第二十八話
あの昼食以来、七緒が遊びに来たときは和音が部屋から出てくるようになった。
まだ俺と二人きりは嫌なようだが、三人でもこうやって過ごせるのは和音にとってもいいことだと思い嬉しい気持ちだ。
「お兄さん! ゲームをしましょう」
家に来た七緒はリビングに入るなりそう声を出して、テレビの方に歩いて行く。
「いやいや。七緒、目的を忘れてるぞ?」
俺は肩を掴んでゲーム機に手を伸ばすなおを制止する。
「え? 和音も呼んで遊ぶんですよね? このところ毎日そうじゃないですか?」
うん、否定はしない。でも、本来の目的を年長である俺が放棄するわけにはいかない。
「そうだけど、そろそろ勉強を再開しないと駄目だろう?」
「む~、せっかく今日こそは魔王を倒すつもりだったのに~」
ジトっとした顔で不満を言われる。
「それは勉強してからでもいいだろ? 初春さんを失望させないためにも、七緒には頑張ってもらわないと」
「そんなにお父さんに気にいれれたいんですか? 親公認になって、私を手に入れたいんですね」
ニヤニヤとした顔でからかってくる。
「はいはい、それでいいから。さ、勉強を始めるぞ」
「にゃ~、お兄さんが冷たいよ~」
泣き声をあげる七緒の腕を掴んで、ゲーム機から引き離す。
百面相みたいにころころと表情を変えて面白い。
「な、七緒? 来てるのですか?」
七緒の声を聞きつけたのか、和音がリビングに顔を出す。
「あ、和音~。ヘルプミーなのです」
「何事ですか?」
冷たい視線を俺に向けてくる。
「いや、あの、勉強をしようって言ってるだけだぞ?」
「へ~、勉強ですか?」
「そうなんです。お兄さんは、ぐへへ、さぁ、保健体育の時間だ~って無理やり」
七緒が俺の腕から逃れて、和音の前で泣きまねをしながらそう言ってくる。
「不潔です、兄さん」
「行ってない、断じて言ってない。七緒もごねてないでマジで勉強するぞ?」
凄い怖い笑みを和音が浮かべてくるので少し後ろに引きながら、リビングのテーブルに置いておいた教科書を手に持って見せた。
「う~、逃げ場なしですね」
「本当に勉強かどうか、私も一緒にさせてもらいます」
「もちろんいいぞ。皆で勉強しよう」
「では、お兄さんの部屋にレッツゴーです~」
「そ、確かにそれがいいですね」
七緒の言葉に同意して、二人はリビングを出ていく。
絶対リビングの方が広いのにな……。
居なくなった二人を追いかけるように、俺も自室に向かうのだった。
・・・・・・・・・・
「なぁ、どうして俺のベットの下を覗いているんだ?」
部屋に入ると何故か七緒がベットの下を覗いていたのでそう聞く。
「あ、来ましたね。もちろん宝探しです」
何も悪びれた様子もなくそう言ってまた探し始める。
和音は教科書を取りに行っているのか、姿がない。
「やめれ、そんなところには何もない」
「え~、もしかして本棚……。この部屋ってなにもないですよね」
七緒は何かを言いかけて、そうまとめてしまう。
何もないは言いすぎだけど、ベットに勉強机、後は小さな服を入れるケースくらいしかないからそう感じるのだろう。
「荷物はあまりないな」
まぁ、多少押入れに直しているがそれは言わないでおこう。
「若いのにロマンがないな~」
「いいだろ別に。ほら、机だすから勉強に集中する」
俺はそう言いながら、押入れから折り畳みの長四角の机を取り出す。
「あ、お待たせしました」
机を出したところで和音が部屋に顔を出して、勉強会がスタートする。
「あの、この問題はどう解くんですか?」
「うん? ああ、これはここの文字を読んで……」
七緒と和音が横並びに座って、俺は向かいに座って二人の質問に答えれるようにする。
和音は問題集を見ながら、一人で黙々と解いていく。
そういえば和音って、受験はどうするんだろ?
俺としては高校は行って欲しいんだけどな。
「どうしたんですか? 兄さん?」
俺の視線に気が付いた和音が聞いてきた。
「いや、分からないところがあったら言ってくれ」
「え? ありがとうございます」
和音はすぐに勉強に戻ってしまう。
まだ聞く勇気はないな……。
「お兄さん、これは?」
今は七緒の面倒を見るのが優先になりそうだ。
この日は二人の勉強を見たりお昼を食べたりして、お開きとなった。
・・・・・・・・・・
七緒と和音と話し合って、週二回勉強のみの日を設けて、バイトの日は夕方に勉強と少しの遊びをする日々が続いて、一ヶ月が過ぎた頃。七緒が持ってきた人生爆走ゲームを三人ですることになった。
「今日はまったり、ボードゲームをしながら、お話をしましょう」
「いいですね」
「たまにはいいか……」
ルーレットを回して、ゴールを目指す定番のボードゲーム。
勝ち方は一番お金を持っている人が優勝とシンプルだ。
最初は就職したり、デートしたりのイベントがメインだ。
「お兄さん、また子供ができましたね! いや~絶倫ですね~」
「七緒、はしたないよ?」
「このゲーム、やたらと子供生まれないか?」
俺は八人目の子供を車型の駒に乗せる。
雑技団の様に上に無理やり乗せるしか猛置く場所はない。
「え? そうですか? 私はまだいませんよ?」
「ですね、私なんて結婚してませんし」
俺だけがそういうイベントが多いのか?
「私の番ですね! あ、宝くじが当たって、三億円ゲットです」
「すごいね、私は……。兄が襲ってきた一千万払う……。兄さんのバカ」
「いや、ゲームだから。俺じゃないからな? あ、また子供だ」
そんな感じで、ゲームは楽しく進んでいく。
・・・・・・・・・・
「では、最終結果ですね? 私は百億です」
「私は二億ですね」
「俺は死んだから、ゼロだな」
「お兄さん、どんまいです」
「まぁ、ゲームですからね」
二人の温かさが辛い。
「そうだよな、ゲームだもんな。さて、七緒。家まで送るな」
俺は時計の針を見て、立ち上がって言う。
「え? まだ遊びましょうよ~」
「ダメだ、もう二十二時時を越えたからな。初春さんが心配するぞ」
不満を漏らす七緒にそう言って、帰るように促す。
「う~。あ、明日、明日も遊ぼうね? 和音」
「うん、七緒」
二人は握手をしながら、別れを惜しんでいる。
二人が仲良くなってくれて嬉しい。
「いくぞ~」
玄関に向かいながらそう声をかける。
「あ、待ってくださいよ~」
こんな日常がこれからも続きますようになんて、思ってしまうのだった。
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