第四話

「なぁ、和音。確認なんだが……。和音がイラストレーターの葉山ソラでいいんだよな?」


 あれからお互いに風呂に入り、会話がないまま過ごしていたが、リビングで美味しそうにアイスを食べ始めた和音に俺はそう話しかけた。


「何の事? 誰ですかそれ?」


 ものの見事にとぼけられる。


「いや、見間違えないから。俺、葉山ソラ先生のイラストが好きだから、あれは間違いなくそうだった」


 そう言うと、「ひゃん」とよく分からない声を出して、和音が頬を染めた。


「どうした? のぼせたのか?」


「違います。まったく……。はいはい、そうですよ。私が葉山ソラですよ! 悪かったですね」


 何かキレてないか?


「いや、悪いなんて言ってないぞ? でもどうしてイラストを描いているんだ? そういうの嫌いだろ?」


「それは……。そう、兄さんが悪いんです」


「どうして俺が悪いんだ?」


「何でもです! 兄さんのせいで魔が差したんです」


「何だよそれ……。いや、すみません」


 凄い怖い顔で睨まれて、つい謝ってしまう。


「それで、兄さんは私の事を軽蔑しましたか?」


 胸の前で手をもじもじさせながら、不安そうに聞いてきた。


「どうしてだ?」


「だって、いつもそういうのをキモイって言ったり、兄さんの趣味を否定するような態度をとっていたから……」


「いや、好きになってくれたなら俺は嬉しいぞ。それにこれからはそう言う話をできるんだよな?」


「う、それは少し嫌だけど」


 何故か本当に嫌そうな声で否定される。


「どうしてだ? 好きで書いているんだろ?」


「だって、兄さんが……。他の子にデレるのを見たくないんだもん」


「悪い、着信だ――」


 和音が意を決したように言ってくれたが、兄さんがの後の声が小さすぎて着信音にかき消されて、聞き取れなかった。


 一言謝って、スマホを耳に当てる。


「はい、もしもし」


「夜分遅くにすみません。聞き忘れていたことがありまして、お電話したのですが今よろしいでしょうか?」


 電話の相手は、文月さんだった。


「何でしょうか?」


「ペンネームについてです。投稿いただいたままでもいいのでしたらそうしますが、仮にも恋愛漫画を描いていただくので、変更をお勧めします」


 なるほど、中二病全開の名前では、恋愛漫画家としては厳しいはず……。


 でも、ちょうどよかった。


「その事なんですが、さっき決めたばかりなんです」


「ほう、それはちょうど良いタイミングでしたね。で、どういう名前なんですか?」


 楽しそうな声で聞かれる。


「オムライスです」


「……え? 本気ですか?」


「はい、俺の努力の原点であり、妹が好きな食べ物でもあるので、これ以上の物はないかと」


 俺は自信に満ち溢れた声でそう答えた。


「そうですか……。分かりました。それで通しておきます」


 どこか楽しそうに笑って、そう言ってくれる。


「そうだ、文月さん。イラストレーターの葉山ソラの事なんですけど……」


「何かありましたか?」


「いや、俺の妹だったんです」


「ええ、そうですね。教えてもらえたんですね」


 驚いたりせず、淡々と言われた。


「えっ? 知ってたんですか?」


「まぁ、担当ですから……。自分で言うまで黙っていてほしいと頼まれましたので、言いませんでしたが」


 それもそうか、打ち合わせで分かるよな。


「えっとこれから兄妹ともどもよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ。では、夜分に失礼しました」


 そう言って、通話が切れる。


「電話終わった? 文月さんだよね?」


 スマホをポケットにしまうと、アイスを丁度食べ終わった和音が声をかけてきた。


「ああ、そうだ。それで、さっきの話なんだけど……。俺、和音の絵が好きだからさ、これからよろしくな」


「兄さんが、私を好きって……。ふぁ、何でもありません。そうですか、こちらこそよろしくお願いします」


 何やらニヤけてぶつぶつ言った後、咳ばらいをして俺に笑いかけてくれる。


 これから和音とどんなお話を作っていくか楽しみで仕方がなかった。


 ・・・・・・・・・・


 次の土曜日、俺は和音とワンストップの会社に来ていた。


 前と同じ会議室で、文月さんと打ち合わせだ。


「今日お呼びしたのは、掲載予定の雑誌ニューノーマルでの活動方向についてのお話です」


「そういえば、他にはどんな先生がいるんですか?」


 ずっと気になっていた質問をする。


「そうですね……。決まっている方だと、畑一郎はたいちろう先生や久保田浩二くぼたこうじ先生ですね。後、他に三人程交渉中です」


「それ、本当ですか?」


 つばを飲み込み、絞り出すように声を出す。


「どうしたんですか? 兄さん」


 俺の様子に和音が不思議そうに聞いてくる。


「どうしたって、今名前が出た二人は師弟関係なんだ。畑先生は執事のあん畜生という漫画でアニメ化を果たし、かたや師匠の久保田先生は弟子のアニメ化に絶望する自分をネタに書いた漫画でアニメ化した凄い漫画家なんだよ」


 俺は興奮気味に、二人の大先生を説明した。


「お二人が凄いという事は兄さんの熱量で分かりましたが、それがどうしたんですか?」


 和音はまだ事の重大さに気が付いていないようだ。


「雑誌は人気がないとすぐに打ち切りになるんだよ。ですよね?」


 様子を窺っている、文月さんに聞く。


「そうですね。絶対ではないですが、概ねあっています」


「つまり兄さんは無名の私達はすぐに打ち切りになると、言いたいんですか?」


 和音は言葉のボディーブローを俺にきめる。


「やめて、兄さんのライフはゼロよ」


「何を言ってるんですか?」


 若干引いた様子だ。


 こういうネタはやはり通じないか……。


 冗談を言っていると咳ばらいをして、文月さんが目で話を始めていいですか? と言った気がしたので「はい、すみません」と謝って、話を始めてもらう。


「お二人には雑誌のラブコメ漫画を担当してもらう事は伝えていますが、どの程度か方向性を聞いておきたいんです」


「具体的には?」


 和音が、そう質問する。


「そうですね、異世界のお話なのか現実のお話なのかそういう大まかな方向性をお聞きしたいんですが」


「異世界?」


 和音は混乱しているようだ。


「えっと、葉山ソラ先生は漫画などはあまり読まないのですか?」


「はい、友人が勧めてくれたのをたまに読むくらいです」


「そうですか……。では、オムライス先生またおすすめを貸してあげてください」


 文月さんが申し訳なさそうに、俺に言ってきた。


「分かりました。それと俺としては現実世界での学園物がやりたいと思っています」


「兄さんが決まっているなら、私はそれに従います」


「承知しました。お願いしていて言うのはあれですが、葉山ソラ先生は漫画の絵も描けるんですよね?」


 和花の様子に疑問を持ったらしく、文月さんがそう和音に聞く。


「大丈夫だと思います。勉強はしているので」


 和音はそう言いながら鞄から紙の束を取り出して、文月さんに渡す。


「これは……。妙なことを聞いて、すみませんでした」


 紙を見るなり頭を下げた文月さんから、紙を一枚見せてもらう。


 セリフは書かれていないのに、続きが見たくなる完璧な漫画が描かれていた。


「いえ、問題が無くてよかったです。兄さんもいいですか?」


「ああ……」


 和音の才能の凄さに言葉が詰まる。


 俺の方が足を引っ張ってしまわないか心配だ。


「では、今月末……。二週間後までにオムライス先生はシナリオの大筋の完成、葉山ソラ先生先生は、キャラ案をお願いします。ご兄妹なので、よく話し合って、良いものを作ってくださいね」


「「はい、分かりました」」


 俺達の返事を聞いて立ち上がった文月さんを呼び止めて、ずっと気になっていたことを聞くことにした。


「あの、どうして俺に漫画の原作を……。それも、恋愛のジャンルで書かせようと思ったんですか?」


 和音の絵に問題ないのは見れば分かるが、俺に関しては初投稿の異世界俺TUEEEで選ばれたので疑問に思っていたのだ。


「それは、私の提案です――」


 文月さんは椅子に座り直して、どういう経緯かを話し始めてくれる。


「この雑誌の企画があがったのが今から三か月前なのです。そしてつい先月、部署異動が決まり最後のラノベの選考をしている時に、オムライス先生の作品を読ませていただきました。正直に言って内容はどこにでもあるようなお話だったのですが、キャラクターが凄い生き生きとしていて、自然と笑ってしまったんです」


 俺に笑みを向けてくれる。


「あ、ありがとうございます」


 少し照れながらお礼を伝えると、テーブルの下で和音が足を踏んできて痛みで変顔をしてしまう。


「どうかしましたか?」


 文月さんが不思議そうに聞いてきた。


「和音がー!」


「どうしたんですか? そんな大声で名前を呼んで?」


 凄い力で、太ももをつねられて叫んでしまったのだ。


 和音、恐ろしい子。


「すみません。続きをお願いします」


「? 分かりました……。その原稿を持って私は編集長のもとへ行き、この人の担当になって漫画雑誌でやっていきたいと頭を下げました。最初は難色を示されましたが、葉山ソラ先生のイラストを見せてこの二人が組めば絶対に売れるって説得しました。まさか兄妹だとは思いませんでしたが……。なので単なる私の我がままなんですよ、オムライス先生が漫画を書くのは。ごめんなさいね」


 その言葉を聞いて俺は――


「文月さん、ありがとうございます。俺、絶対に最高のシナリオを書いて、文月さんの期待に応えます」


 文月さんの目を見て、はっきりと宣言する。


「ふふ、期待してますね。では、これで打ち合わせは終わりたいと思います」


 文月さんは、足早に会議室を出て行ってしまう。


 急ぎの仕事があったのか? 呼び止めたのは不味かったかな?


 俺はそう思いながら、会社を後にする。


 その後の帰り道で、何故か和音は口をきいてくれなかった。













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