第二十三話
次の日、いつもより早く起きた俺は早速行動を開始する。
アニメやラノベばかり読む日々に一区切りをつけて、今日から全力で和音をかまうことにしたのだ。
取り敢えずは和音の受験が終わるまでは絶対にこの生活を続けるつもりでいる。
その第一歩が、朝ごはんとお昼ご飯を作ることだ。
レトルトや冷食に頼らずに和音のためにすべて手料理を作る。
キッチンのゴミ箱に昨日持ち帰った使い捨て容器が捨てられているのを見て、食べてくれたことに安心した。
もう手遅れかも知れないけど、もっと兄らしくなれば和音が引きこもりをやめるかもしれない。
なによりこれからも二人で暮らすのなら、もっと話し合って楽しくしたと思う。
腕まくりをして、気合を入れて朝ごはんの支度を開始する。
・・・・・・・・・・
「いらっしゃいませ~。あ、昨日のお兄さん。今日も来てくれたんですね」
放課後、まっすぐに綾瀬の店に行くと昨日の女の子がニコニコと出迎えてくれた。
「うん。ここの料理凄い美味しかったから」
「わ~、嬉しいことを言ってくれますね。お席に案内しますね」
昨日と同じカウンターの席に案内してくれる。
「あの、家で作れるおすすめの料理ってあるのかな?」
水を運んできてくれたタイミングで、そう聞いてみた。
「うーん。ハンバーグとかどうですか? わりと家庭料理ですよ?」
ハンバーグか、確かアニメでも幼なじみのヒロインが主人公に作っていたな。
「じゃぁ、今日はハンバーグを頼もうかな? メニューにあったよね?」
「はい、もちろんありますよ。ハンバーグですね。少々お待ちください」
嬉しそうにそう笑って、厨房の方に歩いて行く。
その後出てきたハンバーグも、オムライスどうようすごく美味しかった。
・・・・・・・・・・
レストランに通って二週間が経ったころ。店に行くと何故かシャッターが閉まっていて、店の前でいつも接客をしてくれていた女の子がうつむいて座っていた。
「あれ、どうしたの?」
「ふぇ? あ、お兄さん。すみません。しばらくは臨時休業です」
声をかけると目元をこすって、どこか元気のない様子でそう教えてくれる。
「だいじょうぶ?」
普段と違う様子が心配でそう聞く。
「だ、大丈夫ですよ~」
そう言いながらも、ぽろぽろと涙をこぼす。
「泣いてる!? ホントに何があったの?」
「あれ、あれ……。何で止まらないんだろ」
必死に目元をこすって、困惑した様子を見せる。
「とりあえずあそこの公園で話さない?」
すぐそばに見える公園を指さして、提案する。
「う、ん……。分かりました」
小さくそう返事して、歩き出した俺に着いてきてくれた。
「とりあえず、これ良かったら」
ベンチ近くの自動販売機で、ココアを買って手渡す。
「あ、ありがとうございます。お、お金……」
小銭を探しているのか、ポケットに手を入れてガサゴソしだす。
「いいよ。とりあえず座って何があったか話してくれる?」
彼女の肩を叩いて、先にベンチに座る。
その俺の横に彼女は座ってくれた。
「その、お父さんと喧嘩しちゃいまして――」
たどたどしく小さな声で話し始めてくれる。
「お店開けたいのに……。って、こんな話、お客様にすることじゃないですね」
そう言って、元気なく笑って見せてくれた。
「いや、今はそうだけどさ……。もっと話を聞かせてくれないかな?」
缶を握っている手を手で包んで、目を見ながら言う。
「え、それってどういう……」
「……」
無言で見つめる。
こうすると昔、和音が元気が出るって言ってくれたのだ。
ただ和音と違って、彼女はなぜか真っ赤になっていく。
「は、話しますから、手を離してくださいです~」
ぶんぶんと手を振り払われてしまう。
「悪い、君の事が心配でつい」
気持ち悪かったのか?
「はう、何なんですか? お兄さんはホストなんですか?」
「違うよ! ただ元気を出して欲しくって」
「ホストです! もしくはプレーボーイってやつです」
最近よく見る元気な口調に戻っていく。
「気持ち悪かったかな? ごめん。妹にしたら喜んでくれたからさ」
「妹さんですか?」
「そう、妹がいるんだ。あ、自己紹介もしてなかった。俺は葉山和樹っていうんだ」
レストランで軽い会話はあったけど、こうしてゆっくり話すのは初めてだった。
「ああ~。私、綾瀬七緒っていいます。お兄さん、変わってますね」
可笑しそうに笑ってそう言われた。
「変わってるかな? でも、普段どうり笑ってくれてよかったよ」
「それで、お兄さんは弱っている女の子をナンパするのが趣味なんですか?」
「何でそうなるんだよ!」
つい、ツッコミをいれてしまう。
「何でしょう? こうしてお兄さんをいじると元気がでます」
「嫌な趣味だな……。で、喧嘩の原因は何か話してくれる?」
話が進まないので少し軌道修正をいれる。
「そうでした。実は今、社員さんが突然やめちゃったんです。それにバイトの方もやめてしまったばっかりで、人でも足りないのにテストの点数が落ちたくらいで私の手伝いを禁止して、あげくには店を閉めてしまったんです~!」
頬を膨らませて、たまったものを吐き出すように早口で教えてくれた。
「そ、そうなのか……。なぁ、お父さんに合わせてくれないか?」
綾瀬には悪いけど、これは俺にとってはチャンスだ。
「え? どうしてですか?」
「実は俺、あの店でバイトしたかったんだよ」
「え? え~!?」
驚いたように目を白黒させる。
「ホールでも何でもするからさ、頼むよ」
立ち上がって頭を下げてそう言う。
「合わせるのはいいですけど、一つ質問をしてもいいですか?」
俺を見上げて、そう聞いてくる。
その姿がとても守ってあげたくなるような可愛さだった。
「何でも聞いてくれ」
「私と仲良くしようとしたり、今日声をかけたのもバイトのためですか?」
「それは違う。確かに店に通っていたのは仕事をさせてくれないかを聞くタイミングをうかがっていたのはあるけど。君と、綾瀬との少しの会話はすごく楽しかったし、今日声をかけたのも心配だったからだ」
綾瀬の目を見て、思ったままを喋る。
「そうですか……。では、信じてあげます。それでは、お父さんの所に行きましょうか?」
「ああ、ありがとう」
俺は綾瀬の伸ばした手を掴んで、立ち上がらせてあげた。
綾瀬は俺の手を引いて歩いて行く。
その後ろ姿はとても楽しそうに見えた。
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