第五話

 文月さんとの話し合いを終えて、スーパーで夕ご飯の支度を買って帰宅した。


「まったく兄さんは、唐突なんですから……」


 リビングでスマホを触りながら、和音はそうぼやく。


「いや、だって二人のお祝いなんだから、少しくらいは祝ってもいいだろ?」


 漫画家デビュー記念にパーティーをすることにした俺は、その準備をしながら和音にそう返事を返す。


「それなら、二人っきりでいいじゃないですか……」


「悪い、今なんて言ったんだ?」


 ハンバーグに使う玉ねぎを炒める音にかき消され聞き取れなかったので、聞き返す。


「何でもありません! 七緒すぐに向かうって言ってくれてますよ」


「それは良かった。これで俺の料理の腕が上がっているのを見てもらえるな」


 俺に料理のイロハを教えてくれたのは、七緒なのだ。


 その七緒を呼ぶから、一番自信のあるハンバーグを作ることにしたくらいだ。


「それは良かったですね」


 何だか不機嫌だな?


「帰り道から不機嫌だけど……いや、ここ最近か? 何かあったのか?」


「そんなことないですよ? 兄さんの勘違いでは?」


 明らかに作った笑みを向けて言われてしまい、これ以上の追及ができなくなる。


 俺は夕飯作りに、集中するのだった。


 ・・・・・・・・・・


 下準備が終わる頃、家のインターホンが鳴った。


 和音が出迎えに行き、玄関で楽しそうな声が聞こえて、足音が近づいてくる。


「お待たせしました、先輩」


 リビングのドアが開き、七緒が元気よく顔を出す。


「おう、急に悪いな」


「そんなー、先輩と私の仲じゃないですか? 気にしないでくださいよ~」


 そう言いながらキッチンの方に来て手を洗い、何処からともなくエプロンを取り出して装着する。


「七緒、お客さんなんだから座ってていいよ」


 いつのまにかソファーに座っていた和音が、七緒にそう声をかけた。


「そうだぞ七緒、座てってくれ」


 俺は同意して、七緒に声をかける。


「いやいや、料理といえば私。私といえば、料理なので気にしないでください。というか、サラダくらい作らせてくださいよ」


「そうか……」


「どうしたんすか先輩? そんなエロい目で見て?」


 ついエプロン姿に見とれてしまった俺に、七緒が目をぱちくりさせて、聞いてきた。


「見てないわ! え? 和音どうしたんだ? もうすぐできるから、座って待っていてくれ」


 般若のような顔で和音が俺達の方にやって来た。


「兄さん……。お皿並べておきますね?」


「おぉ、和音のオーラパネーすね。というか先輩、こういう家庭的な子にグッとくるんですね」


 和音の様子に妙なコメントをして、俺の前でエプロンをひらひらさせる。


「してない、断じてしてない。てか、綾瀬で見慣れてるし」


「やっぱり、見てたんじゃないですか……。先輩のスケベ」


「いや、和音。その手に持っているのはお皿じゃなくて、包丁だぞ?」


 言いたいことを言って七緒はてきぱきとサラダを作り始め、和音は包丁を持って俺ににじり寄ってきた。


「知ってますよ。その昔、頭蓋骨にお酒を入れて飲んだらしいですよ? 兄さん」


 包丁を俺の頭部に向ける。


「まって、それ死んじゃう。お話が終わっちゃうよ」


「ホント、仲良しですね~」


 その様子に七緒がほのぼのと声を出す。


 その後、弁解に弁解を重ねて許してもらった。


「それでは、いただきます」


 四人掛けのテーブルに料理を並べて、俺の向かいに座った七緒のごうれいで食べ始める。


 俺が作ったミニオムライスとハンバーグは、七緒も褒めてくれる出来に仕上がっていた。


 ・・・・・・・・・・


 食事を終えて、デザートにアイスキャンディーを食べながら、七緒に俺がどういう漫画を作るかを説明した。


「なるほど、ラブコメですか……。先輩にむいてそうですね」


「そうか?」


「だって、可愛い後輩に完璧な妹がいるんですよ? どこのギャルゲーって、思ってしまいますよ」


 アイスをぺろぺろしながら、そう言ってくる。


「可愛い後輩? どこにいるんだ?」


 きょろきょろしながら、そう聞く。


「目の前にいるじゃないっすか!」


「ああ、そうだな」


「何か、適当ですね~。こんなに恵まれてるのに、自覚がないだなんて」


「まぁ、完璧な妹がいるのは幸せだな」


「兄さん、私はべつに完璧じゃないですよ」


「家事は苦手だけど、まじめで可愛い妹がいるって幸せだな」


 和音の指摘に、そう言い直す。


「か、可愛い。兄さん、七緒の前で何を言ってるんですか?」


 ふにゃ~っとした顔でそう言ってくる。


「事実なんだけどな。あれ? 七緒? どうして、頬を膨らましているんだ?」


「別に~、何でもないですよ!」


 からかいすぎたか?  


「悪い悪い、ふざけすぎた。七緒がいてくれて、俺は幸せだぞ」


「ふん、まぁ、分かればいいんですよ」


 頬を膨らませるのをやめて、機嫌を直してくれる。


「あ、もうこんな時間か……」


 壁の時計の時間を見て、俺はそう声を漏らす。


「私、そろそろお暇しますね」


 俺の言葉に時計を見た七緒がそう言いながら立ち上がる。


「もう遅いから、送っていくな」


「いや、悪いですよ~」


「もう遅いですから、送られてください。兄さん、安全に送って変な気を起こさず帰ってきてくださいね」


 和音が援護射撃をしてくれた。


「え~、いいんですか? 和音、先輩絶対送りオオカミになりますよ」


「ならねーよ」


「大丈夫だよ、その時は切り落とすから」


 ナニをですか、和音さん。


「そこまで言ってもらえるなら、先輩をお借りしますね」


 なんか俺がモノ扱いな気が……。


「とりあえず行くぞ、七緒」


「はーい」


 俺の声に嬉しそうな声を出して、七緒が少し後ろについてくる。


 事故に気をつけながら無事に七緒を送り届けて、家に帰宅しすぐに眠りにつくのだった。



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