人間嫌いの人魚
純真無垢で明るい人魚の少女アジュール。
しかしそんな彼女にも気にしている事があった。父のアクアマリンと、兄のアイトラーだ。
兄が人間と地上に興味津々で好意的な一方、父は人間をひどく嫌っていて、地上どころか海の上にすらあまり行った事がない。
人間に対する考えが違うため、二人の関係はあまり良くない。
「アイトラー…また地上へ行っていたのか?人間と関わっても良い事はないぞ!!」
「地上に行くのも人間に会うのも、俺の勝手だろ?」
「ああ、お前の勝手だ。だが妹に地上や人間の話を美化して吹き込むのはやめろ!それでアジュールがひどい目にあったらどうする!?」
「美化だと?俺はただ自分が見たものをそのまま教えてるだけだ!何かあったとしても俺が守るから心配いらねえよ!」
「そんな漠然とした「守る」「心配いらない」なんて言葉、信用出来るか!」
「なんだと!?」
言い争う父と兄を、ただ見ているしかないアジュールと母のラピスラズリ。
「パパ、お兄ちゃん…」
「二人とも、お互い引くに引けないのよ。今は無理に止めるより、静かに見守りましょう」
「…うん」
アジュールは母に優しく言われるも、こうして何もせずにいると自分が無力に感じてしまう。
(パパもお兄ちゃんも、本気でお互いを嫌ってるわけじゃないだろうけど…喧嘩は嫌だなぁ)
そこまで考えて、アジュールは気づいた。
(そういえば知らない…パパがどうしてあんなに人間を嫌いなのか)
ある日。アクアマリンが一人でいる所に、アジュールが思い切って話しかける。
「ねえ、パパ…」
「どうした?アジュール」
「気になったんだ、パパの人間嫌いの理由…ずっと聞いた事なかったと思って」
アクアマリンは少し考え込む仕草をして言う。
「そうだな…話しにくいものだったから、アイトラーにもアジュールにも教えた事はなかった」
「話しにくい…?パパに何があったの?」
「…本当は思い出すのも嫌な話だ。これを聞けば、お前も人間に対する意識が変わるだろう」
こんな言い方をするとは、過去によほどの事があったのだろう。
それでもアジュールは知りたいと思った。
「大丈夫!どんな話でも、私は受け止めるよ」
「…わかった。これは、私が今のお前と同じくらいの年だった頃だが」
当時15歳の少年だったアクアマリン。海の上…地上に行く権利と、人間に変身する力を得る年だ。
(とうとう僕も海の上に行ける…!どんな所か楽しみだな)
この頃はまだ人間と地上の世界に関心を抱いていた。そこもきっと、素敵な世界なのだろうと。
しかし、その思いは打ち砕かれる事になる。
(…ん?あれは…)
海面を目指すアクアマリンが何気なく目にしたものは、ゆっくり沈んでいく人らしきものだった。
(まさか、人間が海に落ちた…!?大変だ!)
ずっと海の底で暮らしていたとはいえ、人間が水中では息が出来ず溺れてしまう事は知っていた。
泳ぐスピードを速め、沈んでいく人を受け止めた。
だが…
(え?これは…人じゃない?)
よく見れば、それは人間の子供くらいの大きさと重さを模したただの人形だった。
アクアマリンがそれに戸惑っていた時だった。
「うわっ!?」
突然、大きな網がアクアマリンに覆いかぶさってきた。
咄嗟の抵抗も出来ず、網に包まれて出られなくなったアクアマリンは水面に引き上げられてしまう。
(何なんだ一体…!)
引き上げられた場所は小型の漁船の上で、数人の人間の男が乗っていた。
アクアマリンの姿を見るや否や、歓声をあげて騒ぎ出す。
「すげぇ!本物の人魚だ!」
「あんな人形がほんとに囮になるとは思わなかったぜ…俺達相当なラッキーだ!」
(人形…囮…まさか…!)
そう、人形はこの男達の仕業だったのだ。
人魚の噂を聞きつけて捕まえてやろうと企んだ彼らは、人形を溺れた子供に見せかけて、人魚の気を引く作戦を行ったという。
それにアクアマリンが引っかかってしまったというわけだ。
「確か人魚の涙は水晶や真珠の粒になるんだったよな?」
「つまりこいつを泣かせば泣かせるほど、たくさん水晶と真珠が手に入るってわけだ!」
「悪いな人魚ちゃん、お前に恨みはない。むしろ捕まってくれて感謝してるが…いっぱい泣きたくなるほど痛めつけてやるぜ」
「い、嫌だ…」
「おっと逃がさねえぞ」
逃げようとするも網から強引に引きずり出され、縄で上半身と尾びれを縛られてしまう。口には猿轡まで嚙まされた。
(何で…僕がこんな目に…!)
強欲な男達の醜悪な笑みに対する恐怖、人助けをしようとした親切心を踏みにじられた悔しさで、アクアマリンは思わず泣いてしまった。
「おぉ…!!」
アクアマリンのこぼした涙が水晶の粒に変わったのを、男達は見逃さなかった。
「これが人魚の涙から出来た水晶か!これ一つでもなかなか高く売れそうだぜ!」
(しまった…泣けば奴らの思うつぼなのに…)
頭ではそう理解していても、この状況で涙を流さないなんて無理だった。
「よーし、人魚も捕まえたしそろそろ引き上げるぞ!」
男の一人が操縦席に移動して船を動かそうとする。
(嫌だ!!こんな奴らに連れていかれたくない!!)
その時、男達の乗った船の周囲にだけ嵐が起こり、波が激しく揺れだした。
「うわあっ!どうなってる!?」
「周りは晴れてるのに…!」
「早く船を立て直せ!」
焦りだす男達。そして揺れのはずみで、アクアマリンは海へと滑り落ちた。
「「「あーーー!!!」」」
「せっかく捕まえた人魚が…!」
「おい!お前がちゃんと押さえてなかったから…!」
「うるせえ俺のせいにすんな…!」
男達の落胆の叫びと揉めている声が聞こえてきたが、何とか海に戻ってこれたアクアマリンにはどうでもいい事だった。
アクアマリンを縛っていた縄と猿轡を友人達が解いてくれた。ペルーレと彼女の妹のアコ、コライユ、エストレラだ。
ペル「アクア、大丈夫!?」
コラ「なんだか嫌な予感がして、僕達がここまで駆けつけたんだ」
アコ「そしたらアクアさんがあの船に捕まってるのが見えて、びっくりしたわ…」
エス「あなたを助けるために、私達の魔法で小さな嵐を起こして船のバランスを崩したの」
アク「…みんな、ありがとう」
助かった安堵から、アクアマリンは目から大量の水晶と真珠をこぼすのだった。
それからアクアマリンは、一切海の上へ行く事はなかった。無理もない。
心を閉ざして深い海に引き籠るようになり、次第に他の人魚とも接する回数は減っていった。
ペルーレ、アコ、コライユ、エストレラも彼が心配だったが、あえて構いすぎずに程よく距離を取るようになる。
そんな彼だが、後にラピスラズリという女性と出会って夫婦となり、アイトラーとアジュールという二人の子供が生まれるのだった。
「…こんな所だな」
アクアマリンの話を聞いている間、アジュールはうつむいて黙っていた。
そんな過去があれば、人間が嫌いになるのは当然だ。
「パパ…大変だったんだね。パパをひどい目にあわせた人間の事は、私も許せないよ」
「…すまない。お前の気分を害してしまって」
「ううん、私は平気。それに、パパの気持ちを聞く事が出来て良かった。ずっとお兄ちゃんと喧嘩してるパパが、怖いというより…辛そうだったから」
「アジュール…」
「お兄ちゃんにも今の話を伝えれば、パパの気持ちをわかってくれるよ!」
「…だと、いいんだが」
「大丈夫!パパの息子で、私のお兄ちゃんなんだから」
心強い娘の笑顔と言葉に、アクアマリンは少しだけ自信を持てた。
「…ありがとう。アジュールも成長したな。ついこの間まで幼かったのに」
優しい娘であり妹が、ぎくしゃくした関係の父と兄を繋ぐ時は、そう遠くないだろう。
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