圧倒的勝利

 私と友人の美優は、うちで宅飲みした。500mlの缶ビール6本パックを2人で飲み干して美優は気分がハイになったのか、


「これから夜のお散歩に行くのだ!」とバカボンのパパの口調で言い、「ハイハイ」と私もお供した。


 家を出て公園までのルートを歩きながら、美優が今度渋谷のクアトロにライブを観に行くアーティストのことを熱く語った。


 私は知らないアーティストだったので、

「ほへー、ほへー」とテキトーなあいづちを打っていた。


 が、突然、美優が小刻みに震えだした。

「どうしたの?」

 すると美優は「おしっこがしたくなった」と言った。


「えっ、この辺りにトイレないよ、公園にもないし。ちょっと遠いけどコンビニまで行こうか。そこでトイレを借りよう」


 美優は黙ってうなづいた。


 美優と尿意との戦いとなった。

 事実上の決勝戦だ。

 本当に、負けられない一戦だ。


 私たちは無言で一歩一歩、歩みを進め、角をいくつか曲がり、交差点を渡るとコンビニの明かりが見えた。


 私たちは足を早めてコンビニに駆け込み、美優はトイレを借りた。


 美優は見事、尿意に打ち勝った。

 圧倒的勝利だった。井上尚弥だった。


 トイレから出て来た美優が、その勝因を語った。


「自分はお地蔵さまだとずっと頭で思い込もうとしたの。お地蔵さまは尿意だって感じない。だってお地蔵さまだし。


 だから私はお地蔵さまだと信じ込んで、何もしゃべらずに、何も見ずに、雪の日に笠を頭に乗せてくれた優しい人にも恩返しせずに、ただひたすら耐えたの。


 そしてコンビニの明かりが見えた時、私は勝ったと確信したの。ノックアウトしたのよ、尿意を」


 美優は言ってることが時々やばい。


 が、尿意に勝ったことは喜ばしい。

 さて、これから家までの道をぶらぶらと深夜の散歩をしよう。


 また美優が渋谷のすかとろの話をしても、ちゃんと聞いてあげよう。あ、渋谷のクアトロだ。

 渋谷のすかとろって、なんか生々しい。

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