第三十一話

 仕事を終えて、夕食を済まし本日も何故か七緒がシャワーから戻ってくるのを七緒の部屋のベットの上で待っている。


 まぁ、今日は寝るのではなく勉強を見てほしいと頼まれたのだが、この部屋にいるように言われてどこに座ったらいいのか分からずベットの隅に座ってしまったわけだけど、よくよく考えたらリビングで良かったのではないか?


 そこまで考えたところで、ドアが開き七緒が部屋に入ってきた。


「お待たせしました」


「あ、ああ。大丈夫だぞ」


 そう言いながらも何が大丈夫なのかは分からないんだけど……。


 風呂上がりで暑いのか、薄手のパジャマの前のボタンがいくらか外れていて目のやり場に困る。


「? すぐ準備しますね」


「科目は何をするんだ?」


「国語です」


 七緒はそう答えながら、勉強机の上から紙を二枚手に取った。


 どうにも夕食から違和感がるんだよな。


 といっても七緒から感じる違和感が何なのかが分からない。


「この文章問題を読めばいいのか?」


「はい。お願いします。その話の男の人の気持ちが分からないんです」


 手渡された紙に目を通していく。


 内容は気になる先輩に妹扱いされてやきもきする女の子のお話のようだ。


「……そうだな、いつも一緒にいておちゃらけた感じがよくないのかとしおらしくしてもダメ……。積極的にアピールしても空回り、こんなの普通気付くだろ? この主人公は鈍感な女たらしだな」


「先輩、分からないんですか?」


 何故か眉間をピクピクさせて、作り笑いで聞かれる。


「うーん、そうだな。ここまで好きでアピールされたら誰でも気づくとは思うけどな? この問題は悪いけどが俺にも分からないな」


 俺はそう言いながら話の続きを読む。


 うわ、この主人公鈍感すぎだろ。


「そうですか……。それは残念です」


 しゆんと肩を落として、プリントを机に置く。


「悪いな、力になれなくて」


「いえ、和音にでも聞いてみます。それでは、先輩おやすみなさい」


「ああ、お休み」


 俺は部屋を出ていき、リビングに向かう。


 あれ? 今名前で呼ばれなかったか?


 いや、気のせいだな。


 俺は欠伸を噛み殺しながら、ゆっくりと歩いて行く。


 ・・・・・・・・・・


 朝、折れは厨房で今日もサンドウィッチ用のパンを切っていく。


 切って、切って切りまくる。


 少年漫画の主人公のようだけど、切っているのはパンだけど。


「先輩って、ドМですよね~」


 厨房に入ってきた七緒が、ため息をつきながらそう言ってきた。


「なんでだよ」


「だってその仕事、お父さんにバイトや社員にはさせるなって言われるくらいきつい仕事なので」


「え? マジかよ? どこが辛いんだ?」


 手を止めずに、切りながら聞く。


「永遠に終わりの見えない仕事すぎて、どんな人でもすぐに辞めちゃうんです」


 そんな理由かよ!


 癖になって、楽しんでる俺って変なのか?


「そういうもんなのか、知らなかった」


 千枚ほど切ったところで、手を止める。


「ですです。本当に楽しそうで怖いです」


 すごく楽しそうな声で嫌味を言ってくれるな。


「そろそろホールを手伝うぞ?」


「ありがとうございます! では今日も楽しく働きましょう!」


 七緒が声を出したところで、お客さんの入店を知らせる鐘が鳴ったので早歩きで迎えに行く。


「いらっしゃいませ!」


 俺は渾身の笑みを浮かべて見せる。


「に、兄さん。気持ち悪いです」


 笑顔の先には、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた和音がいた。


「か、和音? どうしたんだ? こんな朝早くに……」


 すごく気まずい。


 歯をキラッとか、させるんじゃなかった。ああ、死にたい。


「兄さんがまじめに働いてるのかを見に来ました」


「そ、そうか。取り敢えず席に案内するな」


 一番端のカウンター席に案内する。


「ところで兄さんは、ホールを担当してるんですか?」


「そうだな。メインがホールで、たまに調理補助なんだ」


「そうですか」


 どこか安心したような顔を浮かべた。


 俺が接客した方が、気が楽だからかな?


「頼む物が決まったら、呼んでくれ」


「あ、兄さん」


「何だ? 頼む物を決めていたのか?」


「いえ、その……。シェフを呼んでくれませんか?」


「は? どういうことだ?」


「いえ、何、少し挨拶をと思いまして」


 何だ? なんか怖いぞ。


「少し待っていてくれ」


 俺は急いでキッチンで皿を用意していた七緒の手を取って、和音のもとに戻る。


「えっと、どういう状況なんです? これ?」


 困惑したように、俺たち兄妹を目でチラチラ見ながら言う。


「えっと、七緒。もう一人の料理係は?」


「あ~、昨日話した~。もうすぐ来る頃何で見てきますね?」


「え? どういう状況だ?」


 呼んできた俺の方は置いてけぼりだ。


「先輩、少しキッチンにいてください」


「え? ああ、分かった」


 何となくこの場にいないほうが良い気がしたので、おとなしく言う事を聞くことにした。


 皿を準備しながらホールの方に視線を向ける。


 今はお客さんは和音しかいないけど、七緒と結城さんが立っているのは異様な光景だ。


 何を話しているのかまでは聞こえないけど、たまに視線を向けてくるから、ビクッとしてしまう。


「モテモテなんだね」


 話を終えてたのか結城さんがキッチンに入って来て、肩を叩いてそう言ってきた。


 そんなバカな……。


 いや、悲しくなるから、あえて否定しないでおこう。


「七緒、何を話していたんだ?」


 続けて戻ってきた七緒に聞いてみる。


「乙女の秘密です」


 またその言い回しかよ。


 何かそういうのが女子高生の間ではやってるのか?


 今度漫画のネタに使わせてもらおう。


 その後は和音はおとなしく紅茶を飲んで帰ってしまった。


 結局何をしに来たかよく分からない。


 そのまま怒涛の勢いで仕事をこなして、三日ぶりに帰宅するのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る