かばぞう

 父の自慢話の一つに、子供の頃にテレビに出演した、というのがある。

 横浜のスカイビルに昔、スカイ劇場というテレビの収録や舞台劇、映画の試写会などを行っていた劇場があったそうだ。


 そこで『コント55号の決定版』というTBS系の番組の収録が行われ、事前に往復ハガキを送って当選していた父は学校のある平日だというのに、サボって祖母と2人して観に行ったそうだ。


 萩本欽一さんと故坂上二郎さんのコンビと、ゲストに野口五郎さんと浅田美代子さんという当時としては豪華なメンバーだったそうだ。


 その番組の中に素人の子供を出演させるコーナーがあり、舞台上からディレクターみたいな人が、

「テレビに出たい子、舞台に上がって来て!」

 と言ったので、父は客席から我先に舞台に駆け上がり、その勢いが気に入られ、出演が決まった。


 番組は7時半からの生放送で、本番では浅田美代子さんを真似て女装をした坂上二郎さんが父に迫り寄り、父はそこで「僕はあなたを愛してる」というセリフを言わなければいけなかった。


 が、迫り来る女装した坂上二郎さんの圧…


 ケバい化粧をして、つけまつげをし、真っ赤な口紅を思い切り塗りたくって、カツラをかぶった坂上二郎さんの顔面の圧…


 が、すごくて父はセリフが飛んでしまい「ぼ、僕は…」しか言えずに、それに萩本さんがツッコんでそのくだりは終わったそうだ。


 番組終了後、ご褒美にTVスタッフからもらったのは、紫色をしたカバだか象だかわからない、ぬいぐるみだったそうだ。


 父はそのぬいぐるみにかばぞうと名前を付け、寝る時も一緒に寝ていたそうだ。


 でもやがて飽きてしまい、中学の時に家が引っ越した際に失くしてしまったそうだ。


 今年58歳の父は時々、遠い目をして、

「かばぞう、今ごろどこにいるのかな」と哀愁たっぷりに言うが、


 多分、頭の中では、すかとろのことでも考えているのだろう。


 娘の観察眼は鋭いのだ。

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