第二十七話

「じゃ、お兄さん何から始めますか?」


 七緒はどこからともなくエプロンを取り出して身につけながら聞いてきた。


「どこからエプロンを取り出したんだ?」


 家にはおいてないはずのハート柄のフリル付きエプロンにそうツッコミを入れる。


「それはきかないお約束です」


「何だよそれ……。そうだな、サラダを頼んでもいいか?」


「了解です」


「兄さん、私は?」


 所在なさげに和音が不安そうに聞いていてくる。


「七緒の手伝いを頼むよ」


 二人が仲良くしてくれたら嬉しいので、そう提案する。


 サラダの用意を持って、リビングのテーブルに移動していく。


 二人の様子を見ているとどうやら今更になって、ちゃんと自己紹介をしているようだ。


 そういえばちゃんと紹介してなかった。


 そんなんことを考えながら少し様子を見守る。


「あ、和音ちゃん。トマトを切ってもらっていいですか? ちょっとレタスを持ってくるのを忘れてましたです」


「うん、分かった。綾瀬さん」


「七緒でいいですよ~」


 七緒がそう声を出しながら、俺の方にやって来た。


「悪いな、お客さんなのに手伝ってもらって」


「いえいえ、料理は好きですから」


 ケラケラと笑ってくれる。


 ザクッ。


 七緒に笑い返していると俺の顔すれすれに何かが飛んできて、後ろの壁に何かが刺さった音が聞こえた。


「え?」


「お兄さん、大丈夫ですか?」


 七緒が心配そうに聞いてくれる。


 頬から何かがつたって垂れてくるのを感じて、手で触れると赤いものが手についた。


「あれ? 包丁どこいったんだろう?」


 和音の方から不穏な声が聞こえて、恐る恐る振り向くと包丁が壁に刺さっていた。


「……」


 俺は声が出ないまま、その場にしりもちをついてしまう。


「あ、和音ちゃん。包丁はちゃんと持たないと」


 壁に刺さった包丁に気が付いた七緒が包丁を抜いて、和音の方に持って行ってくれる。


「え? すみません。気をつけます」


 七緒から包丁を受け取った和音が、謝って気合を入れ直す。


 七緒、後は頼んだぞ。


 俺は視線でそうお願いする。


「がってんです!」


 七緒は元気よくそう言って、敬礼をしてくれた。


「どうしたんですか? な、七緒ちゃん」


「何でもないです。あと、かたいですよ~」


「固いですか?」


「うん、私の事は治って呼んでください」


「分かりました……。七緒、包丁の使い方を教えてくれますか?」


「もちろんです、和音。まずはにゃんこの手をしましょうか?」


 二人がまた微笑ましくサラダ作りを再開する。


「にゃーん?」


 和音は猫の鳴きまねをして、勢いよく包丁を振り下ろす。


 その勢いが強すぎて、トマトが吹っ飛んでくる。


「な、な」


 七緒は信じられないものを見たというような顔で、驚いて固まっていた。


「あれ? あれ?」


 和音はトマトを見失って、不思議そうにあたりを探している。


 トマトは現在俺の頭にあたって、床に落ちたところだ。


 これは仕方ないな……。


 俺はトマトを拾って、和音の側にいく。


「和音、料理は任せてくれ」


 俺は二度と和音が料理をしなくていいように、頑張っていくことを心に誓うのだった。


 ・・・・・・・・・・


 ドタバタがあった物の俺が作ったオムライスと、七緒が作ってくれたサラダ(和音もレタスをちぎってくれた)がテーブルに並ぶ。


「じゃ、食べるか?」


「ですね」


「う、うん」


 まずはサラダを一口食べる。


「七緒、このサラダ美味しい。ドレッシングなんて家にあったけ?」


「それは私が作ったんですよ」


 向かいに座る七緒がそう教えてくれた。


 家にあるものでこんなに美味しいドレッシングができるんだと、驚いてしまう。


 オムライスの方も食べてみる。


 自分ではよくできたとは思うけど、七緒の口に合うか少し心配だ。


「美味しいです! これならすぐにうちの厨房に立てますよ! お兄さん」


 オムライスを食べた七緒が目を見開いて、褒めてくれる。


 良かった~。和音はどうだろ?


 横に座っている和音の方に視線を向ける。


 和音はもくもくとサラダを食べていた。


「どうしたんですか? 兄さん」


 俺の視線に気が付いた和音が、小首をかしげて聞いてくる。


「いや、オムライスが口にあったかなって……」


「? 食べてみますね」


 よく分からないといった様子だが、一口すくって食べてくれた。


 その後すぐに二口、三口と和音は早いペースで食べ進めていく。


「美味しいか?」


 和音はこくこくとうなずいて、美味しそうに食べてくれる。


 その姿が嬉しくって、目頭が熱くなるのを感じた。


「お兄さん、良かったですね」


 七緒がそう言って、微笑んでくれる。


「ど、どうしたの? 兄さん?」


「あれ、あれ」


 和音にそう聞かれて、気が付いた。


 いつのまにか涙を流してしまっていたようだ。


 止まってくれない。


「しかたないですよ。こんなに嬉しい事なんてないですもんね?」


「どういう事ですか? 七緒」


 事情が分からないといった様子で、和音が七緒に聞く。


「ふふ。お兄さんはこうやって、和音とご飯がずっと食べたかったんですよ。しかも自分が作ったオムライスをこんなにも美味しそうに食べてもらったら、泣いちゃいますよね」


「そうだよ、いちいち解説するなよ」


 ニヤニヤと俺を見ながら言ってくるので、涙を拭きながらそう言ってやる。


「そうなのですか……。本当にそれだけで泣いちゃったんですか?」


 和音がありえないといったような顔でそう聞いてきた。


「そうだよ。この半年はオタク趣味を封印して、和音と普通の暮らしてやつを夢見てたんだ」


 やけくそ気味に全部さらけ出す。


「ふにゃん!? そうだったんですね……。ありがとうございます」


 和音は顔を赤らめて、うつむいてそう言ってくれる。


「イチャイチャですな~」


 七緒が訳のが訳の分からないことを言う。


「し、してないよ」


 和音は首をぶんぶんと振って否定する。


「本当に良かった……」


 俺はそう小さく声を漏らして、この微笑ましい時間を楽しむのだった。







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