■CASE1 宮田五樹

虫を集める少女

 大学から最寄り駅へと向かう友人たちを見送る。

 次に会う約束はしていないけど、おそらく夏休み期間中、何回かは会えるだろう。


 1年の前期を終え、今日から夏休み。

 入学と同時に始めた1人暮らしをしているマンションに戻ると、買い置きしておいた冷凍チャーハンを電子レンジにセットした。

 チャーハンが出来あがるのを待ちながら、カレンダーに書き込んでおいた午後の予定を確認する。

 この後、夏休み期間中に短期で入るバイト先へと向かう予定になっていた。

 わりと広いキャンプ場で、提供する食材や火を起こすための事前準備、後始末なんかが主な仕事だ。

 バイトは5日後、日曜日から入る予定だけど、先に説明を受けなくてはならない。

 制服も今日、貰えるんだとか。

 出来あがったチャーハンで昼食を終えると、すぐさま外に出た。

 マンションの駐車場に停めた原付バイクで、施設に向かう。

 15分もかからない場所だけど、施設に着く頃には汗だくになっていた。


 タオルで汗を拭いた後、施設にある建物内のスタッフルームで、先輩にあたる男性スタッフの梅岡さんから、業務について丁寧に説明してもらった。

 わざわざ歳を聞くつもりはないけど、少し上だろうか。

 現場となる屋外のキャンプ場へと移動して、すべての説明を受けると、適当に施設内を見学して来るよう勧められる。

「トイレがどことか、遊具の場所とか、いろいろ聞かれんだよね」

「そういう案内もするんですか?」

「細かく道案内する必要はないけど、方角くらいは教えてあげて欲しいかな。位置は軽く把握しておいてくれると。わからなければ『パンフレットをご覧ください』とでも言ってパンフレット渡してくれていいから」

 パンフレットや地図が近くにあっても、すぐスタッフに聞く客もいるらしい。

「それじゃあ、ちょっと見てきます」

「あ! そうだ……宮田くん、心霊とか興味ある?」

 すぐさま施設内を探索しようとする俺を、梅岡さんが意外な言葉で引き留めた。

 説明してくれたときと変わらない口調で、爽やかな笑みを浮かべたまま。

「……心霊……心霊スポットとか、ですか?」

 少し遅れて聞き返す。

「苦手なら、言わないでおくけど」

「得意ってわけでもないですけど、伏せられるとそれはそれで気になります」

「そうだよね、ごめんごめん」

 申し訳なさそうに、それでもやっぱり爽やかさは保ったまま、梅岡さんは言葉を続けた。

「そこまで気にすることでもないんだけど、ここのハイキングコースから少し外れたところに洋館があってね。そこ、心霊スポットだって噂されてるんだ」

 貰った施設のパンフレットに描かれた地図に視線を落とす。

 梅岡さんは、ハイキングコースの左上、木の絵を指差した。

「夏休みだし、それ目当ての客もいるんだよ。もし、客にそういう話を振られたら『知らない』って言ってくれるかな」

「わかりました。そういうの、集客にはならないんですか?」

「難しいところだね。知名度はあがるけど、嫌がる人も増えるだろうし。それに……人がいるみたいなんだ」

「あ、空き家じゃないんですね」

「立派な豪邸だよ。誰かの別荘かな。そこで暮らしてはいないのかもしれないけど、夜、明かりが点いているのを見たことがあるんだよね」

 それが心霊と関係するものなのかどうかは、なんとなく聞かないでおいた。

「うちの客が、興味本位で覗きに行ったりして、そんな豪邸の家主、敵に回しても困るし」

「そうですね」

「宮田くんは夜遅くまでシフト入ってないから、そういう客とはなかなか遭遇しないだろうけど。よろしく」


 その後、少し歩いてみたけど、メインで入る予定のバーベキュー広場以外に、ハイキングコース、平原、遊具のある公園など、わりと楽しめそうな場所になっていた。

 中でもハイキングコースは、生い茂る木々のおかげか涼しく感じる。

 梅岡さんが言っていた洋館は確認できなかったけど、おそらく張られたロープの外にあるのだろう。

 ロープには、この先、私有地、立ち入り禁止といった案内が吊るされていた。


 そうして一通り見て回った後、スタッフルームへと向かう途中、屋外遊具の近くであるものが目に入った。

 小学生か、中学生だろうか。

 3人の少年が、しゃがみこむ少女を囲んでいた。

「気持ち悪ぃんだよ」

「どっか行け!」

 バカにするような少年たちの声が辺りに響く。

 他にいる子どもたちは、関わらないようにか少し離れた場所で遊びを続けていた。

 さらに離れた所には、何人か大人の姿もあったが、少女への罵倒は聞こえていないのかもしれない。

 バイト先でなければ、施設のスタッフを呼ぶなり他人に頼っていただろう。

 だが、まだバイトを始めていないとはいえ、もうすぐスタッフの一員となる。

 客同士のもめごとを対処するのも、仕事のうちか。

 幸い、相手は小中学生。

 どうにかなるだろうと、歩み寄った。

「なにしてるの?」

「なっ、なんだよ! 関係ねぇだろ!」

「この辺だと……K小学校? この子と知り合い?」

「違ぇよ。知らねぇし! 気持ち悪ぃから、気持ち悪ぃって言ってただけだ!」

 なぜか、彼らは自分たちの正当性を曲げようとしない。

 ただ、口は悪いけど、怯んでいるようにも見えた。

「そういうことは言わない方がいい。遊具は他にもあるだろ。この子のものでもないけど、きみたちのものでもない。今日は、他の遊具で遊んでくれない?」

「こんな気持ち悪ぃやつ庇うとか、どうかしてんな!」

「もう行こうぜ! こいつも気持ち悪ぃ!」

 口々にそんなことを言いながら、少年たちは遠くへと走り去っていく。

 俺まで批判されたけど、小中学生に腹を立てるのもバカらしい。

 気にしないようにしよう。

 バイト先のスタッフとして、まあまあ正しい対応が出来たのではないか。

 そんなことを思いながら、しゃがみこんでいた少女に視線を落とす。

 黒よりも薄い、少し灰色がかったロングの髪が特徴的で目を引いた。

「きみ……」

 大丈夫か声をかけようとした瞬間、こちらを見あげる少女と目が合う。

 透き通った瞳が、ジッとこちらを覗き込んできた。

 吸い込まれそうで、言葉を失う。

 そして俺は、さきほどの子どもたちがしきりに言っていた言葉を思い出していた。

 気味が悪い。

 気持ち悪いとまでは言わないけど、感情が見えないその瞳は不気味で、俺はつい眉をしかめた。

「……平気」

 少女が口を開く。

 それをきっかけに、俺は少女の瞳から視線を外した。

 よく見ると、さきほどいた少年たちより年上にも見える。

 高校生か、大人びた中学生くらいだろうか。

「大丈夫ならよかった」

「虫を……集めていたの」

 とくに聞いたわけではないけれど、少女はそう言いながら立ち上がると、こちらに瓶を見せてきた。

 ジャムの瓶だろうか。

 中には、何匹かのアリと、名前も知らない羽のついた黒い虫、小さいバッタ……。

 そこまで確認して、俺はその瓶から目を背けた。

 虫は嫌いじゃない。

 とはいえ好きというわけでもない。

 少女の行動が少し変わっているのはたしかだ。

「……昆虫採集、してたんだ?」

 なんとか、妥当な答えを導き出す。

「そう」

「それなら、もう少し大きい虫かごを使った方がいい」

「大きい虫かごなら、たくさん虫を集められるものね」


 俺はこれ以上、少女に関わるのはやめにしようと思った。

 たぶん悪い子ではないんだろうけど、あまり関わりを持ちたくはない。

 不快だと思ってたさきほどの小中学生が、いまになってまともであるように感じた。

「それじゃあ、気をつけて」

「ええ」

 とくに引き留められることもなく、少女は俺を見送ってくれる。

 しゃがみこんでいたせいか、広がる長いスカートと髪が砂で汚れていた。

 もしかしたら少年たちが砂を蹴って出来た汚れかもしれない。

 それでも俺は、少女の『平気』を信用し、スタッフルームのある施設の建物へと向かった。


 スタッフルーム内の梅岡さんに声をかける。

「梅岡さん、いろいろ見てきました」

「疲れた顔してるね。結構歩いた?」

 体力に自信あるわけではないが、それが理由じゃない。

「実は、いじめ……というほどのものかわからないんですけど、悪口を言われている子を見かけまして……」

 俺はついさっきの出来事を、梅岡さんに伝えた。

「そっか。対応してくれてありがとう。たまに人形みたいにかわいらしい洋服を着た子を見かけるんだけど、その子かな」

「そうかもしれません」

「この辺の子か。もしかして、あの豪邸の子か……」

 心霊スポットだと言われている洋館のことだろう。

 具体的にどういった豪邸なのかはわからないけど、なんとなく腑に落ちた。

 人は、自分とは違う感性の持ち主を、異質と感じる。

 異質な者が住む館を、心霊スポットだと言うのだろう。

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