第5話 国家機密を抱えたお姫様!?

「実はぁ……お父様なのですよ。」

「「はぁ?」」

「だからぁ、今の王様は実の父でぇ、私は本当じゃ公女じゃなく王女なのですよぉ。」




「……ミリア、融合剤の在庫はあるか?」

「あ、ウン。この間のレシピを試すのね。」

ミリアはそう言って材料の確認を始める。

その間にアルフレッドは、調合の準備をするべく、機材を並べ始め……。


「ちょ、ちょっとっ!なんで無視するんですかぁっ!」

アリスが顔を真っ赤にしながら割り込んでくる。


「いや、な、そろそろ今日の調合がな?」

「そうそう、アルは毎日調合しないと、変質者に早変わりするんだよ。」

「そうそう……って、なんでやねんっ!」

言うに事欠いて、陥れようとするミリアの頭を、ポカリと叩く。


「そんな事はどうでもいいので無視しないでくださいよぉ。王女ですよ?不敬罪が働きますよ?」

「……いや、そう言われてもなぁ……。ミリア、B級の魔石の在庫は?」

「あ、ウン、ここにあるだけだよ。」

まるで現実逃避するかのように、調合をしようとしているアルフレッドとミリアの間に割り込んで、アリスは声を荒らげて訴える。

「だから、王女なんですぅ。ちゃんと聞いてくださいよぉ!」


 …………アリスが何を言っているか分からない。

 いや、言ってることは分かるのだが……、アリスの言葉に衝撃を受け、しばらく思考停止を起こすアルフレッドとミリア。


「「…………マジ?」」


「それがマジなのですよ……ビックリですよねぇ?」

惚けたように言うアリスの顔を見てると、内容の割には大したことじゃないと思えて……………来るわけがなかった。


「……なぁ、それって、俺たちに教えていい事なのか?国家機密とかじゃ?」

「何言ってるんですか?普通に国家機密ですよ。しかもSSSクラスの。」

 とんでもない事をあっさりというアリス。


 SSSクラスの国家機密と言えば、何をおいても最優先で守られるべき機密であり、状況によっては、機密の為なら街一つが滅ぶ事も厭わないという機密中の機密であり、間違っても一介の冒険者が知っていい様なものではない。


「な、な、な……なんてこと言うんですかぁっ、この子はっ、この子はっ!」 

 あまりの事にパニックを起こしたミリアが、アリスの肩を掴み揺さぶる。

「え、えっとぉ、お姉さま落ち着いて……。」

「落ち着けるかぁっ!どうすんのよっ!私達、これから国に付け狙われるのよっ!ヘタに国外に行こうものなら人知れず消されちゃうじゃないのよっ!どうすんのよっ!」

 更に力強くアリスを揺さぶるミリア。


 ミリアのいう事は必ずしも大げさではなく、SSSクラスの機密を俺達が知っているという事がバレたら、国の暗部が動き出すことは間違いない。

「ミリア、落ち着け。」

「これが落ち着いていられるかぁっ!大体何でアルはそんな平気そうなのよっ!」

「いや、平気ってわけじゃないんだが……取りあえず、そろそろ本気でアリスがヤバいから。」

 見ると、揺さぶられ続けたアリスはすでに白目を向いていた。



「そろそろ落ち着いたか?」

「……まだ駄目。」

「私もですぅ。」

「なぁ……絵面的に、非常によろしくないと思うんだが……。」

「……このままアリスちゃんの話を聞くの。」

「そうですかぁ?じゃぁ続きを話しますねぇ。」

「お前らなぁ……。」


 アルフレッドが気にしている今の状態だが、腰を下ろしたアルフレッドの前、膝の間に、アリスを抱きかかえたミリアが座り込み、アリス毎ミリアを後ろから抱きしめる様にしている。

 正直アルフレッドとしては落ち着かないことこの上ないのだが、突然国家機密を突きつけられたミリアのショックが少しでも和らぐのなら、と渋々ミリアのリクエストを受けた結果である。


 ちなみに、当のミリアは、すでに国家機密の事はどうでも良く、降って湧いた甘えるチャンスを最大限に活用したいと、ただそれだけしか考えていなかった。


 ミリアは、普段からアルフレッドの自分に対する扱いがぞんざいだと常日頃から思っているので、こういう時位は存分に甘やかしてもらってもいい筈だと考えていたので、その結果が今の体勢になっている。


アルフレッドが後ろから抱きしめる時の、全身が包み込まれるような感覚がミリアの大のお気に入りで、アルフレッドには、時々こうして後ろから抱きしめて欲しいと常々思っているのだが、素直にそう言うと、バカにされそうな気がするので、こういう時でないと、中々切り出せないのだ。


「えっと、どこまで話しましたっけ?」

「アリスちゃんが本当は王女様ってところまでよ。」

「そうでしたぁ。実は今の王様が先代の巫女姫様を見初めちゃったのがそもそもの始まりでぇ……。」


 この世界で崇められている女神様。

 その女神様の声を『神託』という形で受ける事が出来るものたちを総じて『巫女』と呼んでいるが、その中でも一番女神様との結びつきが強く、力を顕現出来る巫女が『巫女姫』として神殿を統括している。


 巫女姫としての期間は意外と短く、大体20代半ばには、その力が弱まっていく傾向があり、30代になると、全盛期の半分にも満たなくなってしまう。

 その為、巫女姫に就任後は、かなり早い時期から、数多い巫女見習いの中で女神様との親和性が高く、力のある者を見つけ出し、次代の巫女姫候補として導き育て、時が来たら巫女媛候補の中から次代の巫女姫を選び、力の移譲をして代替わりを繰り返すのが習わしである。


 そして、巫女姫は襲名後には一般の巫女として普通に扱われると言うのが表向きではあるが、実際には諸々の諸事情から、世俗から隔離されていて、神事以外に人前に出る事は少なく、その姿を目にすることは滅多にない。

 だから、どこで今の王との結びつきがあったのかは当人達以外は知りえない事なので、アリスの言う事を証明するのはかなり難しいことでもある……普通であれば。


「えっとアリスちゃん、一つ聞いていいかな?」

「なんでしょう、お姉さま。」

「巫女姫様に限らず、巫女様達って、その、そういう事していいの?ほら、力を失うとか……。」

「別に構いませんよ。というより、巫女に処女性を求めるって、どこのユニコーンですか?」

「いいんだ……。」

アリスにユニコーン呼ばわりされて落ち込むミリア。


「大体、女神様方は、処女神様以外は、基本的に「産めよ、増やせよ」ですから、無理矢理とか誰彼構わずみたいな穢れた関係でなければ、逆に奨励されることが多いですよ。」

「そう言うものなの?」

「そう言うものらしいです。だから巫女姫様が今だ力を失っていないという事は、意に添わぬ関係ではなかったという事だとは思いますが……。」

「まぁ、表立って公表出来る事じゃないよな。」

 途中口籠るアリスの意を受けてアルフレッドが口を挟む。

「そうなのですよ。それでも私が普通だったら良かったのですが、こんなんですしね。」

 アリスが自嘲するように自分の瞳を指さす。


 金銀妖眼《ヘテロクロミア》……魔眼の象徴ともいわれるその色違いの瞳を持つ者は、総じて魔力が高く、古には魔族の生まれ代わりとして忌み嫌われていた時代もあったという。

 今ではそのような事は殆どないが、どこにでも偏見を持つ者はいて、巫女姫の実子が王の子で魔眼持ちと言うことが世間に知られたら、どのような醜聞が飛び交うか分からず、下手すれば内乱まで起きかねないとして、アリスの存在は隠される事になったという。

 しかし、内包している魔力のせいか、巫女姫の遺伝のせいかは分からないが、幼い頃から巫女としての高い資質を持ち、巫女姫候補として充分足る力を示したアリスを守るため、「ロイド公爵の隠し子」として世間に公表されたという話だった。

 ちなみに、普通ではありえないほどの高い魔力量が、アリスが王家縁の者で有ることを証明していて、公爵の隠し子という立場もそれ故の事なのだから、なんとも皮肉が効いていると言わざるをえない。


「そうなんだ。でもそれって公爵様は納得してるの?」

「そのあたりはオトナのジジョーってのがあるらしいですぅ。」

 そう言って困った様に笑うアリス。


 隠し子発覚なんてものは、普通に家庭不和の原因になる。それが公爵家ともなれば……。しかし、事が国家機密なのだから本当のことは話せないし……。

 と言うことで余程の条件と引き替えだったことは予想に難くない。


 アリスが悪いわけでもないが、原因であることに間違いないわけで、心因的にかなりの苦労をしてきたことが、アリスがたまに見せる、大人びた、それでいてどこか諦めの入った表情の元になっているのだろう。

 そのあたりのことに思い至ったのか、ミリアがアリスをぎゅっと抱きしめる。

 そんなミリアに、嫌がるどころか安心しきった表情で身体を預けるアリス。

 この数日で、それなりの信頼関係を培った証拠だった。


「それで、アリスが王女だって事と、あの兵士達とどう繋がるんだ?」

 今回の事との接点が見えてこず、焦れて訊ねるアルフレッド。

「御神託があったのですよ。」

「神託?」

「えぇ。魔族の活性化と隣領の領主の暗躍。鍵は勇者と男女二人の冒険者……。」

「……なんかよくわからん御神託だな。」

「神託なんてのはそう言うものなのですよ。」

 訳が分からんというアルフレッドにそう答えるアリス。


「元々、隣の領主が怪しいという情報は前々からありまして……、ただ、確たる証拠がなかっただけで。そこに御神託が出ましたので、思い切った調査に出ようとロイド公が決められたのですよ。」

「うーん、それは分かるんだけど、なんでアリスちゃんが関係してくるのか分からないよ。」

 疑問に思った事を口に出すミリア。

「それは簡単な事なのです。御神託の事はナイショにしているのですよ……一部を除いて。」

「……そういう事か。」

「そういう事なのです。流石アル様ですね。」

「……どゆこと?」

 ミリアは余計分からなくなったようだ。


 そんなミリアにアルフレッドは分かりやすく説明をする。

「つまりだな、簡単に言えばアリスは囮だって事だよ。」

「囮?アリスちゃんが?なんで?」

 驚いた顔でアリスを見下ろすミリアを見ながら説明を続けるアルフレッド。

「んー、例えば、お前が何か悪だくみをしていたとする。その悪だくみは途中で発覚すれば自分の命に係わるぐらい大事だ。そんな時、ある巫女が「悪だくみをしているという神託が降りた」なんて言い出したらどうする?」

「困る。」

単純明快な答えを出すミリア。


「……ウン、まぁ困るよな。しかし調べてみると、その巫女が言っているだけでまだ周りの者はその事を知らない。そして、その巫女がフラフラと、目撃者がまず出ない街の外へ向かったとしたら……取りあえずは捕えようと考えないか?」

「あ、そう言う事かぁ。そうだね、他に知られていないなら捕まえておけば悪だくみが漏れる心配がないよね。」

「そういう事なのですよ。ミルトの街を出る前の日にロイド公爵様と一芝居をしてきたので、すでに隣りの領主の耳に情報が入っていると思うのですよ。」


 アリスが言うには、密偵がいる場所をわざわざ選んで、神託を受けた事をロイド公爵に告げたそうだ。

 ロイド公はもちろん密偵の耳目を気にして、迂闊なことを口走らない様に曖昧な返事を返し、この事は口外無用と告げる。

 そこで、「何故信じてくれないのか!」と、アリスがキレて公爵家を飛び出した、というのが一連の流れらしい。

「ちょっと待って……それって時間的に私達が依頼を受ける前だよね?」

 恐る恐るミリアが訊ねる。

「えぇ、あのお食事の数時間前の事です。」

「それって……私達が依頼を受けなかったらどうするつもりだったの?」

「えっと、大変困りました。……だから受けて頂いたことに感謝してるのですよ。」

 ニッコリ笑いながらそんな事を言うアリス。

 後半は小声で聞き取れなかったが、言いたいことは伝わった。

そして、今だから笑えることであって、あの時はそんな余裕はなかったんじゃないかとアルフレッドは思い、あの時のアリスの涙の本当の意味を知る。


「そっかぁ、頑張ったんだね、アリスちゃん。」

 そう言って腕の中のアリスをギュっと抱きしめるミリア。

「はい、頑張ったのですよ。」

 まんざらでもなさそうに微笑むアリス。

 その様子を見ながら、たまにはこういうのも悪くないかと思うアルフレッドだった。



「ところでな、一つ気になることがあるんだが?」

少しだけ落ち着いたところで、アルフレッドは気になる点を確認しようと口を開く。

「あ、アルも?私も気になることがあるのよね。」

 アルフレッドの言葉に、ミリアも頷き、アリスが逃げないように腕に軽く力を籠める。

「……たぶん同じこと考えてると思うからな、ミリアに譲るよ。」

「ウン……あのね、アリスちゃん?」

「はい、なんでしょう?」

「アリスちゃんの生まれの事が、神託とどういう繋がりになってるのか分からないのよ。聞いてるだけだと、アリスちゃんが王様の隠し子とかって話、必要ないよね?」

「嫌だなぁ、お姉さま。そんなの巻き込むために決まってるじゃないですかぁ。国家機密を知ったお二人は、これで私を容易には……って、痛い、痛いですぅっ!」


 アリスを抱きしめる腕に力を入れていくミリア。

 流石に苦しくなってきたのか、アリスがミリアの腕をタップしている。

「私を巻き込むなぁっ~!」

「ぎぃっ……ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……でも、お二人が良かったのですぅ……。」

 アリスとしても、本当は話すつもりのなかったことだ。

 ただ、短い間とはいえ、二人と旅して、アルフレッドの、一見冷たい様に見える言動に見え隠れする優しさや、ミリアの底知れないお人好し加減に触れるにつれ、自分の事をもっと知って欲しいと、出来る事ならこれからもずっと一緒に居たいと思ってしまい、その気持ちが大きくなりすぎて、話す予定の無かった自分の生い立ちを喋ることになってしまった。


 アリスはそのことを自覚していて、結果として自分の都合に巻き込んでしまう事に申し訳なく思う気持ちはあるが、反省も後悔もしていなかった。


 とにかく、SSSクラスの国家機密を知ってしまった二人は、アリスと一緒に行動するのが一番無難に各方面が落ち着くのは間違いなく、それはこれからの旅にアリスがついて行ってもいいという事だからだ。


 痛いと言いながら笑っているアリスの表情から、アルフレッドはアリスの心情をそう予測し、困ったことになったと頭を抱える。

 アルフレッドが隠している切り札を使えば、これくらいのトラブルを切り抜けることは容易であるが、逆に言えばこの程度の事で切り札を切るわけにはいかない。


 また、あの国王が……というより王妃が、アリスの傍にいるのがアルフレッドだと知ったら、喜んで押し付け、これ以上の厄介事のタネを吹き込んでくることは想像に難くない。

 何より一番困るのは、アルフレッド自身、アリスがいいならそれでもいいかと思ってしまっている事だった。

 アリスを含めた三人の旅は、それはそれで楽しいかも、と思うくらいには、アルフレッドもアリスの事を気に入っているのだった。



「私を巻き込むなぁ~!!」

「い、痛い、痛いですぅ。お姉さま、マジに痛いんですぅ。」

 じゃれ合っている二人をぼーっと眺める。

 ……アリスがお姫様、ねぇ。

 じゃれ合っていた二人だが、力尽きてきたのか、今はミリアがアリスを抱きしめ、アリスが逃れるためにミリアの身体を弄り、それに対抗してミリアがアリスを拘束する……などという百合百合しい光景を眺めつつ、これからのことに思考をめぐらすアルフレッド。


 アリスの話から逆算すると、あの兵士がここに居たのはアリスを狙っていたわけではないという事が分かる。

 ならば、何をしていたか?という、最初の疑問に戻る事になるのだが、現時点でそれが分かるような物は何もない。


 だとするなら、当初の予定通り勇者の遺跡に向かう以外の選択肢がなくなる。

 神託でも触れていたというのなら、そこに行けば何かがあることは間違いなく、逆に言えば、好むと好まざると関わらず、行くことになるのだから。

 だったら考えうる限りの事態を想定し、万全の準備を整えて行かないと……。


 そのために必要なものは……とアルフレッドが思考を巡らせていると、ミリアから声がかかる。


「ねぇ、アル。結局ギルドへの報告はどうするの?」

「ん?タイガーベアの討伐完了。帰りがけゴブリンの巣を発見。調査段階でオークの集団に襲われたから、命からがら逃げだした……って事でいいだろ。」

「いいのかなぁ?」

「いいんだよ。嘘は言ってないしな。……それより、もう休んだらどうだ?」

 アルフレッドは、ミリアの腕の中でくたぁっとしているアリスを見てそう言う。

「ウン、アリスちゃんも疲れちゃったみたいだし、先に休むね。」

「あぁ、ゆっくり休んでくれ。後、何があっても覗かないから安心してアリスといちゃついていいぞ。」

「しないわよっ、バカッ!」

 ミリアは顔を真っ赤にしながらアリスを抱えてテントの中へ入る。


 アルフレッドは、テントの中へ消えていく二人の姿を見送ると、収納袋からいくつかの素材と機材を取り出す。

「さて、と、いくつか準備しておかないとな。」

 素材の中から触媒となる薬草類を取り出し、魔力を注ぎながら擂り潰していく。

 ある程度の量が出来たところで、次は小石大の鉱石を取り出し、金槌で叩き、粉々にした後、さらに別の素材を取り出して同様に粉末状にしていく。

 すべての素材を粉末状にし終えたところで、法則に従ってそれらを混ぜていく。

 途中水を加えたり火であぶったりしながら数時間かけて、素材を触媒に変える作業に集中していた。


「………ぃ。」

「くぅー……ん?」

 作業を終え、凝り固まった身体を解す為伸びをしたところで、その声に気付くアルフレッド。

「……け……ぃ……。」

 その声は微かではあったが、テントの中から聞こえてきている……何かあったのだろうか?

 アルフレッドはそっと中を覗き込み、すべてを悟る。

 そして何事もなかったかのように入り口を閉めて立ち去ろうとする。

「行かないで、アル様ぁ~、助けてくださいよぉ~。」

「いや、ムリだろ?」

 アルフレッドはテントの外からそう答える。


 テントの中では、ミリアがいつもの寝相の悪さを発揮していて、あられもない姿でいるのだったが、それにアリスが巻き込まれていて、何故そうなったか分からないような、しかも、間違っても人様にお見せ出来ないような格好で拘束されていた。

「とりあえず、朝になってミリアが目覚めるまで我慢しろ。」

「そんなこと言わないでくださいよぉ~。貞操の危機なんですよぉ……それともアル様が責任取ってくれますかぁ。」

 その言葉を聞いた途端、アルフレッドはテントに押し入り、それならそれでもいいですけど、と呟いているアリスを力任せに引っ張る。

 その際、申し訳程度にアリスの身体を覆っていた衣類が剥ぎ取られるが、それぐらいの犠牲で済んだ事で良しとしてもらいたい。


 拘束から解かれたアリスはその場でしゃがみ込み、両腕で自分を抱きしめるようにして、身体の各所を隠すようにしながらアルフレッドを見上げる。

「……見ました?」

 瞳に涙を浮かべ、潤ませながらそう聞いてくるアリス。

「……気にするな。よくあることだ。」

「ヤッパリ見られたぁ~。っていうか気にしますよぉ!」

「ったく、助けろって言ったのはそっちだろ。」

 アルフレッドはそう言いながら収納バックから替えの衣類を取り出してアリスに投げつけ、テントを出ていく。



「ん?」

 アルフレッドが火の番をしていると、着替え終えたアリスがやってきて、横に腰を下ろす。

「先ほどはありがとうございました。」

「気にするな。ミリアと一緒にいればよくあることだ。……それより何してるんだ?」

 アリスはアルフレッドの腕に自分の腕を絡めて寄り添い、身体を預けてくる。

「責任、取ってもらおうと思って。」

「ったく……何の責任だよ。」

「えぇ~、その言い方アウトですぅ。仮にも女の子の全裸を見たんですよ?それなりの責任をですねぇ……、あっ。」

 文句を言い出すアリスの頭を空いてる方の手で撫でてやる。

 アリスは顔を蕩けさせ、軽く目を瞑ってさらに体重を預けてくる。

「ふにゃぁ~……これはこれでいいですよぉ~。アル様はよくわかってますぅ。」

 アリスは、アルフレッドが撫でるのに身を任せている。

 そんなアリスの様子を見ながらアルフレッドは小さな声で囁く。

「……まぁ、あんまり無理するな。辛かったら甘えていいんだぞ。」

 その言葉を聞いたアリスは、一瞬身体を強張らせるものの、すぐに力を抜き、顔をアルフレッドの胸に埋める。

「アル様はズルいですぅ。そんな事を言われたら……。」

 アリスの声はだんだん小さくなり聞き取れなかった。

 代わりに、アルフレッドは、アリスを抱きとめたまま、ずっと頭を撫で続けるのだった。


 ◇


「ねぇ、アル?」

「何だ?……っと、アリスそっち行ったぞ!」

 訊ねてくるミリアに返事をしつつ、アリスに指示を出すアルフレッド。

「私達何でこんなことしてるのかなぁ。」

 そう呟きながら目の前の草を刈るミリア。

「そうですよぉ!何でこんな……。」

「文句を言う前に体を動かす!大体アリスは冒険者になりたかったんだろ?」

「そうですけどぉ、違うのですぅ。これは冒険者じゃないのですよぉ!」

 アリスは涙目になりながら、目の前を横切るカエルを捕まえようと四苦八苦している。


「普通冒険者というのはぁ、依頼を受けてぇ、凶悪なモンスターを倒してぇ、みんなから感謝されたり、ちやほやされたりするんですぅ。間違ってもカエルなんか追いかけないと思うのですよぉ。」

「まだ甘いな。そう言うのは冒険者の一面でしかないんだ。冒険者たるもの、そう言うここ一番の為に準備を怠らず万全にすることが大事なんだ。だからその準備に必要な道具の素材を集めることは立派な冒険者の第一歩だ!」

「素材位街で手に入るよね?」

 アルフレッドの高説に対し、ぼそっと呟くミリア。

 それでも作業の手を止めないあたり、いつもの事と慣れているミリアだった。


「金がないんだよっ!」

 ミリアのツッコミに対し、つい本音を叫ぶアルフレッド。

 タイガーベアの報酬だけでは、旅の消耗品を補充したら、3人が宿に泊まる分さえ残らなかったのだ。

 なので、急遽遺跡への出発を前倒しにし、適当な場所で夜営の準備をした後、足りないアイテムを作成するための素材を総出で集めている所だったりする。


「あとどれぐらい必要なの?」

 ミリアが集めた野草を渡しながら聞いてくる。

「そうだな、とりあえずはアリスが追いかけているカエルで終わりかな。」

「そう?じゃぁ、私は先に戻って食事の準備するね。」

「あぁ、食材はオーク肉しか残ってないぞ?」

「分かってる、大丈夫よ。」

 そう言って、山ほどの野草をアルフレッドに押し付け、ベースキャンプに戻るミリアの頭の中は、残っている食材でこの後の食事をどうするか?という事で一杯だった。


「うぅ……ヌメヌメですぅ。」

「ご苦労さん。頑張ったな、」

 沢山のカエルを受け取りながら、アリスに労いの言葉をかけるアルフレッド。

「アル様はぁ、こんなヌメヌメが好みなんですかぁ。」

「止めろバカッ!」

 抱きついてこようとするアリスを躱して、水色の小さな球を投げつける。

 その球はアリスの頭上で弾け、大量のお湯が降り注ぐ。

 お湯と言っても30℃もなく、やや暖かい水という程度だ。

「うぅ、ずぶ濡れですよぉ。」

「我慢しろ。」


 濡れた衣類はアリスの肌に張り付き、その肌を透けさせ、見えてはいけないところが見え隠れしている。

 年齢の割には発育のいいアリスは、その仕草と相まって、普段より色っぽく見えてしまうのが困ったものだ。

 アルフレッドはアリスから視線を逸らしながら、今度は赤と緑の球を投げる。

 赤い球が弾けるとその場で熱を放射し、緑の玉が風を起こす。

 熱風がアリスを包み込み、ほどなくすると、アリスの衣類が完全に乾く。


「はぁ、凄いですねぇ。」

 少し湿っている髪を弄びながらアリスが呟く。

「別に凄くないだろ。ミリアだってやろうと思えばできる筈。」

 アリスに使ったのは、それぞれ水と火と風の魔法を封じ込めた小玉だ。

 内包している魔力も少なく、初級の各属性魔法が使えれば、こんなものに頼らなくても、先程の芸当位は誰でも出来るものだ。

 アルフレッドは、その魔法が使えないため、こうして道具に頼るしか方法がないだけだ。


「そうですねぇ……少し水の量が多くて溺れそうになって、火力が強すぎて火傷しそうになり、風の力が強くて吹き飛ばされましたけどぉ、一応乾きましたよねぇ。もっとも、吹き飛ばされたせいで汚れて、最初からやり直しというエンドレス状態……イジメですかぁ?」

 何故かアリスがやさぐれていた。

 どうやら、すでにやった事が有るらしいが、精霊魔法の微妙なコントロールが出来ずに散々な結果だったとのこと。


「……そう言う日もある。」

「ないよっ!」

 むくれて拗ねたアリスを宥めつつ、ベースキャンプに戻る事には、ミリア特製の食事がアルフレッドたちを出迎えるのだった。


「明日には遺跡に着きますねぇ。何か注意することってありますかぁ?」

 食後、火を囲みながらまったりしている所でアリスがそんな事を聞いてくる。

「そうだな、まず慌てない、急がない事だな。遺跡やダンジョンはどんな罠があるか分からないからな。それに遺跡の場合は隠し部屋などのギミックが巧妙に隠されていることもあるから、じっくりと調べる必要がある。と言っても、今回向かう場所は大勢が何度も訪れている場所だから、いまさら何があるってわけでもないだろうけどな。」

「そう言う事なら任せるのですよ。この眼があれば罠など役に立たないのですよ……ってどうしたのです?」

 自慢げに言うアリスだが、アルフレッドとミリアが黙り込んでるのを見て疑問を口にする。

「いや、な。そう言えばアリスって魔眼持ちだったって事を思い出してな。」

「うん、全く気にしてなかったから、すっかり忘れてたよ。」

「えーと、気にされないのは嬉しいんですけど、完全スルーされるのも、なんかモヤモヤするのですよぉ。」

 そう言ってへこむアリス。

 中々難しいお年頃なのだった。


 因みに、アリスの魔眼は『看破の魔眼』と言って隠されているモノを暴くことが出来るらしい。

 これは本来、相手が何か隠しごとをしている場合、それが分かるというもので、結果として相手が嘘を言っているかどうかを暴くことが出来るという力なのだが、アリスの場合、隠れているモノ、隠されているモノの定義が非常に曖昧なため、罠や隠し扉があるかないかを感知したり、付近に誰かいるか?というのも目に見えなければ「隠れている」と定義して探知魔法の代わりに使えたりするといった、非常に応用が利く能力になっている。

 半面、定義が曖昧なせいで上手く作用しないこともあるらしいので、完璧に便利だとは言い難いらしい。

 しかし、使い方によってはダンジョンや遺跡攻略に向いた能力と言えるのだが、当の本人はその価値に気付いてなかったりするのは愛嬌というものだろう。


「じゃぁ、とりあえず、明日はアリスが頼りという事で、今日はゆっくり休むんだぞ。」

「はい分かりました……あ、アル様ロープとかないですか?」

「あるけど、こんなのどうするんだ?」

 収納バックからロープを取り出してアリスに渡しながら聞く。

「御姉様を縛っておこうかと。」

「なんでっ!」

 ミリアが叫ぶが、アリスの気持が分からなくもないアルフレッドは、頑張れ、と言って二人をテントへ追いやるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る