第八話

「ただいま……」


 綾瀬でのバイトを終えて帰宅した俺は、玄関を開けるなり異臭を感じた。


 何かが焦げたような臭いで、それを嗅ぐだけでなぜか涙が止まらない。


 制服のまま、リビングに速足で向かう。


「あ、兄さん。お帰りなさい」


 珍しく、キッチンの前に和音が立っていた。


「……」


 料理をしていることも珍しいのだが、服装がメイド服なことに驚いて、言葉を詰まらせてしまう。


「あ、あまりじろじろ見ないでください。もうすぐできますから、手を洗って着替えて待っていてください」


「ああ、分かった」


 俺は思考を放棄して、言われた通りに行動して、リビングに戻る。


 リビングにはやはりメイド服姿で和音が皿を運んでいた。


 動くたびに極端に短いスカートからパンツが見えそうで、目のやり場に困る。


「今日はカレーを作ってみましたよ」


「椅子に座って様子を窺っていると、凄く赤い料理が目の前に置かれた。


「あ、ありがとう。ところでその格好はどうしたんだ?」


 カレー? のインパクトに服装について聞けるくらいには、頭の中が落ち着いてくれている。


「漫画のためです。パンチラの状況づくりと、兄さんの視線の動きを見させていただきました」


「へ、へぇ~そうか……。まぁ、なんだ。先にご飯食べてから、話そうか?」


 俺は早口でそう言って、向かいに和音が座ってから、カレーを一口分すくう。


 これ、食べたら死ぬやつなんじゃ……。


 脳裏に死を予感して、手が止まってしまう。


「少し焦がしてしまったのですが、やっぱり駄目でしょうか……」


 俺の様子に和音が、しゅんとしてしまった。


 そこじゃないんだ! この赤みが怖いんだ。


「……っ」


 俺は意を決して、スプーンを口に運ぶ。


「どうでしょうか……」


「!? 水、水」


 俺は本能のままに、コップに入った水を一気に飲み干す。


 ラブコメの主人公みたいに、美味しそうに食べれないくらいに痛かった。


 そう、辛いを通り越して痛いのだ。


「大丈夫ですか? 兄さん」


「ああ、思ったより辛くってびっくりしただけだよ」


 俺は笑顔を作ってそう返事を返して、無心でスプーンを動かす。


「辛いですか? 普通くらいにしたはずなんですが……」


 止める間もなく、和音はカレーを口に運びそのままテーブルに突っ伏した。


「おい、大丈夫か?」


 かろうじて皿をどかすことに成功したが、机に頭をぶつけさせてしまう。


「……痛い。兄さん、ハチミツ~」


 和音は力尽きた。


 急いでハチミツをたっぷり入れたホットミルクを作って、和音に渡す。


「大丈夫か?」


「すみません……」


 凄く落ち込んだ声で、謝られる。


「何で謝るんだよ? 辛いけど食べられるぞ?」


 俺はそう言って、よそってもらった残りをかき込んで食べきってしまう。


「兄さん……。お腹壊しますよ?」


 どこか嬉しそうな、困ったような声でそう言ってくる。


「だ、大丈夫だよ。ごちそうさま。で、何をいれたんだ?」


 何でここまで辛いのかが気になって聞く。


「普通に家にあったカレールーと隠し味にパプリカの粉末を入れただけですよ?」


 パプリカの粉末なんて、家にはなかったような……。


 キッチンに行って棚を確認しようとしたら、ごみ袋に唐辛子の粉末の袋が捨ててあった。


「大丈夫だ! 残ったカレーは七緒どうにかしてもらおう」


 俺は何も見なかったことにして、そう提案する。


「そうですね。このままでは食べれそうにないですし」


 和音はすごく申し訳なさそうだ。


「それにしても、久しぶりに和音の手料理が食べられて嬉しかったよ」


 和音の側に行き、頭を撫でる。


「……またリベンジします」


 和音は胸の前で小さく握りこぶしを作り、気合を入れて宣言をした。


 今日の夕食はこうして幕を閉じる。


 ・・・・・・・・・・


「何時までその格好でいるんだ?」


 皿洗いを終えて、リビングでくつろいでいる間もメイド服姿の和音に声をかけた。


「これから、検証するので見ていてください」


 和音はそう言うなり俺にお尻を向け背伸びをして、「どうですか?」と聞いてくる。


「どう反応すればいいんだ?」


 訳が分からないので聞く。


「パンツは見えますか?」


 その言葉に飲んでいたお茶を吹き出してしまう。


「和音、どうしたんだ?」


「あ、アンスコを履いてるので安心して下さい」


 俺の言葉に動揺したように、顔を赤くしてそう言ってきた。


「アンスコ?」


「アンダースコートです。下着が見えないように履くパンツです」


 俺が不思議そうに言うと、説明してくれる。


 いわゆる見せパンか。


「黄色いのが少し見えていたぞ」


 見ていいならと、先ほどのポーズで見えていたことを伝える。


「そうですか、ではこれは?」


 ソファーに座る俺の前に来て、その場でかがんでうんこ座りをする。


「さ、流石に前からだと見えるな」


 少し照れつつ返す。


「他には……。これは見せているような……」


 小さな手に持った紙を見ながら、スカートを太ももまでたくし上げる。


 見えるか見えないかのギリギリの感じがもどかしい。


「なぁ、さっきから見てる紙は何だ?」


 ポーズを決めるたびに見ている紙が気になって聞く。


「これは、パンチラの指南書のようなものです」


「そうか……」


 世の中にはそんなものがあるんだな、深くはかかわらないほうが良いな。


「お付き合いいただき、ありがとうございました。参考になりました。私はこのままお風呂に行って、寝ますね」


 和音はそう言って、リビングから出ていく。


「はぁ~」


 和音の突然のパンチラ攻撃の疲れから、ため息を漏らしてしまう。


 和音が風呂から出た後、俺もシャワーを浴びてすぐにベットにもぐりこんだ。


 和音のメイド服姿が脳裏をよぎり、なかなか寝付けなかった。


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