第7話 勇者と賢者と付与術師

「エルっ!」

 魔王の放つエネルギーが勇者を襲う。

 辛うじて躱す勇者だったが、完全に躱しきれずに、頭を覆っていた兜が弾け飛ぶ。

「大丈夫か!」

 男は勇者の元へ駆け寄る。

「えぇ、兜がなければヤバかったわ。流石は神聖装備ね。」

 勇者は剣を構えて魔王と対峙する。

 兜によって隠されていた金色の長い髪がファサリと垂れ下がり、周りの風を受けて揺らめく。

また、周りを燃やしている炎の光を反射して煌めいている様は、まるで女神の化身かとみまごうほどである。


「セト、アル、破邪の陣を使うわ。悪いけど、時間を稼いで。」

「任せておけ。アルに回復してもらったからな、体力だけは万全だ。」

 剣士の男が笑いながらそういう。

「傷は塞いだが、流れた血は戻ってないんだからな。無理するなよ。」

「冗談!今無理しないで、いつ無理するんだよ!こんなところで楽したら先に逝ったラナやゴードンに顔向けできねぇ!」

 剣士の男は燃え盛る炎を見てそう叫ぶと、魔王に向かって飛び込んで行く。

「お願いね。」

 そう言って、勇者の少女エルは、手にした剣を床に突き刺し呪文を唱え始める。


 勇者のエルを中心に、剣士のセト、重戦士のゴードン、賢者のアルフレッド、僧侶のラナの5人が今代の勇者パーティだ。 

 かっての勇者たちが成しえなかった魔王の討伐。それが目の前に迫っている。

 ラナとゴードンの犠牲により、魔王のパワーも半減している。

 現にセトの剣戟の前に、魔王は一歩、また一歩と後退していく。

 アルフレッドは、適宜攻撃魔法を放ち、補助魔法、回復魔法でセトを援護する。

 そんな中、エルの唱える呪文に応じて、床全体に光の魔法陣が浮かび上がる。


「破邪封滅・桜花滅裁陣!……セト、アルっ、下がりなさい!」

 光が収束し、エルの持つ剣に吸収され、剣の刀身が眩く光輝く。

「破・邪・断・罪!」

気合一閃、エルが魔王に剣を振るい、魔王の身体が真っ二つに裂ける。

「やったかっ!」

 セトがよろよろと立ち上がりながら魔王だった残骸に視線を送る。

「エルっ」

 力を使い果たしたエルが、ふらぁ~っと倒れ込むのを、ギリギリで受け止めるアルフレッド。

「魔王は?」

「倒した……と思う。」

 アルフレッドはエルを抱き留めながら回復の呪文を唱える。


「危ないっ!」

 突然横から突き飛ばされるエルとアルフレッド

「ぐぁぁぁ・・・・・・。」

 突き飛ばしたセトがその場で怪光線に貫かれ、消滅する。

「セトっ!」

 前方を見ると魔王の残骸のあった場所から、人型の生き物がむくりと起き上がる。

「まだ生きているのかっ!」

 アルフレッドはエルを背後に庇って、杖を前方に突き出す。

「唸れ、地獄の火炎!ヘル・ファイア!」

「ライトニングブラスト!」

 アルフレッドの放つ炎に巻かれ、エルの放つ電撃に貫かれる魔王。

 さらに、勇者エルは飛び込んで行き、魔王を切り裂いていくが、魔王から放たれる圧力はますます強くなっていく。


 どれくらいの時間が過ぎただろうか、勇者と魔王、互いの攻撃の威力が衰え始めた頃、魔王は、最後のあがきとばかりに呪いの光線を放つ。

「エル、よけろっ!」

 あれはヤバいと、直観的に悟ったアルフレッドは魔王とエルの間に割り込み、用意していた時を止める時空魔法をカウンターで魔王に放つ。

「ぐわっ!」 

 魔王の怪光線を完全に相殺しきれず、その身体で受け止めるアルフレッド。

エルを庇うことは出来たがその代償は大きく、アルフレッドの身体から自由が奪われていく。

 それと同時に、意識も薄れていくが、エルが助かったならそれでいいと、アルフレッドは、薄れゆく意識の中で思う。


 「アルのバカぁ!無茶するんだからぁ!」

 勇者エルが泣き叫びながらアルフレッドの身体を抱きしめる。

「と……とどめ……を……ま……王……」

 自由にならない口を必死に動かして、ソレだけを伝える。

「……ボクの今の力じゃ倒すことは出来ないよ……でもね、キミの作ってくれたこの時間無駄にはしないよ。」

 勇者の少女はそう言ってアルフレッドの唇に自分の口を寄せる。

 殆ど感覚が無くなった身体だが、何故かエルの唇の柔らかさだけははっきりと感じることが出来た。

「バイバイ、出来れば君の子供産みたかったよ。」

 勇者の少女はそう告げて、魔王に向かって駆けていく。

「エルぅぅぅ~~。」

 アルフレッドは叫ぶがもう声を出すことも出来ない。

 薄れていく意識の中、最後に見たのは魔王に剣を突き刺したまま、光輝く勇者の姿だった……。


 ◇ ◇ ◇


「~~っつ……はっ、……夢か。」

 見慣れない天井を見て、そこが宿屋だという事を思い出すアルフレッド。

「……しばらく見なかったのにな……、ん?」

 夢の内容を思い出し、気分が落ち込むアルフレッドだったが、ふと、違和感を感じる。

 まず身体が動かない。

 正確に言えば、動かそうとすれば、動けなくはないのだが、自分の体にピッタリ引っ付いているモノの事を思えば下手に動くのが躊躇われる。


「あ、アル起きたんだ、おはよ。うなされていたみたいだけど大丈夫?」

 左隣から声がしたので、アルフレッドは比較的自由になる首を動かしてそちらを向く。

 アルフレッドの左側から密着するように抱きついているミリア。

 鎖骨から下は布団で見えないが、伝わってくる感触からすると何も身につけていないと思われる。

「あ、あぁ、大丈夫だ。」

 体の自由が利かない原因はこれか、と思いながら答えるアルフレッド。


「ゴメンね、アリスちゃんの魔法で、私もこの状態から動けないのよ。」

 言われて右隣を見ると、アリスが同じように抱きついたまま眠っている。

 そしてやはり何も身につけていないようだ。

「どう言うことだ?」

 アルフレッドは再びミリアの方を向いて説明を求める。


「あはっ。アリスちゃんの乙女パワーの執念ってやつ?アルも覚悟決めておいた方がいいわよ。……後、あんまり見ないで。」

 苦笑しながらそんなことを言うミリア。

 困惑するアルフレッド。

 それだけ今の状況はアルフレッドにとって考えられないものだった。


 アルフレッドはたとえ宿屋だろうが無防備に寝ることはしない、というか出来ない。

 部屋には防護結界を張り巡らせてあるし、魔法物理両面においての防護結界を常に張っているアミュレットを身に着けている。

 そのうえ、昔受けた呪いの副次効果で魔法そのものが効きにくい体質になっている。

 そのため、寝ていてもアルフレッドに生半可な魔法は利かず、触れる事も難しい。

 そして、少しの異変でも覚醒するように、意識・無意識両面において訓練しているため、アルフレッドが意識的にそうしない限り「抱き合って眠ったまま朝を迎える」事は不可能に近い。

 たまにミリアが、寝相が悪いせいで、アルフレッドを抱きしめていることがあるが、これはミリア自身が無意識であることと、アルフレッド自身がミリアは危険ではないと無意識に受け入れているためである。

 だから、意識的であれば、ミリアでも寝ているアルフレッドに抱きつくことはできず、抱きつく前にアルフレッドが目を覚まし、からかわれるのがオチである。


「結局ね、結界を解いてアルに抱きつくことが出来る様になったところで限界が来てね、一人じゃ恥ずかしいからって問答無用で私に拘束の魔法をかけた後、アルに抱きついて意識を失っちゃったのよ。」

「マジか……。」 

 ミリアの説明を聞いてアルフレッドは愕然となる。

 アリスの眠りの魔法を無抵抗に受け入れた事も、一晩かかったとはいえ、アルフレッドの結界を解く事に成功したのも普通では有り得ない。

アリスの潜在的な能力は、下手すれば稀代の聖女と呼ばれた、アークプリーストのラナに匹敵するものがある。

 そして、アルフレッドと触れ合いたいからという理由だけで、それだけのことを成し遂げるアリスに呆れかえる。


「能力の無駄遣いってこういう事を言うんだな。」

「アル、ブーメランって知ってる?」

 アルフレッドの呟きに、即座にミリアがツッコむ。

 ミリアにしてみれば、ただの小石に過剰なエンチャントをかけるアルも、乙女パワーとかで不可能を可能にしてしまうアリスも、能力の無駄使いという点では変わらないと思っているのだった。


「アリスちゃんは本気みたいよ?」

「まだ子供だ。」

「あら?アリスちゃんはもう立派な女よ……私もね。」

「だからそう言うのはだなぁ……。」

「あはっ、冗談よ。それよりね……。」

 二人は他愛のない会話をしながらアリスが起きるまで待ち、アリスが起きた後も一騒動あり、結局三人が起きて行動に移ったのは、お昼をかなり回ってからだった。


 因みに、アリスはかなり早く目覚めたものの、アルフレッドを抱きしめ抱かれているという状況を長く続けたいが為に寝た振りをしていたので、アルフレッドとミリアの会話の殆どを知っている……最も、そのまま二度寝に落ちてしまったため、ミリアがアルフレッドに問いかけた、アリスにとっては一生を左右しかねない、重要な会話を聞き逃してしまったことは、関係者全員にとってよかったのかも知れない。


  ◇


「さて、どうするかな。」

 宿を取って四日目の朝、食事を終えたアルフレッド達は部屋に戻り、防音結界を張ってこれからの行動についての密談を進めていた。

「どうするって、私達に出来ることって、後何があるの?」

 ミリアの言葉にアリスも頷く。


 この三日間、二人は駆けずり回って情報を集めたが、隣の領主に関する決定的証拠までは見つからず、手詰まり状況にあり、これ以上は何をしていいか分からない状態だった。

「まぁ、隣の領主に関しては何もないかな。昨日の夜遅くギルドに調査報告をしておいたから今頃はロイド公爵の耳にも入っている筈。だから後は上の判断に任せるしかない。」

「だよねぇー。」

 アルフレッドの言葉を聞き、ガックリと肩を落とすミリアとアリス。

 正直集まった情報だけでは、ガルドが怪しい動きをしている、以上のことは分からないのだ。

 だから上の判断と言っても様子を見るくらいのことしか出来ないだろうと言うことが分かっていて、それが歯がゆいのだった。

 そんな二人の様子を見て、アルフレッドはもう一つの提案を出す。


「二人さえ良ければだが、例の遺跡に行ってみないか?」

「そうね、所持金も心許ないし……でもこの間金目の物は粗方もって来ちゃったから残ってないんじゃ?」

 遺跡に行くというアルフレッドの言葉を金策の為だと捉えたミリアがそう言ってくる。

「何でそうなるんだよ。」

 アルフレッドが溜息をつくが、コレは普段の行いが行いだけに、ミリアを責めるのは筋違いというものだ。


「コレはあくまでも俺の勘なんだけどな、あの遺跡で何かあるんじゃないかと思うんだよ。」

「そう言うことなら行きましょうか。」

「そうですねぇ。」

 二人はあっさりと言いながら冒険用の装備を身に付ける。

「おいおい、自分で言っておいてなんだがいいのか?」

「他にやること無いですしぃ。」

「それにアルの言うことだから、気になる根拠はあるんでしょ?」


 あくまでも勘ではあるが、ミリアの言うとおり根拠と言うべきものもあったりする。

 一つはアリスの言っていた、何かが引っかかるという言葉。

 看破の魔眼を持つアリスが何かが引っかかるというのなら、無視は出来ない。きっと何かがある筈だ。

 そしてもう一つは、ガイナックスの存在だ。

 ガルドとの関係を匂わせておきながら、外での情報に一切引っかからない。

 そして遺跡の中にわざとらしく置かれていた召喚術の教本。

 これらの意味するものから一つの仮説が成り立つ。

 そしてその仮説が正しければ、戦闘が起きることも覚悟しておかなければならない。

 だとすれば……。


「俺の考えが正しければ激しい戦闘に巻き込まれるかも知れないんだぞ。それでもいいのか?」

「今更だよね?」

「大丈夫ですよ。死なない限り私が癒しますよぉ。」

 二人の言葉を聞き、アルフレッドはやるべきことをしようと決意する。

 心置きなく戦闘に立ち向かうためだ。

 どうせいつかはやろうと思っていたことなので丁度いい切っ掛けだと思い二人に声をかける。

「分かった。それなら出かける前にやっておきたい事がある。」


 アルフレッドのいつになく真剣な眼差しにミリアとアリスの間に緊張が走る。

「二人共脱いでくれ。」

 半ば予想していたとは言え、実際に言われてみると、緊張で体が動かなくなる。

「え、えっと、うん、そうだよね……脱がないと出来ないよね。」

「朝から二人同時ですかぁ……時間がないから仕方がないですけどぉ……出来ればもう少しロマンチックがよかったですぅ。」

 ミリアとアリスは、何やら呟きながら装備を脱いでいく。

 ミリアが革鎧を外し、アリスがローブを脱ぐ。

 アルフレッドはそれを受けとったところで異変に気づく。


「何で脱いでいるんだ?」

 アルフレッドが声をかけたとき、二人はすでにインナーを脱ぎ捨て、そのささやかな双丘を腕で隠すようにしていた。

「何でって……アルが脱げって言ったんじゃないのよっ。」

「もしかして、ご自分で脱がせたかったですかぁ。」

 二人は真っ赤になりながらそう言う。

 それを聞いてアルフレッドは致命的なミスをした事に気付く。


「えっと、その……恥ずかしいから、あまり見ないで……。」

「アル様……私初めてですので……その……至らぬことが多いかも……。」

「ちょ、ちょっと待てっ!」

 アルフレッドはすでに半裸状態の二人を押し止める。

「その……な、俺の言い方が悪かったが……。二人の装備にエンチャント掛けるから脱いでくれって言ったわけで……。」

 一瞬、ぽかんとした表情の二人だったが、アルフレッドの言葉を理解するに当たり一瞬にして顔を赤く染め………

「「アル(様)のバカァァァァ~~~!!」」

 二人の声が部屋中に響きわたるのだった。



「あのぉ、二人共……」

「「なに?」」

 アルフレッドの問いかけに二人の冷たい声が答える。

「ちょっと、その……あたってるんですが……。」

「「あててんのよ(ですぅ)っ!」」

「さいですか……。」

 アルフレッドは諦めて作業を続ける。

 それを眺めるミリアとアリスは、半裸のままアルフレッドにしがみついている。

 その原因が自分にあることが分かっているため、アルフレッドは文句を言わず好きにさせているのだが、このような状態で集中出来るはずがなく、一つのエンチャントをかけるのにいつもの三倍以上の時間がかかっていた。


結局、色々な準備を終えて遺跡に向けて出発出来たのは、それから3日経ってのことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る