少年人魚の恋心

人魚の子供の一人、エメラルド。

まだ7歳の男の子だが、度胸があり怖いもの知らず。

しかし生意気でやんちゃ、女の人の言う事しか聞かないのがたまにキズ。


「おいエメラルド!また俺のオカリナ勝手に持ち出したな!?」

「いいじゃんアイトラー!オレにも吹かせろよ!」

「こら!返せ!」

「あー!!」


さすがに泳ぐ力も腕力も年上には敵わない。

アイトラーのオカリナはあっさり取り返された。


「ったく、イタズラもいい加減にしろ!」

「うっ!いて~!」


エメラルドにゲンコツをくらわせるアイトラー。


「え~んイタズラじゃないよ~!ほんとに吹いてみたかっただけだもーん!」

「よしよし…お兄ちゃん、怒る気持ちもわかるけど、このくらいにしようよ」

「ぐすっ…アジュール姉ちゃん…」


アジュールがエメラルドに寄り添うと、エメラルドはさりげなく抱き着く。


「…はあ、仕方ねえな」


アイトラーは妹に免じて一旦落ち着いたが、内心ではますます苛立っていた。

イタズラ常習犯の少年が、溺愛する自分の妹に甘えてるのだから無理もない。


(アジュールが優しいのをいい事に、あんなにひっつきやがって…)


これが彼らの日常茶飯事。


しかし、人魚の子供の成長は早い。

エメラルドもまた、心身ともに大きく変わっていくのだった。




12歳になり、エメラルドはまだ少々生意気さはあるものの、さすがにイタズラ癖は落ち着いた。

それ以上に変化したのは、アジュールに対する気持ち。


「エメラルドくん、また背が伸びたよね!」

「そうかな…ありがと」


20歳を過ぎて大人人魚の仲間入りをしたアジュールは、以前まで短めだった青い髪をロングヘアーに伸ばしていて、元々綺麗だったのが更に美しさが増した気がする。


「…どうしたの?なんだか、機嫌があまり良くないみたい…」

「えっ、そんな事ないよ!?」


褒められて嬉しいけど、内心では子供扱いされる事に一瞬モヤモヤしてしまった。

といってもエメラルド12歳に対し、アジュールは21歳。9歳も違う。

長命の人魚は大人になってしまえば年齢なんて関係なくなるが、子供のうちはまだ大きな差を感じるのだ。


「良かった~…私、何かひどい事したかな…?って思っちゃって」

「ううん、アジュール姉ちゃんは何もしてない!大丈夫!」


少し不安げになったアジュールをあわててフォローするエメラルド。


(な、何でオレ、アジュール姉ちゃんに対してモヤモヤしてんだろ…)


それだけじゃない。今より小さい頃は普通に彼女にくっいたり甘えたりしたけど、最近はしなくなった…正確には出来なくなった。

何なら顔を直視するのもやりにくく感じる。


(アジュール姉ちゃんの事、嫌いになったわけじゃないのに…どうして)




このまま一人で悩んでもどうしようもないと考え、母親に自分の心境を相談した。


「…なるほど。あなたも大人になってきたわね」

「お母さん?なるほどって…何が?」

「フフ…エメラルドは、アジュールちゃんに恋をしたのよ」

「…………え?恋?」


自分が「恋をする」なんて考えた事もなかったけど、それ以上にピッタリの言葉がなかった。

いつのまにかアジュールに対する「好き」は、「Like」から「Love」に変わっていたのだ。


(そっか…オレ、アジュール姉ちゃんの事が…)


ようやく自分の恋心を自覚したエメラルド。

でも今アジュールに告白した所で本気と受け止めてくれないだろうし、彼女の兄アイトラーが黙ってないだろう。


(告白するのは…もう少し先にしよう)




そして5年後。エメラルドは17歳に。

成長期を経て身長はすっかりアジュールを追い越し、顔つきにも精悍さが出た青年となった。

この間にも、アジュールへの好意は薄れなかった。むしろ抑え込んでいた事で、ますます思いが強まっていた。


意を決したある日、エメラルドはアジュールを人気のない場所に呼ぶ。


「エメラルドくん、話って何?」

「…あ、うん。実は…ずっと長い間言いたかった事なんだ…」

「そ、そんなに?」


エメラルドは胸が詰まりそうになる気持ちをこらえ、思い切り口を開く。


「アジュール姉ちゃ…いや、アジュールさん!あなたが好きだ!」

「えっ…?」

「小さい頃からそう思ってた…でも、大きくなってからじゃないと本気だって信じてもらえないと思って黙ってたんだ…!」

「エメラルドくん…」

「…ごめん。唐突にこんな告白を聞かされても困るよな…。言いたい事は言い切ったから、俺はこれで…」


慌てて立ち去ろうとするエメラルド。すると、


「待って!」


アジュールが彼の手を掴んで引き留めた。


「アジュールさん…?」


彼女は頬を赤らめながら笑っている。


「…じ、実は私も、あなたと同じ事を思ってたの!」

「………えっ??」


思いがけない返事に、エメラルドは拍子抜けする。


「私、最初はエメラルドくんを弟みたいに思ってた。

妹としてお兄ちゃんに可愛がられるのもいいけど…年下の子にお姉さんらしく振舞うのも楽しかった。

でも気が付けばエメラルドくんは私より大きくなって、もう弟扱いしていた男の子じゃないんだなって少しだけ寂しくなって…。

その代わり…あなたを一人の男性として好きになってたの」


「そうだったのか…」

「だからエメラルドくんに告白された時、本当にびっくりしたし、何より嬉しかった!私達は両想いだったんだって!」

「じゃあ…オレ、アジュールさんと…付き合っていいの…?」

「もちろん!」


そこへ…


「…悪いな、アジュール。話は聞かせてもらったぜ」


岩の陰からスッとアイトラーが出てきた。


「お兄ちゃん!」

「あ、アイトラー…さん」

「とってつけたような「さん付け」は結構だ、エメラルド。まさかお前が、俺の妹に本気の告白をするとはな…」


アイトラーは「ゴゴゴゴ…」という効果音が聴こえてきそうなオーラを放ちながらエメラルドに近づいてくる。

その威圧に押しつぶされそうになるエメラルドだが、説教や殴られる覚悟を決めようとした。

しかし、ぽんと肩にかけてきた手は想像よりはるかに優しかった。


「…え?」

「正直、一発叩いてやろうかと思ったけど…お前がアジュールに対して真剣な事、アジュールもお前を心から好いている事が伝わってきたからな…俺も認めるしかないだろ」


と、アイトラーはエメラルドに微笑んで言う。

兄がエメラルドに辛く当たるんじゃないかと内心不安だったアジュールも、安堵の笑みを浮かべる。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「しっかり幸せにしてもらえよ、アジュール。…じゃないと、ただじゃ済まないぜ?エメラルド」

「わ、わかりました…!」


やはりどこか怖さを隠しきれてないアイトラーに、エメラルドは今後も頭が上がらないだろう…。




正式な付き合いを始めた一年後、エメラルドとアジュールは結婚した。

夫婦となってからも二人の関係は良い意味で変わらず、やがて子供も生まれた。


「お父様、お母様、おはようございますわ」


お嬢様風な振る舞いと言葉遣いが好きな娘、プラシノス。


「パパ、ママ、一緒に遊んでいい…?」


姉と比べると大人しく、甘えん坊な息子、サファイア。

二人ともタイプは違うが、とても可愛い子供達なのはどちらも一緒。


少年人魚の「想い人に気持ちを伝える勇気」が、新たな幸せと命を生み出したのだった。

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