人魚に助けられた少女

このエピソードの主人公はミサキという人間の少女。

彼女はある出来事をきっかけに人魚を好きになります。

これからミサキに待ち受ける運命とは。

ちなみに前編・後編の形式です。



私が小さい頃、家族で海水浴に出かけたある日。


「……あれ?ここどこ?」


浮き輪に掴まって泳ぐのが楽しくて、夢中で海の深い所まで来てしまった私。

そのうち浮き輪の空気が抜けて、沈んでしまった。


…薄れる意識の中、見知らぬ人の姿を見た。

私を抱きかかえて泳ぐ誰か。だけどその人の体の下半分はまるで魚。


(もしか、して…『人魚』……?)


『無事で良かった、もう溺れるなよ』


という優しい声を聞いたのを最後に、意識が完全に途切れた。




気が付くと私は砂浜に横たわっていた。目の前にはお父さんとお母さんがいる。


「良かった…ミサキが無事で…!」

「もう、一人で遠くまで泳いじゃダメでしょ…!」

「ごめん…なさい…」


私を助けてくれたあの人は、もうどこにもいない。


(また会いたいな…)


心配かけた事を両親に謝る一方で、私は人魚の事で頭がいっぱいだった。





あれから数年。13歳になった私は、一人であの海まで足を運ぶようになった。

家族も友達も、私を助けてくれた人魚の事は夢だろうと言う。

そう考えるのが普通かもしれないけど…私は絶対に本当の事だと信じている。

すると、


♪~♪~♪~♪~♪~♪~…


(何この音…オカリナ?)


オカリナの優しい音色がどこからか聞こえてくる。

足を止めて聴き入っていると、ふいに突風が吹いてきた。


「あ…!」


かぶっていた帽子が海の方に飛ばされてしまった。


(どうしよう、お気に入りの帽子なのに…海の上に飛んじゃったら取りに行けない…)


その時、オカリナの音色が止まった。

オカリナを吹いていた誰かが、帽子に気づいてくれたのかもしれない。

私は帽子が飛んでいった方へ走った。




帽子を追ってやって来た海岸には、大きな岩がいくつもあった。


「…!!」


岩の一つに誰かが座っている。

青くて綺麗な長い髪、空色の瞳をした美しい顔の男の人が、私の帽子を持って不思議そうに見つめている。

服装は水色のダウンシャツに白シャツの重ね着、裾が折られたデニムのズボン、ビーチサンダルとラフな感じ。でも顔が綺麗だからか様になってるように見える。


(あんなにかっこいい人、初めて見た…)


「その帽子私のです!」と言いたい所だけど、彼に見とれるあまり言葉が出ずにいた。

すると、彼がこちらを向いて微笑む。


「…もしかして、君の帽子?風で飛んできたのを偶然キャッチしたんだ」


気さくに話しかけてきたので、少しだけ緊張感が解けた。


「あ、ありがとうございます…!」




帽子を受け取ると、私は彼といろんな話をした。


「自己紹介まだだったな。俺はアイトラー」

「す、素敵な名前ですね。私はミサキって言います」

「ミサキちゃんか、よろしくな。あと敬語じゃなくていいよ」

「あ…じゃあ…よろしく、アイトラーさん!」


「さっきオカリナの音色が聴こえてきたんだけど、アイトラーさんが吹いてたの?」

「まあな。ほら、これが俺のオカリナ。自慢じゃないけど吹くの得意なんだ」

「得意な楽器があるってかっこいいね!」


「アイトラーさんの家族ってどんな感じ?私は優しいお父さんとお母さんがいるの」

「そうだな~…本当は大好きなのによく喧嘩しちゃう父さん、いつも優しくて家族をまとめてくれる母さん、可愛い妹もいるぜ。

 妹は結婚してて子供が二人いるから、俺はその子達の伯父ってわけだ」

「アイトラーさんが伯父さん…こんな若い伯父さん、見た事ないかも…」

「えっ…あ、ああ!年の割に若いねって言われるんだよ」

「そうなんだ、私のお母さんが聞いたら羨ましがりそう~」


こんなたわいのない会話をして打ち解けていく中、私は心の奥で考えていた。


(それにしても、アイトラーさんとは初めて会った気がしない…)


「…ミサキちゃん、どうかしたのか?」


私がふいに黙ったから、アイトラーさんは少し心配そうに話しかけてきた。


「あっ…ごめん!気になる事が思い浮かんじゃって」

「気になる事?」

「………私、小さい頃に海で溺れそうになって、そこを人魚に助けてもらった記憶があるの。その時の事が、どうしてもただの夢だったとは思えない。

それにアイトラーさんと私、なんだか初めましてじゃないように思えて」


そこまで話すと、彼はハッとした表情になり呟いた。


「…やっぱり。君はあの時の…」

「??」

「急に驚かせると思うけど、君にならこの姿を見せても大丈夫そうだな」

「ど、どういう事…」


すると、アイトラーさんの体が光りだし、私は眩しさに目をつぶる。

光がおさまったのでゆっくり目を開くと…


「………えっ!?その姿…!」


まだ細く開けていた目が一瞬で開いた。

すらりとした裸の上半身、そして青く輝く鱗をまとい、透き通った尾びれをした魚の下半身。これはどう見ても…


「アイトラーさん…人魚だったの…!?」

「…ああ。今までの人間の姿は魔法で変身してたもので、本当の俺はマーマン…男の人魚さ。さっきのミサキちゃんの話を聞いて確信したんだ。君があの時、俺が助けた女の子だって」


何という運命だろう。ずっと会いたいと思っていた人魚が、今目の前にいる彼だなんて。


「わ、私…ずっとまた会いたい…お礼が言いたいって思ってたの!アイトラーさん、私を助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして。俺もまた君に会えて嬉しいよ!」




それからも、私とアイトラーさんは暇を見つけて会うようになった。

ある時は私が海を訪れ、別のある時はアイトラーさんが人間に変身して地上にやって来たり。


特に楽しかったのは、アイトラーさんの魔法で人魚に変身させてもらった事。

人魚の姿で泳ぐ海の中はとっても綺麗で、苦しくならずに潜れる感覚も新鮮だった。


アイトラーさんの家族にも会っちゃった。

自分よりちょっと年上くらいの男の子かと思ったら、アイトラーさんのお父さんだったアクアマリンさん。人魚とはいえすごく若い。

瑠璃色の髪が綺麗で、温厚なお母さんのラピスラズリさん。

青くて長い髪に、白い花の髪飾りがよく似合う、可愛らしい妹のアジュールさんと、彼女の夫のエメラルドさん。子供達のプラシノスちゃんとサファイアくん。


アクアマリンさんは過去の経験のせいで人間嫌いだってアイトラーさんは言ってたけど、そんな風に見えないほど私に優しく接してくれる。


「私は長い間人間不信だったが…ミサキちゃんは特別だ。君に出会って間もないのに、不思議と信頼出来る気がする」


とアクアマリンさんは言ってくれたけど、私ってそんな特別に感じる何かがあるのかな…?自分じゃわからないや。


「最近アイトラーと仲良くしてる子がいるって聞いて、一度会ってみたかったの。こんなに可愛いお友達が出来るなんてね」


とラピスラズリさんは笑顔で言う。


「お兄ちゃんと仲良くしてくれてありがとね、ミサキちゃん!この子達の事もよろしく!」

「二人とも元気だから、疲れちゃったらごめんな」


アジュールさんとエメラルドさん。

この二人も立派な子持ち夫婦だけど、人間視点では付き合いたてのカップルみたいに若々しい。

しかもアジュールさんが27歳、エメラルドさんが18歳で結婚というのもびっくり。長命の人魚だから年の差はあってないようなものだけど。


「ミサキ様、わたくし達と一緒に遊びましょ!」

「ミサキお姉ちゃん、早く早く~」


お嬢様っぽい言葉で喋るプラシノスちゃん。大人しそうだけど遊ぶのは全力なサファイアくん。

軽く振り回されそうになったけど、それ以上に楽しさが上回った。



人魚ってとても素敵。この人達に出会えて良かった。

こんな時間がずっと続けばいいなぁ。

なのに…






「…え?お父さんと、お母さんが…?」


今年の結婚記念日に、旅行へ出かけた私の両親。

その旅行先で、二人が事故にあって亡くなったという知らせが来た。


旅行の最終日。帰る前に私へのお土産を買ってお店に出た直後、飲酒運転をしていた車が二人に向かって突っ込んできたという。

お父さんは即死。お母さんも、お父さんが庇おうとしたから即死ではなかったけど間に合わず、虫の息だった。

事故の衝撃で散らばったお土産を見つめながら、お母さんは言う。


『…お土産、駄目になっちゃった……ごめんね…ミサキ……』


それが最期の言葉になり、お母さんも息絶えた。


私は眩暈を起こす程の動揺と悲しみに襲われた。

家族との生活、人魚との非日常のような日常による私の思い描いていた楽しい日々が、崩れ落ちた瞬間だった…。


続く

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