第十話

「はーい」


 漫画を描き始めて一ヶ月がたったある休日、インターホンが鳴り玄関に行く。


「お荷物です」


「ありがとうございます」


 何か通販でもしたかな? と思ったが差出人を見て違うと分かった。


 ワンストップからだ。


 荷物を受け取った俺はすぐに和音に部屋に向かった。


「はい? 何ですか、兄さん」


 扉をノックするとすぐに和音が返事をくれる。


「見本誌が来たみたいなんだ」


 その言葉にドアが少し開いて、「リビングで待っていてください」と言われたので、お茶の用意をしながら和音を待つことにした。


 お茶の準備が終わったタイミングで和音が来てくれたので、ソファーの前のテーブルに並べて隣同士で座る。


「ついにきましたね」


 どこか緊張したような声だ。


「ああ、開けるぞ……。ふ、二つ入っているんだな」


 段ボールの中には月刊GGと書かれた雑誌が、表紙が見えるようにはいっている。


 二つとも取り出して、片方を和音に渡すと「い、一緒に見ましょう」と、言ってくれたので一つの雑誌を二人で読むことにした。


 グラビアアイドルのカラーページがあり、その後に人気作家先生の漫画が掲載されている。


 俺達の漫画はどこだとページを捲っていくと、真ん中らへんに見つけた。


「凄い、本当に本に載ってる」


「ですね、私達の作品です」


 感慨深くお互いに黙って、漫画を読んでいく。


「和音の絵は本当にいいな」


「兄さんの書くお話、面白いです」


 お互いに短く感想を口にする。


 少し照れくさくなってきた。


「今日からこれが本屋に並ぶんだよな?」


 空気を換えようと、話題を振る。


「はい、今日が発売日で間違いないですよ。そう言えば兄さん、今日って暇ですか?」


「え? ああ、特に用事はないけど?」


「それなら、駅前の本屋にこの雑誌を見に行きませんか?」


「……」


 和音の提案に驚いて、和音を見ながら目をしばたかせる。


「ダメですか?」


「いや、問題ないぞ。行こうか」


 下から見上げる仕草が可愛くて、即答してしまった。


「ありがとうございます。では、準備をするので駅前に十三時に待ち合わせと言う事で」


 和音はそう言って、立ち上がる。


 今の時間が十一時でまだまだ時間はあるな……。


「一緒に行かないのか?」


 わざわざ待ち合わせをする理由が分からないので、そう聞いてみる。


「そのほうが良いんです! とにかく、お昼も外で食べますから、そのつもりでいてください」


「イエス、マム」


 あまりの迫力に、俺は敬礼ポーズを決めるのだった。


 ・・・・・・・・・・


 待ち合わせの時間の五分前、俺は約束の場所で和音を待っていた。


「来ないな……」


 早めにつくように催促されたが、当の本人は来ていない。


「に、兄さん。お待たせしました――」


 後ろから声をかけられて振り向くと、よく見る制服姿や部屋着と違って、可愛らしい余所行きの服装の和音がそばまで駆け寄ってきた。


「どこか変でしょうか?」


 まじまじと見つめていたのが気になったのか、自分の服装を気にしながらそう聞いてくる。


「いや、問題ないぞ……。可愛かったからつい、じっと見てしまった」


 上に羽織っている春らしい淡いピンク色のアウターと、チェック柄のスカートが女の子という感じがして、実に可愛らしい。


 風に揺れるポニーテールも凄く似合っている。


「ひゃん。に、兄さん。何を言ってるんですか?」


 俺の素直な感想に照れたように頬を赤く染めて、目をそらされてしまった。


 そう言えばこんなふうに、ちゃんと褒めたことはなかったな。


「いや、本当に可愛いぞ。ちゃんと言ったことはなかったが、いつも可愛いと思っているし、今日のおしゃれな姿も本当に可愛いぞ」


 疑われたくないので、真摯に今までの分も伝える。


「もう、恥ずかしいから言わないでください」


 怒ってしまったのかさらに顔を赤くして、ショッピングモールの方へと一人で歩いて行ってしまう。


「ま、待ってくれよ」


 俺はそう言いながら、その背中を追いかけていく。


 駅前のショッピングモールの中は休日と言う事もあり、かなりにぎわっていた。


 入ってすぐに追いついた和音の横に並んで、立ち止まってしまう。


「どうしたんですか? 兄さん」


 急に立ち止まってしまった俺に、少し前に進んだ和音が不思議そうに振り向いて聞いてきた。


 商店街はこんなに混んでないんだけどな……。


「悪い、人の多さに驚いただけだよ」


「そうですか? 兄さんは普段はここに来ないんですか? 晩御飯とかの買い出しとか」


「友達とは何回か来たことあったけど、普段は来ないな。商店街で必要なものは買えるし」


 けど前に来たときは平日だったからか、ここまで混雑はしてなかった。


「ふーん、そうなんですね。その友達って、どんな人なんですか?」


 俺の顔をちらちら見ながら、そんなことを聞いてくる。


 そう言えば、友達の話とかも全然したことなかったな。


 ゆっくりと歩きながら、話すことにしよう。


「一年から同じクラスのやつだよ。なんかよく話しかけてくれるんだ」


「それって、もしかして女子ですか?」


 驚いた顔で言ってくる。


 俺に友達がいるのがそんなに不思議なのかな?


「いや、男だよ。バイトの話とかよくしてるんだ」


 付き合いの悪い俺に唯一話しかけてくれる、クラスのお調子者のやつの事を思い出しながら話す。


「そうなんですね……。あ、本屋さんが見えてきましたよ」


 どこか安心したような声を出して、ご機嫌に本屋に入っていく。


 どうやら俺に同世代の友達がいることに安心してくれたようだ。


「漫画コーナは向こうみたいだな」


 奥の方に漫画コーナーの案内札が見えたのでそう言う。


 モールの中の本屋さんなのに、鶯さんの店の倍くらいありそうだな。


 おしゃれな服の雑誌や雑貨なんかも置いてある。


 入口の雑誌の棚には漫画雑誌はないみたいだな。


「では、言ってみましょう」


 和音と並んで、漫画コーナーに向かう。


「やっぱり、漫画は少ないな」


「そうみたいですね。商店街のお店は漫画しかない印象でしたが」


 前に来た時と同じか、それ以上に漫画が少ないように感じる。


「まぁ、あそこは俺みたいなやつが行く店だからな」


「もう漫画を読むなとは言いませんが、エッチなのはダメですからね?」


 ジトっとした目をして、俺を見上げてきた。


「分かってるよ。あの時の本は本当に、鴬さんのいたずらだからな?」

 

 因みにあの本は鶯さんに返した。


「まぁ、そこまで言うなら信じてあげますけど……。あ、ありました。あれですよね?」


 和音が指さした方に視線を向けると目的の雑誌が視界に入る。


 その雑誌を中年の男性が手に取って、レジに向かっていく。


「買ったな……」


「買いましたね……」


 なんか言い表せない喜びが込み上げてくる。


 何となく和音の顔を見ると、喜んでいるのか少し顔がにやけていた。


「何か嬉しいな」


「ですね」


「なぁ、もしこれが雑誌じゃなくて、俺達の単行本だったらどうなると思う?」


「そんな事可能なんでしょうか?」


 不安そうに聞いてくる。


 むしろ不安なのは俺の実力だ。


「できるだろ。俺はそこまで目指したい」


 俺の言葉に和音は少し笑って――


「そうなれるようにもっと、漫画を教えてくださいね? 兄さん」


 そう言って、いたずらぽく笑いかけてくるのだった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る