第三十話

「う、うーん」


 隣で眠っているのが寝返りを打って、俺の方を向く。


 すごく可愛らしい寝顔だ。


 出会った当時の事を思い出していた俺は、「ありがとな」とつぶやいて、七緒の頭を撫でた。


「にゃふふ」


 くすぐったそうな声を出して、幸せそうに笑みを浮かべる。


 起きてしまったかと思ったが、すぐに寝息を静かに立て始めたので大丈夫そうだ。


 頭を撫でるのをやめてそっと、ベットから抜け出す。


 そろそろ寝ないと駄目だしな。


 俺は静かにリビングに向かうのだった。


 ・・・・・・・・・・


「おはよう、七緒。今日もよろしくな」


 リビングに顔を出した七緒にそう声をかける。


 時刻は朝の四時、仕込みが五時からだと聞いていたので、三時に目を覚まして朝食を用意しておいたのだ。


「はぁ、どうして襲ってこないんですか?」


 俺の顔を見るや否や、ため息をつきながらそう言ってくる。


「襲うか! あほなことを言ってないで、朝食を食べて仕事をするぞ」


「はい、は~い。顔洗ってきます」


 七緒はそう言って、またリビングから出て行ってしまう。


 俺はその間にコーヒーを濃いめにいれることにした。


 ・・・・・・・・・・


 朝食を済ました俺は、七緒と一緒にレストランに移動する。


 野菜の下ごしらえを頼まれたので、丁寧に進めていく。


「おはよ~。あ、葉山君。頑張ってるね」


 そう言って、キッチンに年上の女性が入ってきた。


 確か名前は……。


「おはようございます。結城さん」


「お? 名前覚えてくれていたんだ。嬉しい~」


 ニマニマと笑って、軽く肘でついてくる。


 結城さんは朝の調理担当なので、あまり会わないがこうやってかまってくるので印象に残っていた。


「はは。野菜の下ごしらえはもう終わりますけど、次何か手伝えることはありますか?」


「未来の店長候補はやる気が凄いな~」


「いや、ただのバイトですよ」


「え? 七緒ちゃんと結婚するんじゃないの?」


「な、ないですよ!」


 驚いで声がデカくなってしまう。


「あら、親がいないのに泊まり込みで仕事をしてるからそういう関係だと思ったのだけど」


「いや、七緒はその、妹みたいに思っているのでそういうのはないですよ」


「え~、七緒ちゃんが可哀そうだよ~」


「そこ、サボってないで仕事をしてください!」


 厨房に七緒が顔を出して、注意されてしまった。


「ああ、悪い。じゃぁ、何から手伝いましょうか?」


「あら、ごめんなさい。そうね、パンの準備をお願い」


 結城さんと七緒に謝ってから、仕事に取り掛かっていく。


 昨日よりも速いペースで一定のサイズに、パンを切り進める。


 ある程度勧めたところで、顔をあげると七緒と目が合った。


 そして、手招きをしてきたので側にいく。


「どうしたんだ?」


「先輩、すみません。今の時間、私一人でホールは厳しいので一緒にしてもらってもいいですか?」


「ああ、もちろん大丈夫だ」


「ありがとうございます」


 七緒は機嫌がよさそうに、お客さんの方に歩いて行った。


 何かいいことでもあったのかな?


「すみませーん」


 おっと、今は仕事に集中しないとな。


 俺もお客さんのもとに歩いて行くのだった。


 ・・・・・・・・・・


「先輩って、年上が好きなんですか?」


 客入りが落ち着いてきたタイミングで七緒がそう聞いてきた。


「え、どうしたんだ?」


「だって今日は結城さんとよくお話されていたので、そうなのかなって?」


 少し話してたらそう思うものなのかな?


「いや、そんなことはないぞ?」


「でも、おっぱい見てましたよね?」


「ばか、そんなことを言うなよ!」


 声を押さえながら注意する。


 今俺は皿を洗っていて、洗い終わった物を七緒が拭いているのだが、すぐ後ろで結城さんが材料の下ごしらえをしているのだ。


 聞かれたらヤバいだろ……。


「え? 私と話すときもチラチラ見てるじゃないですか? 結城さんもそこそこデカいので、先輩はああいうのがタイプなのかなと思いまして」


 声を低くして、改めてそう聞いてくる。


 そこまでは見てないはずだけど、気をつけよう。


「いや、綺麗な人だとは思うけど……。好きとかそういうのはないぞ?」


 ボブショートの茶髪でどこか大人な雰囲気はある人だとは思っているけど、恋愛対象としてみたことはない。


「はぁ、和音に言ってやろ」


「何で和音が出てくるんだよ?」


 何でかは分からないけど、体が震えた。


「ねぇ、さっきから何を話してるの?」


 いつの間にか横に来ていた結城さんがそう聞いてくる。


「いえ、たいした話ではないですよ」


 七緒はそう言って、フロアーに出て行ってしまう。


「私だけ仲間外れなのかな?」


「いや、そんなことしないですよ」


 俺はそう言って、最後の皿を片付ける。


 その後は手も空いていたので、少しだけ結城さんと料理の話をして過ごしたのだった。


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