第九話

 和音と一緒にワンストップの会社に行って、できた原稿を文月さんに読んでもらっている。


「ふぅ、良くなっていますね」


「本当ですか?」


 和音が嬉しそうに聞く。


「今読ませていただいた原稿、以前指摘したことを生かせていましたよ。特に妹の着替えのシーンは、リアリティーが凄いです」


 その言葉に俺は苦笑いを浮かべる。


 昨日の出来事をこんな風に生かしてくるとは思わなかった。


「原稿はこれで問題ないでしょうか?」


「はい、編集長にはこのまま渡しておきます」


 文月さんは笑みを浮かべてそう言ってくれる。


「この原稿が通れば、これからはどの程度の速度で書けばいいのでしょうか?」


「そうですね……。月刊誌なので遅くても毎月二十五日までになると思います」


 俺はその言葉に安どのため息を漏らす。


「良かった。週一かと思いました」


「私はそれくらいのペースで、案を出してもいいですよ?」


「ふふ、オムライス先生と違って、葉山ソラ先生は自信があるんですね」


 その言葉に恥ずかしくなる。


「文月さん。これからも頑張りますので、よろしくお願いします」


 俺はそう言って頭を下げた。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 その後これからの展開について三人で話し合って、この日の打ち合わせは終了した。


 ・・・・・・・・・・


「兄さん、一歩前進ですね」


 帰り道、和音が身をひねって俺に笑みを向けてくる。


「そうだな。俺はまだまだだけど、足を引っ張らないように頑張るな」


「そんなに卑下しないでください。頼りにしてますから」


 その言葉に少し泣きそうになってしまう。


 この一ヶ月で和音と家族としてもまた前に進めた気がして嬉しい。


 小説を投稿してよかったと心から思う。


「和音、ありがとな」


 俺は小さくそう呟くのだった。


 二人で漫画の話をしていたらあっという間に家についてしまう。


「鍵、開けますね」


 和音が鞄から鍵をサッと取り出して、鍵を開けてくれる。


「ただいまー」


 俺は横に和音がいるのにいつもの癖で、そう言ってしまう。


 和音はそんな俺の様子に、くすくす笑っている。


「あれ? 兄さん? 物音がしませんか?」


 耳を澄ますとリビングから、トン、トンと物音が鳴っていた。


「何だろ? 少し待っててくれ」


 和音を玄関に残して、一人リビングに向かう。


 リビングへとつながるドアを少し開いて、中の様子を見る。


 部屋の中から漂う刺激臭に、涙が出てきた。


「本当、バイオハザードレベルですねこれ」


 奥から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


 ただ、俺の位置からでは姿が見えない。


「に、兄さん。この臭い何なのでしょう?」


 臭いの異変に気が付いたのか和音が近づいてきて、小声で聞いてくる。


「分からない。でも、中から七緒の声がした気がするんだよ」


「七緒ですか? でもどうして?」


 俺も理由が分からないので「さぁ?」っと答えて、リビングのドアをゆっくりと開けた。


「おや? ゴホ、ゴホ。先輩、帰宅したんですね」


 ドアを開けたところで、キッチンにやはり居た七緒が咳き込みながら声をかけてきた。


「くぅ、窓開けるぞ」


「七緒? どうしているんですか?」


 窓を開けに移動している俺に代わって、和音がそう聞いてくれる。


「どうしてって、先輩に頼まれたからですよ?」


 七緒が不思議そうな声でそう言う。


「え? どういうことだ?」


 俺の言葉に七緒がスマホを片手に詰め寄ってくる。


「これですよこれ!」


 スマホの画面を顔に押し付けてきた。


「ちかいちかい、見えない」


 七緒の頭を押さえて、後ろに押す。


 スマホの画面にはカレーのリメイク案募集と書かれていた。


「ほら、先輩。これを見てもまだ知らないっていうんですか?」


「ああ、思い出したけど……。呼んではないだろ? てか、どうやって入ったんだ?」


 確かにカレーを食べた日にメールはしたが、家に来るようには言っていない。


「それはー、先輩の愛ですよ~」


 そう言いながら、俺の家の鍵を見せてくる。


 横に立つ和音の視線が怖い。


「ああ、そう言えば渡していたな。うん」


「お、認めるんですね? これは私のルートにはいりますよ」


 訳の分からないことを目をキラキラ輝かせて、七緒が詰め寄ってくる。


「兄さ~ん。説明してくれますか?」


 あまりこの話はしたくなかったが、これ以上は身に危険が及びそうだ。


 観念して、話すか……。


「この家に住むようになって最初の頃はバイトと家事の両立ができなくてな、それで七緒に手伝ってもらっていたんだ」


 俺の説明に「あの頃ですか……」と、和音は声を漏らす。


「酷い、私とは遊びだったのですね。よよよ」


 わざっとらしく目元にい手を当てて、七緒は泣きまねを見せる。


「遊びって何だよ? まぁ、そのなんだ……あの時はホントにありがとな」


 少し照れてしまって、頬を搔きながら言う。


「先輩……。これは萌ですね」


 ・・・・・・・・・・


「「ごちそうさまでした」」


「お粗末様です~」


 帰宅してひともんちゃく後、七緒が作ってくれたリメークカレーうどんは絶品だった。


「流石七緒、私のカレーがここまで変わるなんて」


 和音がショックを受けたように言う。


「確かに美味しかったな! でも、和音のカレーも美味しかったぞ?」


「兄さん……。お世辞はいいです」


「先輩のその優しさはもはや凶器ですね」


 和音は肩を落として、七緒はため息をつきながらそう言ってくる。


 お世辞のつもりはないんだけどな。


「七緒、洗い物は俺がするからな?」


 当然のように洗い場に移動したなおにこえをかける。


「そうですか? ではお願いします。じゃ、和音。お風呂に行きましょう~」


 そう言い残して、和音と七緒はリビングから出ていく。


 明日は金曜日で学校はあるはずなんだが、泊っていくようだ。


 俺はのんびりと洗い物をして、七緒たちが戻ったところでお風呂場に行く。


 何故かお風呂は抜かれていたので、湯船につかることはできなかった。


「兄さん、おやすみなさい」


「お休みです、先輩」


 リビングで少しゲームをした後、明日に備えてお開きとなる。


 当然のように和音の部屋に入っていく七緒を見送って、自分も自室に戻った。


「よし、やるか……」


 俺はパソコンを立ち上げて、第二話の原稿に取り掛かる。


 きりがいい所まで書いていた、ら深夜三時を回ってしまった。


「やべ、寝ないと」


 俺は急いでベットにもぐりこんだ。


 ・・・・・・・・・・


「なっっ」


 俺は息苦しさを感じて、目を覚ます。


 視界は暗く、顔に何か柔らかいものが押し付けられている。


 その正体を確かめようと、手で顔にまとわりつくものに触れてみた。


「ひゃん、先輩くすぐったいです~」


 そんな声が聞こえて、一気に意識が覚醒する。


「七緒? 何で俺のベットに……」


 ホ-ルドから逃れて、体を起こすと七緒が隣で眠っていた。


「逃がさないですよ~」


 そんなことを言って、七緒はまた俺に抱きついてくる。


「ちょっと、ぐぬっ」


 また胸で顔を覆われてしまう。


「先輩~」


 どこか幸せそうな声だがそれどころではない。


 柔らかい感触と甘い匂いに、意識がくらくらしてきた。


「七緒ー? 兄さんまだ起きないんですか?」


 ドアの方から和音の声が聞こえてくる。


 マズい……。このままでは殺されてしまう。


 俺の脳内が逃げろと警告を鳴らす。


「七緒、起きろ」


 ホールドが緩んだすきに声をかける。


「嫌ですよ~」


 ホ-ルドが強まってしまった。


「入りますよ」


 あ、終わった……。


 扉が開く音が聞こえる。


「は? 先輩? ここは……」


 ようやく目を覚ましてくれたが、時すでに遅し。


「七緒? 兄さん。何をしているんですか?」


 和音には七緒が俺を押し倒している様に見えている事だろう。


「おはよう」


 俺は何事もないとばかりに、普通の朝の挨拶を口にする。


「はい、おはようございます。兄さん、少しお待ちくださいね?」


 そう言い残して、和音は部屋に入らずに姿を消す。


「先輩、これはマズいですね?」


「ああ、俺の人生はここまでかもな」


 目を覚ました七緒と正座で裁きの時間を待つのだった。









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