第二十四話
「あら、ようやく帰ってきたわね? あれ? お兄さん、いらっしゃい」
店の裏のドアから中に入ると、何時も店にいる女性が声をかけてくれた。
「ただいま、お母さん。お父さんいる?」
「あらあら、七緒ってばお父さんが驚くわよ?」
「何がです?」
キョトンとしたような顔で、綾瀬が聞く。
「だって、急に彼氏を連れてくるんだもの。お母さんもびっくりよ」
「「えー!」」
綾瀬と二人して、驚いた声を出してしまう。
「違います! この人はバイト候補で……」
「そうです。バイトで雇って欲しくて来たんです」
二人であたふたと説明する。
「あら? そうなの? てっきり」
「もう、お母さんってば」
「ごめんなさいね。奥にいるから上がってください。すぐにお茶を出しますね」
綾瀬のお母さんはそう言って、スリッパを出してくれた。
「おじゃまします」
「では、行きましょうか。お兄さん」
綾瀬の先導で、家の中に入っていく。
一番奥の部屋に来たところで、綾瀬が襖の前で入って良いか声をかけた。
「帰ってきたのか……。まぁ、入って良いぞ」
中から渋い声が聞こえて、入室の許可が下りる。
「あ、その……。バイトがしたいって人を見つけたから、話を聞いてあげてくれますか?」
喧嘩した後だからか、気まずそうに元気のない声で綾瀬がそう聞く。
「入りなさい」
その声に綾瀬が襖を開いたので、俺も後ろに続く。
中は八畳くらいの和室で、でちゃぶ台を挟んだ先に渋い男性が座っていた。
その男性が射貫くような視線を向けてきたので、少し委縮してしまう。
「失礼します。あ、ありがとう」
綾瀬が座布団を敷いてくれたので、正座で座る。
「君がバイトをしたいって言ったのか?」
座るや否や、そう聞いてきた。
「はい。実は今、妹と二人暮らしをしてまして、料理の勉強がしたくお願いしました」
緊張しながらも、何とか理由を伝える。
「ふむ、君の両親はどうしているのかな? 見たところ学生のようだが」
「海外に転勤になりました。それでこの近くの学校に通う事になっていた俺……。私は、日本に残ることにしました」
俺の値踏みをするように、全身を視線で舐る。
「言っておくが、給料は安いぞ?」
「お金は少しでも大丈夫です。ただ、料理を教えてもらえると助かります」
「どうして料理を?」
「ここの味に感動したんです。実は今、妹とうまくいってなくって……。美味しいご飯を食べたら、会話のきっかけになるかなて思いました」
綾瀬のお父さんの目を見て、俺は最後まで話した。
「持ち帰っていたのは妹さんの分か……」
「お父さん、私も手伝うから雇ってあげようよ?」
綾瀬が援護射撃をしてくれる。
「雇うのはいいが、七緒が働くのはダメだ」
七緒が怒ったように立ち上がった。
「高校受験まで一年切っているんだぞ? これ以上成績を下げられたら困る」
「うー」
悔しそうに唸る。
どうやら綾瀬と和音は同い年のようだ。
「あの、成績が下がらなければいいんですか?」
俺はおずおずと聞く。
「む? ああそうだが、どうしたのかな?」
一度綾瀬の方を見る。
「どの教科が苦手なんだ?」
「え? 国語と社会です」
少し戸惑ったような声で綾瀬は教えてくれて、俺の横に腰を下ろす。
「その、提案なんですが……。休憩時間とか可能な時間で勉強を見るので、綾瀬をにその、仕事をさせてあげられませんか?」
お父さんの方に視線を戻してそう提案する。
「君は勉強は得意なのか?」
「中学レベルなら大丈夫だと思います。一応、この間の小テストで国語は九十点でした」
実は俺は国語と社会の教科には自信があった。
趣味で書いてる小説の内容に使うために、色々と勉強をしているのだ。
「それは凄いな。でも、どうしてそこまでするのかな? 君は働けるんだよ?」
何かを探るような声で、綾瀬の父は聞いてきた。
「好きだからです」
そう言うと綾瀬が、「はにゃっ」っと声を出して、お父さんは目を見開く。
「それは、ど、どういう意味かな」
動揺したように聞いてくる。
「ここの料理が好きなんです。でもそれだけじゃなくって、七緒さんのあの笑顔に元気も貰えていて、そういう空気のこのお店が大好きになったんです。だから、少しでも力になりたいって思ったんです」
言い終えると何故か綾瀬のお父さんは
「そうか! そんなに好きか!」
綾瀬のお父さんは立ち上がり俺の横に来て、笑いながら肩を叩いてくる。
「えっと、そんな理由ですけど。二人で働いていいですか?」
「おう、もういいよ。あ~、笑った、笑った。俺は初春。よろしくな」
初春さんはそう言って部屋から出ていく。
「バイト……。決まった?」
「はい、そうみたいですよ」
綾瀬が笑みを浮かべてそう言ってくれる。
「そうか、良かった~」
俺は力が抜けて、足を延ばす。
「ふふ、よろしくお願いしますね。あ、これからは私の事はややこしいので七緒って呼んで下さいです」
「分かった。よろしくな七緒」
手を伸ばして握手を求める。
七緒は少し頬を赤くして、握手してくれた。
こういうのは照れくさいのかな?
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