misakiさんの777文字劇場

misaki19999

大将、やってる?

 私が住んでる地方都市では、もう子供の頃には個人経営の本屋さんがどんどん消えていき、レンタルCDやDVD、それにゲームソフトの販売をしている大型店に書籍類は置かれていた。


 5歳の私は父の仕事が休みの日に、手を引かれてその大型店に行った。父は時代物の小説が好きで、その棚の前に行くとしばらく動かない。動物園のワニのように、死んでいるのかと思うくらい動かない。


 父の足を軽く蹴った。ちよっと動いたから、生存を確認した。


 父が時代物の棚にへばりついてる間、私は暇なので大型店の中を見て回った。


 そしてDVDのレンタルをしている所に、🔞と書かれた暖簾(のれん)が掛かった、子供心になんだか怪しく、いかがわしいエリアを見つけた。


 私は「大将、やってる?」と言いながら、その暖簾をくぐって中に入った。


 嘘である。暖簾にはまだ背が小さすぎて届かなかった。


 中に入ると、裸の女の人が映ったDVDがいっぱい並んでいた。裸だ、裸だ、裸祭りだ! なんだかファミリー銭湯に来たみたいでうれしくなった。


 これは探検しないと。


 私がズンズン奥へと進んで行くと、その棚のDVDを手に取って眺めていた大人の男の人たちが、私を見て、あきらかに戸惑った表情をした。


 見る人、見る人が、なんだかバツが悪そうな顔をして、こちらを見るのだ。


 すかとろ、と書かれていた棚のDVDを見ていた人が特にバツが悪そうだった。


 しばらく裸祭りの熱気と、お父さんの枕みたいな匂いが充満する中を見て回っていると、


 暖簾の向こうから「みさきー!」と私を呼ぶ父の声がした。

 私はあわてて、「大将、またね!」と暖簾の下をくぐって外へ出た。


 それを見て父は「みさきーっ、迷子になったかと思って心配したよ」と言った後、その🔞の暖簾を見て、「ここは子供が入っちゃダメっ! めっ!」と叱られた。


 これが幼い頃の本屋さんの一番の記憶であることがなんだかとても悲しい。

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