第三話
「俺がバイトを減らす理由なんだけど、前に七緒が投稿した小説があっただろ? あれが賞をもらえたんだよ」
興味津々といった様子の七緒に、俺はそう教える。
「え? え~~~~! マジっすか? 先輩、先生にジョブチェンジ何ですか?」
「いや、呼び方は変えなくてもいいけど」
「そうですか、了解です。でも、あの妄想激ヤバい異世界物語が賞を取るなんてヤバいですね」
「いや、俺が書いてるものを読んで投稿するように言ったのは七緒だろ?」
「そんなこともありましたね~」
俺の言葉に遠い目をして、そう返事を返してきた。
「つい先月だぞ」
「そうでしたね。あ、あそこの棚の本にサインくださいよ」
フロアー端にあるカラーボックスを指さして、お願いしてくる。
そのカラーボックスには俺が今まで書いた小説のコピーや、お気に入りの漫画が収められていた。
俺の書いた小説に関しては七緒がかってにコピーして、棚に並べているのだ。
「それはいいな? 未来の大先生」
珍しく初春さんが茶化してくる。
「いや、頑張りますけど……。じゃぁ、書きますか」
「やふー。ところで、ペンネームはどうしたんですか? 私がつけたイカすやつのままですか?」
そう言われたところで、「あっ」と声を漏らして――
「まだ決めてなかった」
と頭をかきながそう声を出す。
「え~。それはないっすよ。もう私が考えたやつでよくないですか?」
「いや流石に
「でも、先輩の好みの名前じゃないですか?」
「嫌いじゃないけど……。これでどうだ」
初春さんが持ってきてくれた小説のコピーに、サインを書き込む。
「オムライスですか?」
「食べたいのか?」
七緒と初春さんが不思議そうな声を出す。
「いや、俺の原点だしこれかなって思いまして」
「どういうことです?」
七緒が興味深げに聞いてきた。
「和音が好きな食べ物であり、俺が働くきっかけにもなった努力の始まりだからな」
「はぁ~。よく分かんねぇですが、シスコンてことですかね」
「何でそうなるんだよ」
「別に悪いことではないぞ? 妹を大切にすることは」
初春さんがうなずきながら、言ってくる。
「もう、それでいいです」
何を言ってもダメそうなので、折れることにした。
「和音君、遅くまでごめんね? これ、和音ちゃんと食べて?」
結さんが奥から手提げを持って出てきて、手渡してくれる。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「いえいえ、喜んでもらえて良かったわ」
「あ、すみません。そろそろ帰ります」
店の壁掛け時計が二十一時を示しているのを見て、俺は驚きながら頭を下げ帰宅の準備をしていく。
「そうですね、和音によろしくです」
「おう」
俺は速足で帰宅を急いだ。
・・・・・・・・・・
「ただいまー」
帰宅した俺は部屋着に着替えて、改めて妹の部屋の前で帰宅したことを伝える。
靴はあったので家に居るはずなんだけど……。
ノックをしてみたが、物音一つしない。
「和音、寝てるのか?」
そう言いながら部屋に入っていく。
部屋の中の電気は消えていて、机の上に置かれたデスクトップパソコンのモニターだけが光っていた。
「和音? 電気をつけないと目が悪くなるぞ?」
パソコンの前に座って、ペンタブレットをせわしなく動かしている。
イヤホンをして書いているようで、俺の声にまったく反応がない。
仕方がないので隣に行く。
パソコンに表示されているものが目に入って、俺は固まって動けなくなる。
「ふふ~、お兄ちゃんは、こういうのも好きかな?」
鼻歌を歌いながら、女の子がスカートをたくし上げているイラストを描いていた。
嘘だろ? あのオタク嫌いの和音が……。というかこの絵って、葉山ソラの絵では?
そんな事を考えていると画面越しに和音と目が合う。
「た、ただいま」
手を上げて改めて、挨拶をする。
「え? にゃぁぁぁぁ!」
和音は俺の登場に目を白黒させて、奇声を上げて立ち上がった。
「落ち着け、近所迷惑になってしまう」
「な、何で? お兄……。兄さんがいるんですか? っていいますか、勝手に妹の部屋に入ってくるとかありえない!」
イヤホンを外して、早口でまくし立ててくる。
「いや、ノックもしたし。何回か声もかけたんだぞ?」
「問答無用です! ギルティ―です。そこで正座です」
よくわからないまま一時間ほど説教されて、落ち着いた? 和音と無言のまま、結さんが作ってくれたカレーを食べたのだった。
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