いなくなった妖精

遠藤世作

いなくなった妖精

 これは昔、私のお爺ちゃんがしてくれた話。


 「──それは二度と顔を出さぬ、失われた過去の話。そこに妖精というものがいる時代が確かにあった。

 しかし妖精といっても、お伽話に出てくるようなものではない。なにしろ、姿や大きさはほとんど人間と変わらない。それでも妖精たちが人と区別されるのは、妖精たちが超常的な力を持っていたからだった。

 例えば花の妖精は手をかざせば季節を問わずあらゆる植物の花を咲かせられた。水の妖精はどんな荒地にも水を湧かせられたし、風の妖精はそよ風から嵐までを自在に起こすことができた。そういった力を持つ者たちを、人々は畏敬の念を込めて、"妖精"と呼んでいたのだ。

 妖精がいつどこで産まれ、なぜ人の前に現れたのか、それは誰も知らなかった。散歩中にふらりと、気まぐれで人の街を観たくなったのかもしれないと軽く考える者もいれば、妖精は神からの使者で人間に罰を与えにきたのだと大仰おおぎょうに考える者もいた。

 だがそんな考えを、妖精たちは一蹴した。つまり妖精たちは1年経っても、5年経っても、10年経っても、100年経っても人前から去らなかったのである。特別な力を持っている以外は何ら人と変わらぬ妖精たちは、いつしか人間社会に溶け込み、周りの人間たちも時と共にその存在を受け入れるようになってしまった。

 時間は恐れを薄れさせる。すると人間の中に、妖精を我が物にしようとする連中が出てきた。

 しかし妖精たちは賢かった。人には無い直感があるのか、争いに利用しようとする悪どい人間の前には姿を見せないし、仮に武力で捕まえようとしても、彼らの力には敵わない。

 結局、彼らを手中に収められたのは純粋に彼らを想う人間だけで、その人間たちが持つ心というのはいわゆる──恋心と呼ばれるものであった。

 妖精から見ても、そういった人間は気分が良かった。自分たちが妖精であるという理由だけで最大級の恋心を抱いてくれる、そんな無垢な人間たちを、どうして愛さずにいられようか。

 『私はあなたの美しい力の虜になりました』

 『俺は不器用で人に馴染めないが、妖精には気を許せて安らぎを得られるのだ』

 『妖精さん、わたくしはあなたの優しさに惚れてしまいましたの……』

 人種は様々だったが、妖精は差別をしなかった。彼らの心のこもった言葉を聞き、それに応えて、妖精と人の夫婦が何組もできた。妖精と人間の子には妖精の力が受け継がれないという問題もあったが、だがそれだけの理由で、誰が恋路を止められよう。

 それからまた、100年が経つ。彼らの子は親が妖精であったことを知っているから、妖精の存在を信じていた。だがその子となると難しくなってくる。時が経ち、さらにその子となれば疑いは増す。またその子供となれば、もはや信じる者は居なくなる。自分の血に妖精の血が流れているなんて考えは、どう見ても頭のおかしい異常者の思考だ。

 それに妖精の存在が文献に残っていようとも、それはお伽話や奇術師の仕業だとされるようになった。何せ妖精は人と変わらない姿をしていたから、所詮は人の仕業だと思われてしまう。

 その時代に妖精がいればみな信じたかもしれないが、人と結ばれずに生きてきた数少ない妖精の生き残りは、もはや人の前から姿を消していた。何故か?答えは簡単だった。誰も、純粋な心を持ち得なくなったからだ。誰も、無垢ではなくなったからだ。

 けれど時折、彼らは真に無垢な、幼い人間の前に姿を現すことがあるらしい。もしかしたら、私も子供の時に会ったことがあるかもしれない。だけど悲しいかな、私の目にはもう、妖精の姿は見えなくなってしまった」


 私はこの話を、いくつになっても忘れられない。

 なぜなら、お爺ちゃんが寂しそうに語り終えたとき、お爺ちゃんの座る安楽椅子の横に、悲しそうな表情をした女性がたたずんでいるのが、見えた気がするから。

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いなくなった妖精 遠藤世作 @yuttari-nottari-mattari

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