第6話 乙女?の意地は……。
「アル様はぁ、何を目指してるんですかぁ?」
「何をって?」
「だからぁ、アル様の目的ですよぉ……あ、そこを右ですぅ。」
アリスの指示に従って右に進むがすぐ行き止まりになる。
「壁に何か反応があるのですよ……それでどうなんです?」
「どうって言われてもなぁ……おっ、これか?」
壁を調べてみると、微かな反応を見つける。
「アル様って、付与術を使うせいだと思うのですが、地味に魔法関連について詳しいじゃないですかぁ。その上に錬金術や魔導具精製にも精通してますし………あ、お姉様そうじゃなくて左側を……。」
「えっ、こっちなの?」
ミリアが今にも押そうとしていたボタンから、あわてて手を離す。
「その左のボタンですぅ……そのバックだって自作ですよね?『容量拡張』なんて、かなりの熟練者じゃないとできませんよ……ってお姉さまそっちじゃないですぅ。」
更に違うボタンを押そうとしているミリアを慌てて止めるアリス。
指示を出しながらも、全体をチェックする手は止めないあたり、自分の能力の使い方に大分慣れてきたようだ。
「それに、精霊魔法や神聖術にも詳しくて、武器にも深い造詣がありますよね?……お姉さま、それです、そのスイッチです。」
「うぅ、行くよ………えいっ!」
ミリアが思いっきりボタンを押し込むと、大きな地響きとともに、目の前に空間が広がる。
「おぉ、こんな所に隠し部屋があるなんてなぁ。……それで何が聞きたいんだ?一応鍛冶や、細工もそれなりに修めてるぞ?」
「それですよぉ、私が言いたいのは………あっ、お姉様、ダメです。そこにはトラップが………って………遅かった。」
勝手に机の上をいじっていたミリアがトラップを発動させ、見事に引っかかってしまう。
「少し待ってて下さいね。今解除の方法探しますから……。」
「早くお願いぃ~。」
部屋の真ん中で逆さに宙づりにされたミリアが、机の上を探るアリスに懇願する。
「だからアル様は何がやりたいのかな?と……、アル様そっちの本を押さえてて下さいね。」
アルフレッドが本を押さえているのを確認してから、アリスは見つけたレバーを引っ張る。
すると、ミリアを拘束していたアームが上方へと移動し始める。
「あ、逆でしたぁ。……何でもできるのに何で冒険者やってるのでしょう?」
アリスはレバーを逆に押し込んで、アームが下がってくるのを確認しながら、アルフレッドに訊ねる。
「大体、この中のアイテムを2つ3つ売れば……っていうか、コレを王宮に持っていけば、一生遊んで暮らせるだけの報酬がもらえると思うのですが?」
アリスは自らの指にはまった指輪を見せる。
遺跡に入る前にアルフレッドが上げたものだ。
それをもらった時、アリスは「婚約ですかぁ。嬉しですけど、王様に話を通してもらって……。」等とふざけたことを言うので、作るんじゃなかったと、本気で反省し、取り上げようとしたのだが、何だかんだとあって、結局アリスの指にちゃっかりと収まっている。
尚、それを見たミリアが、何故か不貞腐れて拗ねてしまったので、慌てて同じものをもう一つ作る羽目になり、遺跡に潜るのが遅くなったのだが、二人はそれに関しては気にした様子はなかった。
「魔力の増幅と蓄積の効果があるだけでなく、高い魔力抵抗とLv2程度とはいえ、耐状態異常が付与されていて、更にはアイテムバックの機能まで付与されているなんて………伝説級のアイテムですよ、コレ。」
アリスは指輪を眺めながら解説を続ける。
何でも、普通は一つのアイテムには一つの効果しか付与できないらしく、稀に古代遺跡などで見つかるアーティファクトには、2つ3つと付与されているものも見つかることもあるらしいが、それは非常に稀であり、尚且つ、付与されている効果が全て有用なものとなると、各王家の宝物庫に1つか2つあるだけだという。
それに対し、アルフレッドが作製したストレージリング(命名:アリス)は、魔力増幅、魔力蓄積、魔力抵抗、Lv2耐状態異常、収納と5つの効果が付与されている。
これは、その昔勇者が所持していたと思われる、伝説のアイテムと並ぶモノで、売りに出しても値がつかないほどの価値がある。
というより、これほどのものを作れるということが知れ渡ったら、アルフレッドをめぐって戦争が起きるほどのレベルなのだが、その事を自覚しているのだろうか?とアリスは少し心配になる。
「王宮に献上?誰がそんな面倒なことするかよ。そんな事すれば、そのまま軟禁されて、権力者の都合で働かされるだけだろ?」
アルフレッドの言葉を聞いて、一応理解はしているんだ、と安心するアリス。
「それならぁ、私と結婚して、次期国王になるっていうのはどうです?王様になればやりたい放題ですよ?」
「ヤダよ、面倒くさい。」
アリスの妄言を一蹴するアルフレッド。
「……………一応聞いておきますけど、面倒っていうのは王様になることですよね?私と結婚することじゃ無いですよね?」
アリスがジト目で聞いてくる。
「両方だよ。」
しかし、アリスの心情を知ってか知らずか、アルフレッドはアッサリとそう口にする。
「ムキぃ〜、何でですかっ、何なんですかぁっ。私こう見えても尽くすタイプですよ。尽くして甘やかせて、男をダメにする女ですよっ!」
「イヤ、それダメなヤツだろ?」
女の子にダメにされた男が治める国……嫌すぎる。
アリスの未来の旦那が国王になると決まった訳では無いが、そうなった場合、早めにこの国から逃げ出そうと誓うアルフレッドだった。
「俺はちょっと作りたいものがあってな、俺の腕もまだまだだし、素材も集めなきゃいけないから、旅しながら修行してるってだけだよ。それには冒険者という立場は都合がいいから、冒険者をやってるんだよ。それを邪魔されるのは困るし、邪魔するなら潰す。……そろそろ離していいか?」
「あ、離して大丈夫ですよ。……ウチの国は潰さないでくださいね。それより作りたいものですか?アル様の腕前は十分すぎると思うのですけど、それでもまだまだなんて、一体何を求めているのでしょう?」
「何でもいいじゃないか。」
アリスの疑問には答えず壁面の本棚の方へ移動するアルフレッド。
「とっても気になりますぅ。教えてくださいよ。」
「聖剣よ。」
アリスが更に聞き出そうとすると、別の方から答えが返ってくる。
「あー、酷い目にあった。もうこんな罠無いよね?」
「えぇ、見た限りでは……それより聖剣ですか?」
アリスが訊ね返すと、ミリアは笑いながら教えてくれる。
「うん、何でもね、全属性を持っていて、使用者の意志で自由に切り替えることが出来て、そして相手の魔法を吸収できる上に攻撃した相手の体力と魔力、スタミナを吸収して使用者に還元、更には魔力を溜めることが出来て、真の力を解放すれば空間さえも斬り裂く事ができる、そんな聖剣を創りたいんだよね?」
「それって聖剣というより魔剣じゃないかと……。っていうか、それだけの効果をエンチャント出来るんですかぁ?」
アリスの声がひきつる。
「だよねぇー、って言うか、そんな聖剣創ってどこの魔王に喧嘩ふっかけるつもりなのよっ、て感じ?」
「うるさいなぁ、別にいいだろ。誰にも迷惑かけてないし。」
「思いっきりかけられてるよっ!」
アルフレッドの呟きに、ミリアが即反論する。
ミリアの脳裏には、アルフレッドが実験と称して行った結果起きた、あんな事やこんな事がまざまざと思い浮かび、ついでに起きた、忘れたい恥ずかしいことまで思い出して顔を真っ赤にし、身悶える。
「アル様何やったんですかぁ?お姉さまが凄い事になってますよぉ……責任取らないといけないんじゃないですかぁ?」
ミリアの身悶えっぷりに、若干引きながらもアルフレッドにそう囁くアリス。
「まぁ……今更だな。」
「今更なんだ……ホント、何やったかとっても気になるのですが、アリスはお子様なので気付かないふりをします。」
「そうしてくれ。」
正直、アルフレッドにしても忘れたい事だ。思い出してしまえば、嫌でもミリアを意識してしまう。それは今後一緒に旅を続ける上で、非常に気不味い。
「イエイエ、私は気になりますから、そこのところ詳しく……。」
アルフレッドが話を終えようとしたところで、突然背後から声が聞こえる。
「……隠し扉かっ!」
アルフレッドは飛び退り、背後から現れた男と距離を取る。
ミリアとアリスも、アルフレッドの背後に位置し、それぞれ小剣と杖を構える。
「あれ?お話は終わりですか?私としては、そちらのお嬢さんが真っ赤になって見悶えるシチュエーションがどんなものか、ぜひお聞きしたいんですがねぇ。」
「悪いがこれ以上は有料だ。聞きたいなら金貨5枚払ってもらおうか。」
「お金取るんだぁ。」
「アル様、払いますから、後程詳しく……。」
落ち込むミリアと、何故か異様に食いついてくるアリスに、自分で言っておきながら引くアルフレッド。
「あー、ちょっといいかなぁ?この状況でシカトはなくね?っていうか、普通もう少し緊張感があるんじゃないかと思うんだが?」
「あぁ、悪いな。それで何の用だ。ちなみに忙しいんでな、5分ごとに銀貨1枚のチャージ料がかかるぞ?」
少し呆れた様に言う男に対し、アルフレッドが答える。
「マジかよ。」
困惑した表情で銀貨を投げてよこす謎の男。
「払うんだ……。」
唖然と呟くミリア。
「それで、何の用だ?」
男が投げてきた銀貨を受け取りながらアルフレッドが問いかける。
「……当たり前のように受け取るアル様……素敵ですぅ。」
「その前に一つ聞きたいんだが、そっちの小さいお嬢ちゃんは、ロイド家の姫さんで間違いないか?」
「違います!……人に訊ねる前に名乗るのが礼儀ではなくて?」
アルフレッドの背に隠れながら、アリスがそう告げる。
「これは失礼を。私はガルド様に雇われているガイナックスと申します。以後お見知りおきを。」
「……私はアリス。アル様の未来の妻ですわ。それで、隣の領主の手先が、こんなところで何コソコソ探っているのですか?」
「ちょ、ちょっと、何勝手な事言ってるのよっ!私を差し置いて妻を名乗らせないわよっ!」
「お前も何言ってるんだ?少し落ち着け!」
アルフレッドはぎゃいぎゃいと騒ぐ二人をなだめる。
「あ~………。……まぁいいでしょう。」
なにか疲れた顔になるガイナックスだったが、すぐに気を取り直して言葉を続ける。
「ガルド様は何やら企んでおいででしてね、と言っても、ちょっとお話出来ない無いような内容ですがね、その事に関してこの遺跡を調べてるだけですよ。最も……。」
ガイナックスと名乗った男はアリスに視線を向けにやりと笑う。
「ロイド家の姫様を見つけたら捕えてこいともいわれてますけどね。」
急に膨らむ殺気からアリスを庇う様に身体の位置をずらすアルフレッド。
「ガルドは、コソコソとなにをやってるのかしら?ここは一応ロイド領ですわよ。やましい事が無ければ正面から出て来なさい、なのですよ。」
「……ねぇ、アリス、アルの背に隠れたまま言っても説得力ないよ?」
「そんな事はどうでもいいのですよ。」
背後でコソコソと言い合う二人を放置してアルフレッドはガイナックスと向かい合う。
「それで、どうする?」
「どうする、とは?」
「アリスを連れて行くというなら、俺達は抵抗するが?」
「その子はただの冒険者なのでしょう?私は幼女に興味はありますが、ここで連れ去って幼女誘拐の罪を着せられるのはゴメンこうむりたい。それに幼女は愛でても手を出してはいけないという紳士協定もありますしね。あなたならご理解いただけますでしょう?」
「アンタがロリコンなのは分かったが、一緒にするな。俺の好みはバインバインの姉ちゃんだ。それと、そろそろ5分経つから用がないなら立ち去ってくれないかな?それとも追加料金払って、アリスを愛でるか?おさわりは禁止だがな?」
「……止めておきましょう。私のお小遣いがなくなりますからね。」
アルフレッドに言われて、懐をごそごそと探っていたガイナックスだが、その手を止めてそう告げる。
「……あれ、お金があったら払うつもりだったのかな?」
「そうみたいですぅ、変態さんですね。アル様もアル様ですよ。胸なんてただの飾りですぅ。」
「では、ここでお暇しますよ。これ以上ここにいると余計なダメージが増えそうですから。……またお会いしましょうね、アリス=ロイドさん。」
ガイナックスは最後にもう一度アリスに視線を向けた後、現れた時と同様に姿を消す。
アルフレッドは、ガイナックスが消えた後も暫く警戒を解かずにいる。
暫くして、アルフレッドが警戒を解くと、アリスもミリアも、ふぅと力を抜く。
そして、緊張が解けてくると、いつもの雰囲気が戻ってくる。
「結局なんだったの?」
「アイツ、私をロリっ子扱いしたのですよ、許さないのですぅ。」
「今度会ったら叩きのめしてあげるよ。ああいう変態は撲滅すべきよっ!」
「ホントですかぁ、お姉さま素敵ですぅ。」
「止めとけよ。」
盛り上がる二人に水を差すアルフレッド。
「アイツは魔族だ。ヘタに関わらない方がいい。」
「ま、魔族ぅ!?」
「ウソっ……じゃぁ、魔族ってロリコンなのっ!」
………ガイナックスのせいで、魔族に思わぬ風評被害が起きているようだった。
「……って、そうじゃなくて隣の領主と魔族が手を組んでるってことなの?なんてことを……。」
アルフレッドの言葉に、固まる二人。
「でも、魔族が素直に人間に従うってのが分からないわよ。」
しばらくして、我に返ったミリアが言う。
「だな、たぶん何らかの契約をしてるのだろうが。」
魔族は人間より、その力も魔力量も圧倒的に高く、種としてヒューマン種を凌駕している。
魔族がヒューマン種に劣っているのはその繁殖力だけで、人間とゴブリンの関係と言えばわかりやすいだろう。
だからミリアの言う通り、魔族が人間に対し媚びる事はない、というより元々相手にすることはない。
それに、ゴブリンも数が集まれば脅威となる様に、数に劣る魔族は人間の数を警戒し、刺激しない様にする傾向があり、自ら関わる事が少ない。
ただ、魔族と言っても、色々な性格の者がいて、中には面白半分に関わってくる者たちもいたりするので一概にはいえないのが厄介なところである。
なので、人間たちはそう言う魔族と「契約」を結び、自らの身を守りながら望みを叶える手段としていた。
契約の代価は重く、その代価によって人間が苦悩したり絶望する事が、魔族への娯楽の提供だという事が分かっていても、自らの欲を満たす事を優先とする業の深さが、人間の救われない所であろう。
「そこまでして……隣りの領主は……ガルドは……何を企んでいるのですか……。」
震える声でそう言うアリス。
「分からんが……どうせろくでもなく、下らん事だろう。」
「私……どうすれば……。」
呆然としているアリスを引き寄せ、その頭を撫でてやると、アリスはそのまま体重を預けてくる。
アリスが落ち着くまで、しばらくそのままでいようと思うアルフレッドだった。
◇
「すみません、取り乱しました。」
顔を真っ赤にしながらそう言ってアルフレッドから離れるアリス。
しっかりしているとはいえ、まだ成人に満たない子供だ。
役割の重さに加え、魔族という自分ではどうしようもない存在が現れたのだから、取り乱したりするのは当然だ。
むしろ、これだけの短時間で立ち直る方がおかしいと言える。
実際、アリスは立ち直ったわけでなく、ただ生来の生真面目な性格と、神託を受けた次期姫巫女としての役割を全うしなければという使命感で、気力を奮い立たせているだけに過ぎなかった。
「気にするなよ、それよりこの部屋とあっちの部屋を調べよう。出来るだけ金目の物を優先でな。」
「金目の物って……。」
ミリアがジト目で睨んでくる。
「金がなきゃ宿に泊まれないぞ。それとも今夜も野宿でいいか?」
「アリス!隠されているものないっ?よく探すのよっ!」
野宿と聞いて、ミリアは即座に手のひらを返し、アリスを伴って部屋中を調べ出す。
部屋の中は二人に任せ、アルフレッドは本棚を調べる。
初級の魔術書に錬金術の手引書、各種魔法陣の解説書に調合書など、各種方面にわたっているが、それ程珍しい物はない。
一通り本棚を調べ、大した物が無い事だけ確認してから奥の部屋へ向かう。
ガイナックスがいたと思われる部屋だ。
「まぁ、先を越されたわけだから碌な物はないだろうけどな。」
呟きながら部屋の中に入る。
パッと見た感じは、先程の部屋と遜色ない。
「ん?」
アルフレッドは、足元に本が転がっているのに気づき、その本を手に取る。
「召喚術……?」
アルフレッドはその本を収納バックに入れ、他にないか本棚を探す。
そして、何冊か気になる本を手に取り、収納にしまっていく。
「アルー、そっちはどう?」
本棚の後、机回りなどあらかた調べ終えたところで、ミリアから声がかかる。
「一通りは確認した、後は隠されたギミックがないかだけど……。」
「んーっと、この部屋には特に隠されているものはないですよぉ。ただ……。」
部屋に入ってきたアリスが一通り眺めてからそう言う。
「何か気になるのか?」
「気になるというか……なんか、こう、遠くの方で引っかかる感じが……気のせいかもしれないけど……。」
「まぁ、取りあえずは街に戻ろうか。」
アリスの何か引っかかるという事が気になるが、このまま調査を続けるより、一度ゆっくり休んでから仕切り直した方がいいだろう。
◇
「えっと、一部屋なんですかぁ。」
「お金ないから仕方がないでしょ。」
「でもぉ……お姉さまはいいんですかぁ……そのぉ、男の人と同じ部屋って……。」
「いつもの事だし、今更でしょ。」
「そ、それは、そうなのですが……。」
顔を真っ赤にして俯くアリス。
アルフレッドがギルドで手続きしている間に、ミリアとアリスで今夜の宿を決めに来ているのだが、ミリアが普通に一部屋で話を進めているのでびっくりしているのだった。
「大体いつも……って、あ、そうか、三人で宿に泊まるのは初めてよね。」
ミルトの街を出てからかなりの日数が過ぎているが、まともに宿に泊まるのが初めてだったことにミリアが気付く。
「そうなのですよ。だから……。」
「心配しなくても大丈夫よ。」
ミリアは安心させるように声をかける。
「いえ、心配はしていないのですが、ただ、その……やっぱり初めては二人での方が……三人でというのはちょっと不安で……はぐぅ。」
真っ赤になりながらそう言うアリスの頭に拳骨をおとす。
「何考えてるのよっ!」
「夜の事ですよぉ。私は初めてなので、最初はお姉さまが遠慮してくださるとぉ……って痛いですぅ!」
「そう言うのはないからっ!」
再度拳骨を落とすミリアの顔も赤く染まっている。
「でも、でもぉ、男の人と一緒なんですよぉ?それともアル様は女の人に興味がないんですかぁ?」
「そ、そんな事はない……と思うけどぉ……たぶん。」
「お姉さまはそれでいいんですかぁ?」
「そ、それは……まぁ、私だって、たまには手を出してくれてもとか思うけど……でも私胸ないし……。」
アリスの反撃に、タジタジと成りつつも、つい本音を漏らすミリア。
「豊穣の女神のミルファース様もおっしゃっています。『愛する男性の全てを受け止め、愛を捧げる事に尽力しなさい』と。つまり、愛の為ならあらゆる手段が正当化されるのですよぉ。」
「えっと、それはちょっと違うんじゃぁ……。」
「違わないのですよ!よーぉし、今夜アル様を攻め落としますよ、お姉さま。」
「あ、あのね、ちょっと、アリスちゃん、落ち着いて、ね、ね?」
何故かおかしな方向に全力で向かおうとしているアリスを宥めるミリア。
「アンタらさぁ、ヤるだのヤらないだのはいいけど、そこで騒がれると迷惑なんだけどね。」
宿の女将さんにそう言われて、ここが入り口のカウンターだという事に気づくミリアとアリス。
周りには宿泊や食事に来ている客がして、ミリアとアリスを遠巻きにしながら興味深そうに見ている。
「えっと、あの、その……部屋に行きますね。」
注目されて恥ずかしくなったミリアとアリスはその場から逃げ出す事に決める。
「あいよ。あと防音結界はいるかい?銅貨10枚だけどね。ウチは壁が薄いからねぇ。」
「いりませんっ!」
ニヤニヤしながらグッズを売りつけようとする女将さんと、周りの客の視線から逃げるように部屋へ急ぐミリアとアリスだった。
「はぁ……お前らアホだろ?」
宿に戻り、事の顛末を聞いたアルフレッドが、溜息と共にそう言う。
「だって……。」
「こんなのに銅貨10枚って、明らかにボッタクリだろ?」
「って、ソッチっ!」
防音結界の魔道具を弄びながら言うアルフレッドに思わずツッコむミリア。
「大体防音結界なら山ほどあるんだぞ。」
そう言いながら収納から幾つかの小石を取り出すアルフレッド。
「この石ころが結界と言われてもぉ………。」
「ねぇ?」
「…………まぁ、いいか。それより明日からの事について相談だ。」
ちゃんと使えるんだぞ、しかも高性能だ、とブツブツ呟きながら防音結界を作動させるアルフレッド。
ちゃんと作動したのを確認してから話し出す。
「街中で幾つか噂話を集めて来たんだけどな……。」
アルフレッドは、そう前置きをして、集めてきた話とそこから導き出される推測を二人に語る。
「はっきりしない話ね。」
アルフレッドの話を聞き終えた後ミリアがそう言う。
「まぁ、あくまでも噂だからな。」
アルフレッドも、ミリアの言葉に素直に頷く。
「つまり、私達は明日からその情報の裏付けを取ればいいって事ですね。」
アリスが確認してくる。
「そういう事だ。ただ、さっきも言ったように隣りの領主の息がかかった者たちが入り込んできているから、気をつけてな。」
「それは大丈夫だと思いますぅ。ガルドの手のものかどうかは、多分見ればわかると思うのですよぉ。」
アリスは自分の瞳を指しながらそう告げる。
「そんなことまでわかるの?」
「えぇ、表立って出てきてないって事は、ガルドの関係者という事を『隠して』いる訳ですから条件の定義としては成立するのですよぉ。」
訊ねてくるミリアに対し、少し自慢げに話すアリス。
「はぁ……もう、何でもありね。」
「だからと言って過信しないようにな。」
がっくりと肩を落とすミリアの頭を「まぁまぁ」と言いながら嬉しそうに撫で回すアリスの姿にほっこりしながらも、一応釘を刺しておくアルフレッド。
「じゃぁ、明日からはそう言う事でぇ、私達湯浴みしてきますねぇ。」
話が一段落したところで、アリスはそう言って、ミリアと共に部屋を出て行った。
アルフレッドは二人を見送ると、近くのベッドに横になる。
反対側にもベッドがあるから、ミリアたちはそっちを使えばいいだろう。
ベッドに横たわったまま、アルフレッドは遺跡での事を思い出す。
ガイナックスは、あの様子からすると独自の目的がありそうだ。
ガルドに力を貸しているのは、その目的とガルドの目的が一致するか、もしくは目晦ましに使えると考えているのだろう。
ガルドだけに注目し過ぎていると、ガイナックスの本当の目的が誤魔化されるかもしれない。
だから視野を広くしておかないと……等と考えているうちに段々と瞼が重くなってくる。
そういえば野営続きで余り寝ていなかったなぁ、等と考えながら襲い来る睡魔に身を委ねるアルフレッドだった。
◇ ◇ ◇
「あぁ!なんて人ですかぁ!乙女の湯浴みを待たずに寝ちゃってますよぉ!」
「アリスちゃん、しぃーっ。アルが起きるでしょ!」
「起こせばいいんですぅ……いえ、これはこれでアリですねぇ。」
ニヤリと笑うアリスの顔を見て思わず後ずさるミリア。
「こんな魅力的な乙女と同宿しておいて何もないなんて、女神様が許してもこのアリスちゃんが許さないのですよ。」
「イヤイヤ、女神様が許すならそれでいいじゃない。ね、アリスちゃん落ち着こ?」
「落ち着いてますよぉ。まずはお疲れのアル様を起こすのは忍びないのでぇ……天にあまねく女神様。彼の者に安らかなる眠りを……『スリーピング!』」
アリスの神聖魔法の光がアルフレッドの身体を包み込み、深い眠りへと誘う。
「フッフッフ……これで朝まで目覚めませんよぉ。アル様、覚悟してくださいねぇ、私とお姉さまを大人の階段に誘ってもらうのですよぉ。」
「アリスちゃん、怖い顔になってるよ。無理矢理なんてよくないよ。ね、ねっ。」
「お姉さま今更何を言ってるんですかぁ。早くそっちを脱がせてくださいよぉ。」
グズグズいうミリアに対してテキパキと指示を出していくアリス。
実は彼女は少し怒っていた。
アルフレッドと同じ部屋で寝泊まりする事に不安が無いわけがなく、いくらミリアがそう言うことは無いと言っても信じられるものではなかった。
ただ、その不安の内容はアルフレッドに襲われるという事に対する不安ではない。
アリスはアルフレッドとならいいとも思っていたからだ。
これまでのことで、アルフレッドの人と成りは理解しているし、信用に足る人物だと言うことも理解した。
それに何より、優しく、何があっても守ってくれるという安心感と居心地の良さ。
離れたくない、ずっと一緒にいたいと言う想いが、ここ最近のアリスの心を占めている。
だから同じ部屋で寝泊まりすると聞いて、不安と期待が入り交じった妙な気分になり落ち着かなかった。
貴族の常として、閨での行為におけるレクチャーを受けてはいるが、果たしてそれで満足してもらえるのか?特に胸の大きさはミリアよりやや小さめであり、ミリア自身の様子や、魔族との会話等から推測するに、アルフレッドはミリアの胸に満足していないのではないかと伺える。
果たして大丈夫なのだろうか?
アリスの不安は、つまりアルフレッドに満足してもらえるか?と言う一言に尽きるのだった。
そんな期待と不安に苛めながら、体の隅々まで念入りに磨いて来たというのに、当の本人はすでに眠っていたという……これは普通に怒っていい案件だとアリスは思う。
「えっとね、アリスちゃん。こういうのは良くないと思うなぁ。」
「お姉さま、何言ってるんですかっ!期待させておいて先に寝てるんですよ!乙女の純情を弄んでいるのですよ、この男はっ!」
「でもいつものことだし……。」
「お姉さまがそんなんだから、世の中の男共がつけあがるのですよっ!」
「っていわれてもぉ……それに力づくは無理だと思うよぉ……。」
「いえっ!これぐらいじゃ諦めませんよぉ。本気のアリスちゃんの怖さを骨の髄まで叩き込むのですよぉ。」
「……無理だと思うけどね。」
「乙女パワーを舐めないでよねっ!」
こうして、アリスによるオトナの階段チャレンジが一晩中続けられるのだった。
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