第8話 Gの恐怖 ~奴らはどこにでも現れる~

「装備の具合はどうだ?」

 アルフレッドは新しい装備を装着した二人に聞いてみる。

 現在の予算で出来る最高のものを提供したつもりだが、二人が気に入るかどうかは別問題なので、少し気になる。


「バッチシよ。」

「アル様の愛を感じますぅ。」

 ミリアとアリスは、新しくエンチャントを掛けた装備にご機嫌の様だった。

「気に入って貰えてよかったよ。」

 アルフレッドはホッと胸をなでおろし、ミリアに視線を向ける。


 ミリアはその場でくるりと回り、新しい革鎧の着心地を確認している。

 一見すれば、若草色のただの革鎧に見えるミリアの装備だが、よくよく見れば、要所要所に魔石が埋め込んであるのが分かる。


 ミリアの革鎧には元々、防御力アップ、機動力アップ、魔法抵抗上昇、状態異常耐性がかけてあるが、各所に埋め込んだ魔石が魔法陣の核となっていて、その効果をさらに上昇させる様になっている。

 更には、魔石の魔力を使って防護結界が貼れるようになっており、これによって各属性に対する抵抗力が高くなっている。

 その為、物理的には金属製のフルプレート以上の防御力を誇り、魔力的にはちょっとした要所結界並の魔法抵抗力を持つようになっていた。


 アルフレッドはそのまま、隣のアリスに目を向ける。

 白を基調とした巫女ローブ。

 神殿で支給されるものより素材が高価なのは、公女だからなのか、巫女姫候補だからなのか……。

 巫女ローブは元々神聖魔法の加護がかかっていて、高い魔法抵抗力に加え、革鎧並みの防御力がある。

 だから基礎機能を底上げする効果のあるエンチャントをかけた上で、ミリアの革鎧と同じ状態異常耐性と各属性耐性をつけてある。

 これにより、物理防御はミリアの革鎧に劣るものの、魔力耐性に於いてはアーティファクト級並に高くなっている。

 ここまでしても、魔族との直接対決すれば不安が残るあたり、魔族というものがどれだけ非常識な力を持っているかが分かるだろう。


「じゃぁ、そろそろ行くか。」

「そうですね、行きましょう。」

 アルフレッド達は互いの顔を見て頷き合うと、ゆっくりと遺跡の中へ入っていく。


 入り口付近を含め第一階層の殆どは、既に調べつくされ、大勢の人が行き来している為に整備もしっかりしてあるので、それ程気を張る必要性はない。

 問題なのは第二階層以降だ。

 何度も調査が入っているので、大半は大丈夫なのだが、先日見つけた隠し部屋の様に、まだ隠された場所がある可能性がある。

 アルフレッド達の目的は、隠された場所を暴き、魔族の痕跡を見るける事なので、第二階層以降は慎重にならざるを得ない。


 遺跡の中ではアリスを真ん中に左右にアルフレッドとミリアが並ぶ。

 アルフレッドは一歩ほど前に、ミリアは半歩程後ろに下がっているので、多少の前後差はあるが、基本的には横並びだ。

 この並びに特に意味はなく、ただ、アルフレッドが前に行っても特に意味はなく、それよりアリスの視界を塞がないようにする方が結果的には安全という事で、自然とこういう並びになった。

 アリスにしてみれば、左右に大好きな二人がいるので安心できることもあり、この並びに不安も文句もなく、それだけに自分の持つ力をフルに使って二人の安全を確保しようと大張り切りだった。


「お姉さま、100mぐらい先の左前方、天井付近に、何か隠れています。大きさから言ってトカゲ系のモンスターですよ。」

「ちょっと待って……距離があって見えないけど何かいるね。」

 ミリアは、アリスの警告を受けると視覚拡張のスキルを使って前方を確認する。

 アルフレッド達は、前方にいる何かを刺激しないようにゆっくりと進み、50mほど進んだところでミリアの合図で立ち止まる。

「うん、確認したよ。」

 ミリアは再び視覚拡張を使い、そこにモンスターが居るのを確認すると、弓を構えて矢を放つ。

 狙いは違わず、天井に張り付いていた1m程あるトカゲ型のモンスター、ヤモールを串刺しにする。

「大丈夫よ。他には居ない?」

「ちょっと待ってくださいね……大丈夫みたいです。」

 アリスの言葉を聞いて再び歩き出すアルフレッド達。


 アリスの魔眼は、探知魔法代わりに使えると言っても、あくまでも看破の魔眼であり、その能力は見える範囲に限られる。

 その欠点を補う為に、アリスにはあるアイテムを渡してある。

 このアイテムは、一定の範囲内の気配が分かると言うもので、冒険のお役立ちアイテムとして、以前冒険者ギルドに売り込もうとしたのだが、使用者の魔力量や資質に左右されるため、気配探知に優れたエルフであるミリアや、桁違いの魔力量を誇るアルフレッドは兎も角として、一般の冒険者が使っても、自分の周りに誰かがいれば何となく分かる、と言う程度しか効果が無かったため、お蔵入りになっていたものだ。

 そのアイテムをベースに、視覚拡張機能を無理矢理押し込んでアリス専用に調整したので、アリスがこのアイテムを使えば、半径100m以内であれば、人やモンスターであればどれだけ巧く隠れようが気配を察して暴く事が出来、罠や隠し扉などのギミックについても詳細は分からないものの「そこに何かある」というぐらいにはわかるようになっている。

 因みに、ミリアがこのアイテムを使うと、モンスター程度であれば、半径120m位までの気配を察知出来るが、出来るのはそこまでで、詳細などは分からず、当然罠などは分からなかったりする。


 アリスの魔眼のもう一つの欠点は、「隠れていないもの」には効果がないので、その欠点を補うことに、アルフレッドは終始頭を悩ませていたが、ミリアの一言で解決した。

 その一言とは「隠れてないなら見えるからいいじゃない。」との事……当たり前の話だった。

 なので、隠されているものはアリスの探知を頼りに、目に見えるものはミリアの資格拡張を頼りにしつつ、ゆっくりと探りながら進んでいる。

 この時点で、アルフレッドが何の役にも立っていないという事にツッコミを入れないのは二人の優しさ所以のことであった。

  そのような感じで、アルフレッド達は周りを警戒しながらも、遺跡の奥へ、奥へと進んでいくのだった。


  ◇


「アル様っ!もっと速くっ……追いつかれそうなのですぅ。」

「そんなこと言われてもっ!」

 肩に担いだアリスがそう叫ぶが、これ以上スピードを上げるのは難しい。

「なんでこうなるのよぉ~~~~~~。」

 横ではミリアも叫んでいる。

「そういう運命なんだろ、……ってか、急がないと追いつかれるぞ。」 


 アルフレッド達の後方には、体長50㎝~1m程の虫の大群が迫ってきている。

 こういう遺跡で遭遇するのは、デーモンアントや、ジャイアントピード等虫系のモンスターが多いのだが、よりによって、こいつらに遭遇するとはついていないとアルフレッド達は逃げながら思う。

 それ程強いモンスターというわけでないのだが、見かけ以上に堅い、黒やこげ茶の艶やかな甲殻に覆われた身体は剣の刃が通りにくく、そもそも、見かけに反して素早い動きのせいで、中々剣があたる事はない。

 その上奴らは……。


「アル様、上っ!」

 アルフレッドの肩に担がれている為、背後の様子が見えているアリスが叫ぶ。

 アルフレッドは、手にした火炎瓶を、振り返らずに投げつける。

 迫ってきたその個体に火炎瓶はぶつかり、周りに炎をまき散らしながら砕け散る。

 ……そう、奴らは飛ぶのだ。


 とにかく、見た目からして生理的嫌悪感を覚えるその姿が飛んで迫ってくる恐怖は、相対した者にしかわからないだろう。

 ただ、油を塗ったかのようにぎらつく羽を広げて迫りくるその虫型モンスタ―は、本当に油を塗ったかのようによく燃える。

 追加で背後にもう2~3個火炎瓶を放り投げると、後から追ってきた群が炎に包まれる。

 これで少しは時間が稼げるだろう。


 1匹に遭遇したら1000匹以上の群体がいると言われ、人々からは『黒い悪魔』という二つ名を付けられた奴らの種族名は『迷宮コックローチ』という。

 その名を出すのも憚る者もいるため、一般的には『G』というコードネームで呼ばれている奴らは、ドラゴン、デーモンと並んで、出来れば遭遇したくないモンスタートップ3に入っている。


「アルぅ~、何とかしてよぉ!」

 隣を走るミリアが泣き叫んでいる。

「あの扉の向こうまで駆け抜ければ、扉を閉めて奴らを遮断できる。だからあそこ迄頑張れっ!」

 アルフレッドが200mほど先で明るくなっている前方を指し示す。

「うぅ、でも追いつかれそうだよっ!」 

 背後を振り返ると、燃え盛る仲間を踏み台にして、炎の壁を突き抜けてくるGの軍団。

 数の暴力というのは奴らの事を指すに違いない。


「そうだっ!アルが囮になって、ここで奴らを食い止めるっていうのはどう?その間に私逃げれるから。」

 ミリアがとんでもない提案を出してくる。

 そうしよう、ね?と笑顔で話しかけて来る彼女を見てアルフレッドとアリスの心が一つになる。

「それはいい提案だな。」

 アルフレッドはにこやかな笑顔をミリアに向け、幾つかの魔石を投げ渡す。

「これは?」

 走りながら器用に受け止めるミリアが聞いてくる。

「火炎石だよ。護身用に……な。」

「護身用?」

 何を言われてるか分からない、と首を傾げるミリア。

 その間にも脚は止めていないので、目的の扉まで近づいているが、背後のGもかなり迫ってきている。


「お姉さまの提案はとても効果的で魅力的ですわ。でも……囮はアル様じゃなくてもいいですわね?」

 よそ行きの声でニッコリ笑いながら話しかけるアリス。

「えっ、何を言って……わわっ!!」

 アリスがミリアの足元に何かを落とし、それに足を取られてバランスを崩すミリア。

 その間に、一気に駆け抜けるアルフレッド。

「お姉さま、足止め宜しくですぅ~。」

 アルフレッドに抱えられながらアリスの声が遠ざかる。

「えっ、あっ、何……えっ、やっ、やぁ~~~~。」

 何が起きたか分からずパニックを起こすミリアに、群がるGの群。


「やぁ~~~!こないでぇ~!」 

 ナイフを振り回し、火炎石を投げつけ、群がるG達を薙ぎ払う。

 奮戦するミリアを、離れた場所から見守るアルフレッドとアリス。

「お姉さまの尊い犠牲は忘れませんわ。」

「酷い話だ……。」

「仕方がないのですぅ。あそこでアル様が残るという事は、歩けない私も一緒に残るって事なんですよぉ。」

 そう、アリスとしては、ミリアの提案を受け入れる訳にはいかなかったのだ……自分の身を護るために。

「まぁ、取りあえず助けてやらないとな。」

 アルフレッドは扉の向こう側にアリスを降ろして安全を確認してからミリアの方を見る。


「にゃわわわわ~~~~~~。」 

 パニックを起こしながら、凄い形相で走ってくるミリア。

 その背後から、羽を漏らしながらも飛んで追いかけてくるG達。

「ミリア、急げっ!」

 アルフレッドは叫びながら手元の魔石を投げる。

 その魔石はミリアとすれ違った直後に爆ぜる。

 爆風により、ミリアの身体がこちら側へ、G達は後方へと、吹き飛ばされる。

「おっと。」

 爆風によって飛ばされたミリアの身体を抱きとめると、アルフレッドは素早く扉をくぐり、ドアを閉める。


「ふぅ……ミリア、無事か?」

 Gの恐怖から逃れる事が出来たミリアは、ペタッと、その場に腰を下ろしたまま微動だにしない。

「ミリア……?」

「……った……怖かったよぉ!」

「お姉さま……余程怖かったんですねぇ。」

 よしよしと、あやす様にミリアの頭を撫でるアリス。

 そんなアリスにしがみつくようにして「こわい、G怖い……。」と呟き続けるミリア。

 どうやら、ヘンなトラウマになってしまったようだ。


「アル様酷いですぅ。お姉さまに謝ってくださいよぉ。」

「へっ、俺?俺が悪いのっ?」

「当たり前ですぅ。こういう時は理由はともかく、殿方が謝るべきだとお養母様が言ってました。」

「その教育方針、間違ってると思うぞ。」

 アルフレッドはそう呟きながらミリアの傍に行く。

「あー、まぁ、なんだ……悪かった。」

 ミリアは、無言でアルフレッドを睨みつけた後、抱き着いてきてその胸に頭を埋める。


「……て。」

「えっ?」

 ミリアの顔は胸に埋もれているのでよく聞き取れない。

「ギュってしてって言ってるのっ!」

 ミリアは顔を埋めたままそう叫ぶ。

 仕方がないのでその魔案抱きしめるアルフレッド。

「……怖かったんだからぁ……アルのバカぁ……。」

「あー、悪かったって。」

「ホント、アル様は酷いですぅ。」

「……脚引っ掛けるようにしたの、キミだよね?」

 当たり前のように責めるアリスに、アルフレッドは言い返してみる。

「アレは……アル様の心の声が聞こえたんですぅ。悪魔のささやきなのですよぉ!」

「誰が悪魔だ……いいからお前も謝っとけ。」

「はぁ~い。お姉さま。ごめんなさいなのですぅ。街に戻ったらおいしいケーキのお店に行きましょう、なのですよ。」

「……奢り?」

 ミリアが、ケーキという言葉に反応する。

「ハイ、もちろんです。アル様の奢りですから、何でも注文していいですよ。」

「なんでやねんっ!」

 アルフレッドが思わずツッコむが、二人ともケーキの話に夢中で聞いていなかった。



「しかし、石化をレジスト出来ただけでも良かったよ。……ほら、出来た。」

 アルフレッドが、調合を終えたポーションをアリスに渡す。

 アリスはいまだ身体の自由が利かないのか、受け取ったポーションを持つ手もおぼつかない。

「このままじゃ飲めないですぅ。アル様飲ませてくださいよぉ……もちろん口移しで。」

「あ、アリスちゃんそんなこと言ったら……。」

 アルフレッドは、何かを考えたのち、アリスからポーションを取り上げると自分の口の中に流し込む。

 そしておもむろにアリスに近づき、その唇に自分の口を押し付ける。

 

 「んっ!んぐっ……。」

 軽く開いたアリスの唇を舌を使って押し広げ、その口内に含んだポーションを流し込む。

 急に起きた刺激に、アリスはどうしていいかわからず、身体を身じろぎさせようとするが、元々自由が利いてないうえ、アルフレッドに抱きしめられている今の状態では、動くこともままならず、そのまま受け入れるしかなかった。

 コクコクっとアリスの喉が上下し、口内に注がれたポーションをすべて飲み干したのを確認するとアルフレッドはようやく口を離す。

「うぅ……酷いのですぅ、不味いのですぅ。ファーストキスのやり直しがこんなのってあんまりですぅ。」

 真っ赤な顔で涙目になりながら訴えかけてくるアリス。

「我慢しろ。味まで調整している暇はなかったんだよ。それに今のは治療行為でキスじゃない。」

 空になったポーションの小瓶を回収しながらそう告げるアルフレッド。


 その姿に動揺したそぶりは見られないところを見ると、本当に治療行為のつもりだったのだろう。

 そう思うとアリスの中で、いいようのない怒りがわいてくる。

「ハイ、アリスちゃん、アーン。」

 アルフレッドに一言言ってやらないと気が済まないと、アリスが口を開いたとたん、口の中になにかが突っ込まれる。

「むぐっ……美味しいですぅ……。」

 口直しに、果物を一口大に切り取り、アリスに食べさせるミリア。

「美味しいですけどぉ……。」

 ミリアを見上げ、涙目で訴えるアリス。

「もう一つどう?」

「もらう……あーん。」

「まぁ、言いたいことは分かるけど、アルにあの手の冗談は時と場所を考えないと、ね?」

 アリスの口にもう一切れ果物を放り込みながら、諭すように言うミリア。

「もぐもぐ……でも……。」

「あぁいう時、アルに冗談は通じないのよ。」

 遠い目をしながらそんなことを言うミリアを見てアリスが即座に理解する。

 あぁ、ミリアお姉さんも経験済なんだ、と……。

「……お姉さまも辛かったんですねぇ。」

「わかってくれるのはアリスちゃんだけよぉ~。」


 何故かお互いにギュッと抱きしめあう二人を見ながら、どうやらGショックから抜ける事が出来たようで一安心だと、秘かに胸をなでおろすアルフレッド。

 あの時は、つい売り言葉に買い言葉的に行動してしまったが、冷静になると、アレはなかったなと、申し訳なく思い後悔していたりする。


「まさか、あんな罠に引っかかるとは思わなかったよ。」

 アリスの様態が落ち着き、ある程度動けるようになったところで、アルフレッドは用意していた食事をアリスに渡しながらそう呟く。

「うぅ……ゴメンナサイなのですぅ。……でも後悔も反省もしてないのですっ!」

「後悔はともかく、反省はしなさいっ!」

 アリスの言葉にミリアは拳骨を落とす。

 まぁ、アレは、確かに反省してもらわないとな、と、その様子を眺めながらアルフレッドはあの時の事を思い出すのだった。


 ◇


「この部屋で行き止まりですぅ。」

 長い道のりを歩き続けて、ようやくたどり着いた広間。

 ここに来るまで一本道だったため、ここに何もなければ、さっきまで歩いてきた道を戻らなければならない。

「よく分からないですが、何かがある感じがするのですよ。」

「アリスの眼でもわからないぐらい巧妙な仕掛けか……みんな気をつけてな。」

 アルフレッド達は手分けして部屋の中を調査していく。

 人間だれしも、苦労に見合うだけの見返りを求めるものであり、アルフレッド達もまた、ここまで来たのだから、と、何らかの発見を期待していた。

 というより、何もなく徒労に終わるのが嫌だと思うくらい、ここまでの道のりは長く暇だったのだ。

 そんな心境に至る事が、そもそもの罠だという事にも気付かず、アルフレッド達は慎重に床を、壁を調べていく。


「アル様、お姉さま、ちょっと来てください。」

 どれくらいの時間が経ったのだろうか、何も見つからず疲労がたまり出したころに、アリスの声がかかる。

「どうした?」

「何かあったの?」

 アルフレッドとミリアは、アリスのもとに駆け寄る。

「……宝箱ですぅ。」

 アリスの目の前に、ぽつんと宝箱があった。

「これ……部屋に入った時はなかったよね?」

 何もない部屋の真ん中だ。

 流石に宝箱があれば、最初に気づくだろう。

「なかったのです。振り向いたら突然現れたのですよ。」

 アリスが言うには、その場所には何もなく、別の床を調べた後、視線を戻したら、いつの間にか宝箱があったという。


「罠だな。」

「どう見ても罠ね。」

「罠だと思うんですけど、罠の感じがしないのですよぉ。」

「どういうことなの?」

「えっとぉ、説明するのが難しいんですけどぉ、私の魔眼って『看破の魔眼』なんですよぉ。」

「ウン、それは知ってる。」

 それが?とミリアは続きを促す。

「だからですね、隠されているものは暴けるんですけど、隠されていないと意味がないんですよぉ。」

「ん???」

 アリスの説明は今一つミリアには理解できなかった。


「つまり、宝箱に罠が偽装されていれば、罠があることがわかるけど、初めから偽装されていなければ分からない、ってことだな。」

「です、です♪」

 アルフレッドが、かみ砕いて説明するとアリスが嬉しそうに頷く。

「えっと、分かったような分からないような……でも偽装されて無い罠ってあるの?それって罠の意味なくない?」

 ミリアは不思議そうに聞いてくる。

「罠、というより何らかの仕掛けだな。たとえば、この宝箱を開けるとか、動かすとかした時に発動する仕掛けがあるとする。これは罠でも何でもなく、単なる手順なので、アリスの看破の魔眼には引っかからない。そして、その作動した仕掛けが罠だとすればアリスにはわからないというわけだ。」


「成程、仕掛けね。……だとしたら、罠じゃなくて、隠し扉とかのスイッチって事もあり得るよね?」

 ミリアの言葉を聞いて、アリスが徐に宝箱に手を掛ける。

「その可能性はないとは言えないが……ってバカッ、よせっ!」

 止める暇もなく開かれた宝箱から光と煙が出てアリスを包み込む。

「キャッ!」

 アルフレッドは素早くアリスを自分の方へと引き寄せる。

 その時、光と煙に少し触れた為、その正体が分かる。

「クッ、複合異常かっ!」

「アハッ、油断……しちゃい……ま……。」

「何を喰らったか分かるか?レジストはっ?」

 アルフレッドは、声を掛けながらも、収納から万能薬を取り出してアリスの口に含ませる。

 が、万能薬はそのまま口から零れ落ちる。


「麻痺かっ。」

 どうやら弛緩系の状態異常が効いているらしく、口元が上手く動かないらしい。

 このままでは呼吸もヤバくなると判断したアルフレッドは、万能薬を口に含み、アリスの口に直接流し込む。

 零れそうになる液体を口で塞ぎ舌で押しもどし、喉の奥まで流れ込むように誘導する。 

 しばらくして薬が利いて来たのか、アリスの口元が微かに動く。

 アルフレッドは口を放しアリスを見つめる。

「大丈夫か?呼吸は出来るか?」

 アリスは真っ赤になったまま頷く。

「アルっ!何か来るよっ!」

 周りを警戒していたミリアが叫ぶ。

「クッ、モンスターハウスのトラップか。」


 モンスターハウス……ダンジョンでは定番のトラップで、狭い部屋の中にモンスターの大群が溢れ出すというものである。

 トラップのレベルにもよるが、溢れ出すのはそれ程強くないモンスターというのが救いだ。しかし、なにぶん数が多い為、まともに相手をしていれば、その内、体力もマナもアイテムも尽きてあとは蹂躙されるがままという凶悪なトラップの一つである。

「ミリア、囲まれる前に逃げるぞ!」

 アルフレッドはまだ動けないアリスを担ぎ上げて入り口に向かって走り出す。

 入ってきた場所に扉とかはなかったが、罠の発動と共に閉じ込められてもおかしくはない。

「足止めとかしなくていいの?」

 ミリアが聞いてくる。

 確かに逃げる事を考えれば足止めが出来るならしておいた方がいいが……。

 そう考え、ミリアに伝えようとして振り返った所で、考えを改める。


「ミリア、逃げるのを優先した方がいい。まぁ、足止めするというなら止めないがな。」

 そう言いながら後ろから迫る黒い群を指さす。

「えっ……。」

 ミリアが走りながら振り向き、そして……。

「む、無理っ、無理無理無理……あれだけはイヤぁっ~~~~~!」

 追いかけてくるモンスターの正体を知ったミリアが一目散に逃げだす。

「おいっ、こっちはアリスを抱えてるんだぞっ!」

 なりふり構わず走り抜けていくミリアを慌てて追いかけるアルフレッドだった。


 ◇


「それで、この後はどうするの?」

 アリスを抱きかかえたミリアが聞いてくる。

「取りあえず休憩だな。アリスもまだ本調子じゃないだろう?」

「そうですねぇ。今なら、アル様に何をされても抵抗出来無いのですぅ。あぁ、無抵抗な私に獣の如き欲望を向けるアル様……いいです、アル様になら……って、痛っ!」


「「何ふざけた事言ってるんだ(の)!!」」

「痛いですぅ。病人は労わるのですよぉ。」

「それだけ元気なら大丈夫だろ。」

「酷いのですよぉ。……さっき私の初めてを奪った癖にぃ……。」

「アルっ!アンタいつの間にっ!」

「あのなぁ……。」

 アルフレッドは頭を抱える。

 こんな状況でも、普段と変わらないというのは、ある意味安心ともいえるが……アルフレッドにふと悪戯心が沸き上がる。

「アリス、あのな……。」

 アルフレッドはアリスの耳元に口を寄せて囁く。

 最初は嬉しそうに聞いていたアリスだが、その顔が段々羞恥で紅く染まっていく。

「……という事になっても知らないぞ。」

 話を終えたアルフレッドが離れると、アリスは顔を真っ赤にしたままコクコクと頷き、そしてそのまま顔を伏せて俯く。

「えっと、アリスちゃん?アルに何を言われたの?」

「……そんな事……恥ずかしてく言えませんよぉ……。」

 真っ赤になったまま、なんとかそれだけを告げるアリス。

 その姿を見て、流石に刺激が強すぎたかなと、反省するアルフレッドだった。


「さて、アリス調子はどうだ?」

 軽く食事を終え、一息ついたところでアルフレッドがアリスに訊ねる。

「ハイ、もう大丈夫です。アル様は調合の腕前も凄いのですね。」

「そう言えばアリスちゃんってどういう状態だったの?あの宝箱が原因よね?」

 逃げるのに必死で、アリスの状態の事がよく分かっていなかったミリアが聞いてくる。

「えぇ、あの宝箱に仕掛けられていたのは状態異常を起こす光と石化ガスだったのですよぉ。その石化ガスが厄介でして、レジストするのに全力を向けたから他の状態異常までは対応できなかったのですよぉ。アル様に強化していただいた装備とお守りのお陰でかなり緩和できたのですが、それが無かったらヤバかったですねぇ。」

「えっと、それって結構危ない状況だったんじゃ……。」

「まぁな。大分緩和したと言っても、筋肉弛緩、麻痺毒、神経毒に混乱、衰弱、魅了等の複合異常が利いていたからな。あのままじゃヤバかったのは確かだ。」


「えっ、でも、万能薬飲ませてたよね?……口移しで。」

 状況を補足するアルフレッドにミリアが、何故か拗ねたように言う。

「万能薬と言っても、言うほど万能じゃないって事だよ。あれだけ纏めて状態異常を受けると、専用に調合したものじゃないと、進行を遅らせるぐらいの効果しかないんだ。」

「そっかぁ。でも、その調合した万能薬を飲んだから、アリスちゃんはもう大丈夫って事なんだよね。」

「そういう事ですぅ。……でも、あれだけ複雑な状態異常を治すポーションをパパッと作れるアル様って一体何者なんですかぁ?」

「ただの付与術師だよ。それより、この後なんだが……。」

 アルフレッドはそれだけを言って、話題を変える。

「どうするの?全部回ったよね?」

「いや、まだ確認していない場所がある。」

「えー、そこは何もなかったですよぉ。」

 アルフレッドが指し示した地図の場所を見たアリスが言う。

「確かにな、だけど『仕掛け』がアリスの看破を逃れているのなら、可能性がない訳じゃない。何より、この空白が怪しすぎるんだ。」


 マッピングしてきた結果、、地図中央の不自然な空白が目立つようになる。

「確かに。どう見てもここに何かある様にしか思えないよね。」

「成程ですぅ。この空白場所に行く仕掛けがここにあると言うわけですねぇ。」

 アリスが地図の1点を指さす。

「そういう事だ。……で、どうする?」

「どう、って?」

 アルフレッドの問いかけに二人は首を傾げる。

「アリスの体調の事もあるし、どう考えても、最終目的地目の前だからな、一旦戻ってゆっくりと休み、準備を整えてから出直すという手もある。」


「……このままいくのですよ。」

 アルフレッドの提案を聞き、しばらく考えた後アリスが言う。

「私の事なら、アル様のお薬のお陰で大丈夫ですし、ここで一度戻って手遅れになる方が怖いですぅ。」

「手遅れって?」

 アリスの呟きを聞き咎めてマリアが訊ねる。

「んー、何かそんな気がするのですよ。」

「……まぁいいわ。アリスちゃんもこう言ってるし行きましょ。」

 アリスの答えに釈然としない顔をしつつミリアが答える。

「分かった……二人とも、無理はするなよ。」

 アルフレッドはそう言って出発の準備を始める。

 それを見て二人もそれぞれに準備をするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る