第二十六話
綾瀬の店で働くようになってからもう、セミが鳴きだす季節になっていた。
部屋でエアコンをかけていても少し汗ばむ休日、そんな日に夏休み中の七緒が家にやって来た。
「お兄さん、夏ですね~」
「そうだな」
玄関の前に立っているせいで暑い。
七緒はワンピースタイプの白い服に、麦わら帽子と夏らしい格好だ。
「夏休みなので、遊びに来ました」
「おかしいな、今日は一日勉強のはずだろ?」
昨日、初春さんと話して二人とも休みをもらっている。
もちろん勉強のためだ。
「え~、海行きましょうよ! ほらほら、私の水着みたいでしょ?」
胸を寄せるポーズでそう言ってくる。
和音と同い年とは思えないプロポーションの七緒がそれをやると、目のやり場に困ってしまう。
「いいから、あがって」
「もう、お兄さんのえっち。まぁ、暑いので入りますけど」
えっちてなんだよ。
諦めてくれたのか靴を脱いでくれたので、リビングまで一緒に移動する。
「麦茶いれるな」
「ありがとうございます」
ソファーに座ってもらって、手早く冷蔵庫で冷やした麦茶を差し出す。
「じゃぁ、まずは国語から勉強しようか?」
「うへぇ、スパルタなのです。そこで、私はご褒美をお願いします」
嫌そうな顔の後、すぐにひらめいたと目を輝かせてそう言ってくる。
「ご褒美? どんなやつだ?」
「それはですね……」
そこから俺は七緒のお願いを了承して、勉強を見始めた。
もちろんただ勉強を見るだけではなく、自分自身も夏休みの宿題をかたずけていく。
七緒は受験用の過去問題集と夏休みの宿題の同時進行だ。
七緒の勉強を見るようになって分かったのは、七緒は勉強ができないのではなく、ただの飽き性だという事。
要するにご褒美ややりがいを教えることでメキメキと吸収していく。
この分だと、もう留年の危険はないだろう。
まぁ、調子に乗ったらだめだから言わないけど。
かくして問題集を解き始めて3時間が経った頃、俺は休憩しようと声をかけた。
「……」
すごく集中していて、気づいていない。
ココアでも入れてくるか……。
俺は静かに立ち上がって、集中している七緒に甘いココアを用意するのだった。
・・・・・・・・・・
「お、おい。そんなに激しく動くなよ」
額の汗を拭って、抗議の声を出す。
「ふふ、攻めて、攻めて、先輩を落として見せますよ~」
七緒の攻めに早くも限界を迎えそうだ。
「く、う、どりゃ。どうだ、動けないだろ」
「ひゃぁ、卑怯ですよ」
身動きを封じると、悔しそうにそう言ってくる。
「もうすぐでいけそうだな……」
動きを速めて、自分のペースで攻めていく。
「あ、あ、らめぇ~。お、落ちちゃう。私もう……」
どこか色気のある悲鳴を上げる。
その後すぐに、七緒の操作するキャラクターが崖から落ちていく。
今俺は、七緒が提案したご褒美のゲームの相手をしていた。
キャラの動きに合わせて、体を動かす七緒がなんか可愛らしい。
「よし、俺の勝ちだな!」
「むぅぅぅ。再戦です、次は負けませんよ」
その時、リビングのドアが開いた音がして視線を向ける。
和音がドアのすき間から顔を出して、俺達を見ていた。
「和音? 久しぶりだな。一緒にゲームしないか?」
和音との久しぶりの会話のチャンスに、俺は立ち上がって聞く。
だが、和音は驚いたような顔をして、すぐに部屋から顔を引っ込めてしまう。
「え? 妹さんですか? あの、お久しぶりです――」
姿が見えなくなったドアに向かって、七緒はそう呼びかける。
え? 知り合いなのか?
和音からの返事はないが、ドアの側にいるような気がする。
「あれ? 何度か寝顔を見てますよ? 今日はお話をしませんか?」
七緒は返事をもらえないまま、そう言葉を続けた。
どうやら知り合いとかではなく、勝手に寝顔を見ていたようだ。
ドタドタと足音を鳴らして、和音が部屋に入って来てくれた。
髪型は昔に見たままのポニーテールで、肌はすごく白くなっているように思う。
「そ、その。忘れてください」
和音は七緒の肩を掴んで、そう声を出す。
「え? ああ~。じゃぁ、ゲームで勝てたら忘れてあげます~」
何かに気が付いた様子で、七緒はそう提案する。
「ゲーム……。分かりました、勝負です」
俺はよく分からないまま、二人の対戦を見守ることにした。
「うりゃぁぁぁ」
「えっと、えっと」
二人は格ゲーで勝負を始めたのだが、七緒が凄い攻めて、和音はそれを器用にさばくという様子だ。
「なんの、ここで波動弾です」
「コマンド技ですね。では、私は昇竜レッタです」
驚いたことに和音はコマンドを器用に決めて、技を繰り出す。
下手したら俺より強いかも。
勝負は七緒の負けでで終わった。
「お兄さん、かたき討ちお願いします」
七緒からコントローラーを渡される。
「む~、なんか先ほどから仲がよさそうですね」
和音が頬を膨らませて、そう言ってきた。
「ああ、二人は初めまして何だよな?」
ゲームを始めながら聞く。
「はい、まったくもって初めましてですよ。もしかして、彼女さんとかですか?」
何故か不安そうな声音だな、どうしたんだろう。
「いや、バイト先でお世話になってるんだよ。な、七緒」
「ですです。お兄さんとはそういうんじゃないので、安心して下さい」
「別に安心とかはないです。けど、迷惑かけてないなら良かったです」
「迷惑といえば、妹さん。お兄さんが心配されてますよ?」
七緒がそう言うと、和音の操作するキャラがコマンドを失敗してコケてしまう。
「そうなんですか?」
和音は横目で俺を見ながら聞いてくる。
「そりゃ、和音からしたら兄らしくないかもしれないけど……。この半年は和音のために頑張ってるつもりだぞ?」
毎日ご飯を作りちゃんと食べてることに安心し、朝の声掛けもおこなってきた。
まぁ、返事は一度もなかったけど。
「そうなんだ」
どこか嬉しそうな声だ。
あ、俺のキャラが飛ばされてる。
そのまま復帰することなく画面外に落ちて、負けてしまった。
「あ~、負けたか」
「ふふ、私の方が強いみたいですね」
どこか楽しそうに言う、和音に自然と笑みがこぼれてしまう。
「そろそろお昼だな。何か作るから、皆で食べよう」
ゲームを終了させて提案する。
「賛成です! お手伝いしますね」
「わ、私も手伝う」
二人は立ち上がってそう言ってくれた。
俺達は3人連れ立って、キッチンに向かうのだった。
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