寧にお辞儀する男から、封筒を受け取る。

「……待ってる」

 レイカと呼ばれた少女は、ジッと俺を見つめながらそう呟いた。

「もし1人で来づらいようでしたら、どなたかお連れの方と一緒でも構いません。それでは、失礼いたしました」


 男とレイカを見送った後、俺は招待状を手に迷っていた。

 そこへ、梅岡さんがやってくる。

「こないだ宮田くんが見かけたって言ってた子、さっきの子じゃない?」

「は、はい。それで助けられたお礼をしたいと、食事会に誘われました」

「へぇ。バイトも終わったことだし、行ってきなよ」

 梅岡さんはそう言ってくれたけど、地図で確認したところ、招待されたのは例の洋館だ。

「……やっぱり梅岡さんが教えてくれた豪邸の人みたいなんですよね。食事会ってのも、あの家で行われるみたいで……」

「読みが当たったか。まあ、心霊スポットなんてのはただの噂だし」

「なんか少し、変わった人みたいでした」

「金持ちは、そういうもんなんじゃないか」

 言われてみれば、暑い中、屋外でバイトする俺たちと、あの人たちが同じ考え方、価値観であるはずがない。

「合わないと思ったら、なにか理由をつけて帰ればいい。1食分、食費が浮くと思えばいいんじゃないか」

「そう、ですね」

 1人では行きづらいと思ったけど、まだ仕事が残っている梅岡さんを誘うわけにもいかない。

 そもそも梅岡さんともそれほど親しいわけじゃないし、どういった家かもわからないのに、大学の友人を付き合わせるのも気が引ける。

 1人で行ってみるか。

「原付、駐車場に置いておいても……」

「もちろん構わないよ。ハイキングコースを通って行くなら、夜は暗いだろうから気をつけて。施設の懐中電灯、持って行ってもいいから」

「ありがとうございます」

 いったん覗いて、場違いだと思ったらすぐさま適当な理由をつけて帰るとしよう。


 スタッフルームで、もともと着てきた服に着替える。

 原付ということもあって、転んだ際の影響を少しでも減らすように、長袖のパーカーを羽織ってきた。

 薄手のものだけど、むき出しよりはマシだろう。

 今日は曇りで日差しはそこまで強くないし、すでに陽も落ちかけていたため、それほど暑くもなかった。

 夜、見回りする際に使うらしい懐中電灯を1つ借りて鞄に入れると、俺はハイキングコースに向かった。


 地図によると、ハイキングコースにある立ち入り禁止のロープの先が目的地だ。

 禁止の理由は私有地だからということで、とくに危険な道でもないだろう。

 ロープを越えた先は、思っていたより整った道が続いていた。

 少し歩くと、足元を照らすライトが視界に入る。

 心霊スポットなんてのは、はなから信じてなかったし、別荘や洋館なんていう、身近じゃない場所へと向かえる期待値の方が勝った。

 森の中にある隠れ家みたい。

 ライトの明かりに導かれるようにして歩いて行くと、目の前に大きな建物が現れた。

「すご……」

 見あげながら、思わず声を漏らす。

 窓の感じからして2階建てだろうか。

 それでも、普通の家の2階建てと比べて、ずいぶん高い。

 きっと天井が高いのだろう。

 眺めていると、近くで物音がした。

 どこからか現れたのは、深緑色をしたロングのワンピースに白エプロン……まるでメイドのような格好をした少女。

 実際、メイドなのかもしれない。

 真っ黒い髪は、後ろでひとつにまとめられているようだ。

 ポケットから招待状を取り出すと、メイドは中を確認するより早く、小さく頭を下げた。

「お待ちしておりました。レイカ様の恩人だと伺っております」

「いえ……そんな……」

「どうぞ、中へお入りください」

 俺の謙遜を気にする素振りも見せず、扉の中へと招いてくれる。

 そこは、ホテルのエントランスのようになっていて、普通の家とは到底思えなかった。

 やはり場違いのような気もしたが、制服姿の少女や、カジュアルなファッションに身を包んだ少年もいて、少し安堵する。

「食事の準備が出来るまで、もう少々お待ちください。苦手なものやアレルギーなどございますか?」

「とくには……特別、変わったものでなければ」

「お口に合わなければ、残していただいて構いません。そちらのソファにおかけになってお待ちください」

 メイドは小さくお辞儀をすると、その場から去っていく。

 言われた通り大きめのソファに腰掛けると、1人の少年が、俺の隣に座った。


「ねぇ~、きみはどうして、ここに来たのかなぁ」

 派手なピンク色の髪に、指先しか見えないくらい長い袖のロングシャツ。

 おそらく男だろうが、少し高い声色と、肩につくくらい伸びた髪が、中性的な印象を与えた。

 同い年か、年下だろうか。

「招待されてきた」

「本当に招待とかあるんだ?」

「招待されてないのに来たのか?」

「まあね。知ってる? この館の噂」

 好奇心旺盛なのか、楽しそうに笑みを浮かべながら、俺の反応を窺う。

 心霊スポットのことを言っているのだろう。

 実際、ここまで来てしまっている人相手に隠すことでもないのかもしれないが、梅岡さんに口止めされていたこともあり、俺は知らないフリをすることにした。

「知らないな」

「じゃあ教えてあげる。実は心霊スポットだって言われてて、夜になると出るんだって」

「……家主に招待されて来た相手に言うことじゃないな」

「そういうの興味ない? 感じる人?」

 多少、興味はあるが、感じたことはない。

「まったく感じないよ。きみは?」

「残念ながら、僕も感じないんだよねぇ。どうせなら感じる人の意見も聞きたいんだけど。あっちの女の子に声かけたら、なんか怒られちゃってさ。すっごい感じ悪いの」

 少年が目を向けた先には、さきほど見た制服姿の少女がいた。

 おそらく高校生だが、眼鏡をかけていて、真面目そうな雰囲気を醸し出している。

 もしかしたら、レイカの友人なのかもしれない。

 いま俺の隣にいる少年のようなタイプとは、気が合わなそうだ。

 レイカの友人ならなおさら、怒るのも無理はない。

「きみは、招待されていないのに噂が気になってここへ来たってこと?」

「そう! 明るいうちに入り口を確認して、夜に忍び込もうと思ったんだけど。まさか人がいるなんて思ってなかったんだよねぇ」

 そんな少年を、どうして招き入れたのか。

 疑問に思うが、俺を食事に招くくらいだ。

 1人くらい増えても構わないと思ったのかもしれない。

「いまのうちにちょっとだけ探索してこようかなぁ」

 少年は、携帯片手にエントランス内を見渡す。

「勝手に動き回らない方がいい」

「少しだけ。トイレに行こうとして迷ったってことにすればいい。でしょ」

 正直、会ったばかりの少年の面倒までみるのはごめんだ。

 それ以上、なにか言うのはやめにして、席を立つ少年から視線を逸らした。

 ずらした視線の先、窓の外でなにかが光る。

 雷か。

 よく見ると、パラパラと雨が降り始めていた。

 少し間をおいて、ゴロゴロと雷の落ちる音がする。

 原付で帰るのは厳しいかもしれない。

 一度も利用していないが、たしかキャンプ場の近くにバス停があった気がする。

 迷惑をかけてしまうが、傘くらいは貸してくれるだろう。

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