第十一話

 雑誌コーナーを後にした俺達は、お昼を食べるためにレストランフロアーに移動した。


「本当にいいのか?」


 フロアガイドを見ている和音に声をかける。


「私たちの門出なんですから、少しくらい贅沢しましょう」


 普段外食は和音の方針で控えているが、今日はやはり特別なようだ。


「何か食べたいものあったか?」


「うーん、悩みますね……。兄さんは食べたいものありますか?」


 そう言われて、案内板に目を通していく。


 ハンバーグは綾瀬のがいいし、そうなると洋食は除外だな。


 後は少しでも安そうな店で……。


 ポン!


 考え込んでいると突然肩を叩かれて、振り向く。


 そこにはクマの着ぐるみがいた。


「え? クマ?」


「クマ? そんなお店あります……か」


 和音が俺の方に顔を向けて固まる。


 そのクマは何故か俺の肩を掴んで歩き出す。


「おい、何なんだ? 自分で歩くから、放してくれ」


「あ、兄さん。待ってください」


 モフモフのクマに連行されるかたちで、俺達のレストラン選びは強制終了させられたのだった。


 クマに逃げ場を防がれながらたどり着いた店は、レストランフロアーの端にあるクラシカルな雰囲気のお店だ。


「ここは?」


 店内も落ち着いた雰囲気で、淡い照明がムードをだしている。


「いらっしゃいませ。ご主人様、お嬢様」


 高い店じゃないよな? と怖くなっていると店の奥からクラシカルタイプのメイド服の女性が出てきて、そう声をかけてきた。


「え、ああ。すみません、俺達は無理やりあのクマに連れてこられただけで」


 俺は後ろを指さして、事の経緯を説明する。


「なるほど……。それはすみませんでした。今日はカップル限定イベントをしてまして、クマさんにカップルを連れてくるようにお願いしてたんですよ」


 女性は申し訳なさそうにそう教えてくれた。


 どうやら、店のマスコットだったようだ。


「そうなんですね。でも、俺達は兄妹なんですよ」


「え? そうは見えませんけど? 恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ?」


 そんなに似てませんかね。


「に、兄さん。取り敢えず入りましょう。ここでは他のお客さんにも迷惑になってしまいます」


 和音が耳打ちしてきた。


 確かに入口にずっと立っていては、他の人の迷惑になってしまうな。


 取り敢えずお昼はここで食べることにするか。


「じゃぁ、案内をお願いします」


「はい、二名様ご案内~」


 店内はランチタイムだろうに、比較的にすいていた。


 たぶんフロアーの橋、それもエスカレーター一番離れた場所にあるせいかもしれない。


「ここって、テレビとかでやっていたメイドカフェ? というところでしょうか?」


 和音が店内を見ながら聞いてくる。


「どうだろう? 確かに服装はメイド服だけど、そこまで明るくはないしな」


 メイドカフェに行ったことはないが、イメージにあるような明るさやキャピキャピした感じは感じられない。


「こちら、お冷とメニューです。本日はカップル限定で無料でパフェが一つ食べられますので、よろしければデザートにお頼みください」


 落ち着いた雰囲気のメイドさんがそう教えてくれる。


 メニューはラミネート加工された一枚の紙で、ランチタイムは三種類の中から選ぶようだ。


「パフェ……」


 和音が興味をひかれたのか、小さく声を漏らす。


「あの、俺達は兄妹なんですけど」


「そういう設定でも、限定特典は可能ですよ」


 どうも、本当のカップルじゃなくてもいいみたいだな。


「じゃぁ、特製オムライスと……。和音はどうする?」


「わ、私も同じものを……」


 和音は御飯よりもパフェに興味が移っているようで、テーブルに置かれているデザートメニューをちらちら見ている。


「後、パフェも一つお願いします」


 和音が躊躇しているようなので、代わりに頼んでしまう。


 因みに、無料のパフェは味は選べないようだ。


「了解しました。オムライス二つとカップル限定パフェが一つですね」


 メイドさんは確認を済まして、厨房の方に歩いて行った。


「兄さん良かったんですか?」


「いいんじゃないか? 別にカップルじゃなくてもいいみたいだし、何より食べたそうだったからな」


「そ、そんなに食べたそうに見えましたか?」


 和音が恥ずかしそうに聞いてくる。


「ああ、そう見えたけど。もし食べないなら、俺が食べるぞ?」


 俺がそう言うと――


「いえ、食べたいです」


 慌てたようにそう返してきた。


 その様子が可愛らしい。


「お待たせしました、オムライスです。絵は何を書きますか?」


 少しして、先ほどのメイドさんがオムライスを運んできてくれる。


「絵ですか?」


 和音が不思議そうにメイドさんに聞く。


「お客様の好きな絵を、ケチャップで描くサービスをしています」


「それは凄いですね。では、猫をお願いできますか?」


 和音はワクワクした表情でそうお願いする。


 普段は凛とした表情が多いのでこういう表情が見れたのは、何となく嬉しいな。


「こんな感じでよろしいでしょうか?」


 器用に三毛猫を描いて、和音の前にオムライスを置く。


「凄いです」


「ご主人様はどういたしましょう? ロボとか描きますか?」


 和音の感想が嬉しかったのか、少し声を高めてそう提案してくれた。


「じゃぁ、それでお願いします」


 そう返すと凄い細かい手さばきで、量産型より三倍速い赤い機体のロボットを描きあげてくれる。


「本当に器用ですね」


「ありがとうございます。では、後ほどデザートをお運びしますね」


 メイドさんはそう言い残して、また厨房に戻っていく。


 オムライスの味はどこか懐かしい、普通の味だった。


 オムライスを食べ終えて、少しするとパフェを運んできてくれる。


 ただそのサイズが二、三人前はありそうで言葉を失う。


「お待たせしました。カップル限定パフェでございます」


 そう言って、テーブルの上に置いてくれる。


 和音は臆する様子もなく、嬉しそうにパフェを見ていた。


「こちらの注文には、撮影が条件なので早速撮影してよろしいでしょうか?」


 メイドさんがデジカメを構えてそう言ってくる。


「撮影って、何に使うんですか?」


 説明になかったので、どういう訳か聞くことにした。


「宣伝に使います。ささ、恥ずかしくないですよ~」


 無料のからくりはそういうことか。


「じゃぁ、和音。早いとこ撮影されてやってくれ」


 メイドさんの催促に、パフェに目を奪われている和音に声をかける。


「ふぇ? あ、はい。こうでしょうか?」


 現実に戻った和音が瞬時に状況を判断して、パフェを手に持ってカメラに笑顔を向けた。


「違いますよ。アーン、してください」


 ため息交じりにメイドさんはそう言う。


「アーン?」


 俺はよく分からなくて声に出してしまったが、和音は赤くなって下を向いてしまった。


 ポーズを間違って、恥ずかしかったのか?


 俺がそんなことを考えていると、メイドさんが何やら和音に耳打ちしている。


「に、兄さん」


 どこか覚悟を決めた戦士のような声を出して、真剣な目で俺を見てきた。


「どうしたんだ?」


「あ、アーン」


 そう言いながらスプーンでパフェを一口分すくって、差し出してきてくれる。


「え? ああ、一口くれるのか……。ありがとう」


 差し出されたスプーンを頬張って、お礼を言う。


「ひゃん!?」


「おぉぉ。では、ご主人様もお返しのアーンを」


 謎に歓喜の声をあげて、次は俺がやるように催促してきた。


 何故か語っている和音からスプーンを取って、俺も一口分すくう。


 なんかこれ、妙に恥ずかしいな。


 スプーンを差し出そうとしたところで、妙に恥ずかしさが込み上げてきた。


「さぁ、やっちゃってください」


 メイドさんが催促してくる。


「く、あ、アーン」


 これ以上仕事の邪魔もできないので、覚悟を決めてスプーンを差し出す。


「はひ」


 よく分からない返事を返して、和音は軽く目を瞑り少し身を乗り出してくれる。


 スプーンををくわえてくれた姿に、何故かいけない事をしている気分になってしまう。


「はい、ありがとうございました」


 メイドさんは満足げな顔で元気のいいお礼を残して、厨房に戻っていく。


「……後、食べていいぞ」


「あ、ありがとうございます」


 謎に疲れてしまった俺は和音にそう言って、お冷を一気飲みする。


 気恥ずかしそうだった和音もパフェを食べ進めていくにつれて、何時もどうりの様子に戻ってくれた。
















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