第三十二話
次の漫画の話をどうするかパソコンの前で悩んでいたらスマホが鳴り出した。
「はい、もしもし」
画面を確認しないまま応答ボタンを押して、耳に当てて電話に出る。
「おはよう、和樹君。今日は暇かしら?」
電話の相手は、
「ええ、暇ですけど……。どうしたんですか?」
天使会長から電話が来るのが初めて、緊張してしまう。
「遊園地のチケットがあるの。良ければ一緒に行かないかしら?」
「いいんですか! すぐに和音に行けるか聞いてきます」
俺はそう言いながら立ち上がる。
「ちょっと、落ち着きなさい。どうして和音も当然のように誘うのかしら?」
「え? 誘わないんですか?」
俺はもう一度椅子に座り直して、驚いてそう聞いてみた。
「ええ、今日は貴男と二人で行きたいの。ダメかしら?」
どこか不安そうにそう言われて、断る男はいないだろ。
「もちろんいいですよ。作品の取材ですよね? 丁度俺も煮詰まっていたので助かります」
もちろん、変な勘違いはしないけど。
もともと同じ作家として意見交換がしたいと言われて、スマホの連絡先を聞かれたのでいつか一緒に取材なんて日もあるかもとは思っていたのだ。
「……。そうね、そういう事でいいわよ。じゃ、今から一時間後に春野台駅にきて」
どこか不服そうな声で一方的に言うだ言って、電話は切れてしまった。
春野台か……。急いで着替えないとな。
取材とはいえ、少し浮かれてしまう。
俺は極力まともそうな服装に着替えて、和音に少し出かけてくるとと声をかけて駅に向かう。
・・・・・・・・・・
電車を乗り継いで、春野台駅に着いた俺は辺りを見回す。
待ち合わせ十分前についたけど、念のために会長がいないか待ち合わせスポットの時計台の方に歩く。
この場所は都心から少し離れていて、花畑や遊園地。それに水族館まであるレジャー駅になっている。
その中心に名物の時計台があり、この駅での待ち合わせの定番になっていた。
たくさんのカップルや待ち合わせの集団の中にひときわ目を引く人が立っている。
ベージュ色の袖のないベストを着ていて黒いズボンを履いており、大人なおしゃれな姿に声を詰まらせながら側にいく。
「すみませんお待たせしました」
「いや、私も今来たところよ。急に呼び出してごめんなさいね」
カッコいい彼氏のような言葉を言って、俺の方に振り向いて笑みを向けてくれる。
ベストの中に着ている白色のカッターシャツがなんとも会長らしいと思ってしまう。
「いや、俺も作品に詰まっていたから、息抜きになってありがたいです」
「ふふ、そうなのね。じゃぁ、早速行きましょうか」
会長は案内板のさす方を確認して歩き出す。
「そうですね。取材といっても遊園地は久しぶり何で楽しみです」
その横に並んでついて行く。
少し進んでやはり気のせいではないと確信する。
周囲の視線が気になって仕方ない。
すごい見てくるのだ。
いや、まぁ、会長のような美人の横を俺なんかモブが歩いているのが不思議なんだろう。
男は怨嗟のような視線を。女性は彼氏の視線を奪う会長を敵視しているように見ている。
そんな中会長は全く気にしてないように、最近のアニメの傾向のことを話していた。
「何だかか上の空ね? 私の話は退屈だったかしら?」
会長は足を止めて、不服だと声にはらませて聞いてくる。
「いや、そんなん事はないです。ただ、視線が気になって……」
「視線? ああ、そんなもの気にする必要はないでしょ? 何か悪いことをしてるのかしら?」
そういわれるとそうかもしれないが、流石会長。堂々としているな。
「会長は慣れてるかもしれませんが、こういうの初めてで……。すみません気にしないように頑張ります」
「そう、それならいいのだけど。後、今日から私の事は天使と呼びなさい」
「え? あ、ちょっと待ってください」
呼びかけもむなしく、会長は歩いて行ってしまう。
こんな場所で一人は嫌なので、急いでその背中を追いかけるのだった。
・・・・・・・・・・
「さて、遊園地に入ったけどどこを見て回ろうかしら?」
「漫画の定番だとジェットコースターとかコーヒーカップとかの激しいのが定番ですけど、苦手だったりします?」
「私は大丈夫よ。それならまずはジェットコースターに行きましょう」
「はい、分かりました」
俺は入り口で貰っておいた園内の地図を見て、会長をエスコートする。
「なかなかの人ね。さすがは休日といったとこかしら」
「そうですね。まぁ、三十分くらい二人で話していればならすぐですよ」
そう言いながらもどうするか悩んでしまう。
共通の話題は漫画や和音のことくらいだ。それで今日一日もつはずはない。
「そうだ、いい機会だし質問いいかしら?」
「え? もちろんどうぞ」
「はっきり言って、遊園地って何が面白いの?」
「え? ぇぇぇぇぇ~。今言います? そもそも誘ったの会長ですよ?」
「だって、若い人が行く場所の一つなんでしょ? でも、こんな場所来ることなんてないし、私には理解できないわ」
「じゃぁ、どうして遊園地に行こうと思ったんですか? チケットをもらったのなら、友達に譲るとかもできたんじゃ……」
「ああ、そういえば言ってなかったわね。私の担当さんにチケットを渡されて、学生らしく遊んで来いって言われたの。その時に真っ先に和樹君の顔が浮かんだから誘ったのよ」
そう言ってはにかむ姿に照れて顔をそむけてしまう。
「それは……。なんていうかて。まぁ、今日は楽しみましょう」
少し大きな声を出して照れたのをごまかす。
「ええ、あら? もう私達の番みたいね」
そう言われて視線を前に戻すと、乗り場がもう目前に見えいた。
「なんか、緊張しますね」
「そう? ただ早く動くだけなんでしょ?」
係の人の案内に従って一番前の座席に会長と座る。
カタカタと揺れて、徐々に上に登っていく。
そこから急降下する激しさに、いっせいに悲鳴が上がる。
ただ、会長だけは無言で無表情だった。
こんなはずではないと、急流すべりやコーヒーカップにのったりしたが、一度も悲鳴を聞く事はできなかった。
「会長、リベンジです。お化け屋敷に行きましょう」
早いのに耐性があるなら定番の恐怖だと、俺は会長の手を掴んでお化け屋敷に向かう。
「ふふ、強引ね。そんなに私の悲鳴が聞きたいのかしら?」
「そうですね。せっかくなら会長にも楽しんでほしいので」
「これでも楽しんでいるつもりなんだけど。後、私の事は天使って呼んで」
「それ、冗談じゃないんですか?」
「失礼ね、冗談でそんなこと言わないわ。和樹君とは友達だと思っているからそう言ってるのよ」
言葉で友達とか言われるとなんか照れくさいな。
ましてや全校生徒の憧れのような人にそんなことを言ってもらえるとなおさらだ。
「分かりました。天使先輩。あ、お化け屋敷はすいてますね」
お化け屋敷には待機列ができていなかったので、すぐに入れそうだ。
「ここはどう楽しいのかしらね?」
戦慄地獄迷宮と書かれたお化け屋敷に入っていく。
「中々雰囲気がありますね? あ、手をつないですみません」
そこで手をつないだままだったことに気が付いて慌てて離す。
「別にいいのに。缶や落書きまでなかなかの作り込みね」
天都か先輩は怖がる様子もなく、俺の前を歩く。
「出ていけ~」
突然壁から女の人が出てきて、そう言ってきた。
流石の天使先輩も少しは怖がるかと思ったのだが、立ち止まって顎に指を添えて観察をしだす。
「祟るぞ~」
お化け役の女性が再度声を出すも先輩はじっと見た後、少ししてから先に進みだす。
「じっと見てましたけどどうしたんですか?」
「ん? どういう感情か知りたくてね。まぁ、所詮は演技ね」
この声をお化け役の人が聞いてたら泣いてるだろうな。
「お気に召さなかったですか?」
「そんなことないわ。なかなか楽しいわよ」
そう言って何かを楽しむ余裕のある先輩を先頭に出口まで進むのだった。
外に出るともう日がかけ始めていた。
「まさかここまで悲鳴を出さないなんて思いませんでしたよ」
「あら? 和樹君も悲鳴は出さなかったわよね?」
「そりゃ、女の人の前でそういうのはないですよ」
俺にだって男としてのプライドはある。
「女の人か……。そういうふうに見てくれていたんだ」
「あ! 変な意味じゃないですよ! 今日だって、ちゃんと取材ってわきまえてますし」
勘違いされないようにと思って、早口でそう捲し立ててしまう。
「ふふふ、冗談よ」
楽しそうに笑って、沈んでいく夕日に照らされる顔がとても綺麗だと思った。
「この後はどうしますか? まだ何か乗りますか?」
「そうね……。もういいわ、今日の所はもう終わりにしましょう」
その言葉に少し寂しくなってしまう。
「じゃぁ、帰りましょう」
「まって、良ければなんだけど夕ご飯に行かない?」
すごく嬉しい提案だ。もう少し話をしたかったし、断る理由はな。
「それはもちろん良いですけど、少し待ってください」
そう言って、ポケットからスマホを取り出して和音にメッセを送る。
『和音、悪いけど今日の夕飯は綾瀬で食べてくれないか? 俺は外で食べて帰る』
『少し忙しいのですみませんけど、兄さん行くお店でテイクアウトをお願いします』
少ししてそう返事が返ってきた。
忙しい? 何かあったのか?
少し悩んでやっぱり気になって、メッセを送ろうとしたところで――
「それで、行けるのかしら?」
天使先輩がそう聞いてきた。
「ああ、ごめんなさい。大丈夫です。行きましょう」
スマホをポケットに直して返事を返す。
「良かったわ。せっかくだから行きたかったの」
「どこのお店ですか?」
「それはついてからのお楽しみよ」
楽しそうな天都か先輩の先導で、俺は出口に向かうのだった。
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