第3話 冒険者ギルドでもテンプレは健在です
「ふんふんふーん……。」
アリスは手にした白いカードを眺めながら、鼻歌を鳴らしている。
「はぁ、アリスちゃんはご機嫌ねぇ。」
ミリアが疲れたように言う。
いや、疲れたように、ではなく、ミリアは実際に疲れていた。
そして、その疲労の原因は、目の前の少女……アリスの所為だった。
「だって、念願のライセンスカードですぅ。今は白ですが、ここから私の伝説が始まるのですよぉ。」
冒険者ギルドのライセンスカード、通称『ギルドカード』は、その名の通り、冒険者のライセンスを持っている者に与えられる。
つまりギルドカードを所持しているイコール冒険者である、と世間一般に認められる、身分証明書みたいなものだった。
このカードを所持していれば、街への入場税の免除や、ギルドのある街中なら、ランクに応じた割引等の優待を受けることが出来る。
もちろん、冒険者としての義務も生じるので、義務を果たさない冒険者は、ライセンスを取り上げられることになる。
今、アリスが所持しているのは、白いカード……つまりホワイトランクと言って、いわば冒険者見習いみたいなものだ。
これから依頼を受けて、達成ポイントを貯め、ギルドが制定したレベルに達することで一つ上のランク、グリーンランクにあがることが出来る。
その後も一定の条件をクリアしていけば、グリーンからブルー、ブルーからレッド、レッドからパープル、そしてシルバーというようにランクは上がっていくが、逆に、そのランクに定められた最低条件をクリアできないと、ランクが下がることになる。
そして、ホワイトランクより下はなく、ホワイトランクの最低条件を達成出来ないものは資格剥奪……つまり冒険者をクビになる。
とは言っても、ホワイトランクの最低条件というのが「月に一回、依頼を達成する」と言うものなので、余程のことがなければ資格を剥奪される事は無い。
もちろんアルフレッドもミリアもライセンスカードは持っていて、その色は赤……レッドランクで、いわゆる「中堅クラス」の冒険者だった。
これまでの経験から、ギルドで起きるトラブルは色々経験しているし、その原因や対処方法も熟知している。
場合によっては、ミリアならアルフレッドの使えない「裏技」を駆使して切り抜けることも出来る。
だから、アリスが「冒険者登録をする」と言い出した時、アルフレッドはミリアに任せ、自分は準備があるから、と別行動しているのだが……。
「アルの奴、絶対こうなることを予想してたよね。」
そう呟くミリア。
彼女たちの周りの床には十数人の男達が倒れていた。
全員、ミリアとアリスの被害者である……というと、ミリアは大いに憤慨することは間違いない。
ミリア曰く、「被害者はこっちよ」とのこと。
どうしてこうなったのか?理由は単純明快で、ミリアとアリスという、美少女二人が冒険者ギルドに姿を見せたからである。
◇
今、ミリアがいるのは、ミルトの街から馬車で三日ほど移動したところにある、エルザの街の冒険者ギルドだ。
あの日、アリスに急かされてミルトの街を出てからちょうど三日目の今日、エルザの街について早々に、アリスが「冒険者ギルドに行って登録をしたい」と言い出したのだ。
公女という身分を公にすれば、今後の行動に差し支えるし、アリスとしても身分に関係なく行動がしたかった。
だから、ミルトの街の公爵邸には書置きだけを残して、家出同然に飛び出してきた、という事を道中で聞いている。
ちなみに、それを聞いたアルフレッドはすぐに引き返そうとしたのだが、アリスに「今引き返したら誘拐犯として捕まる」と脅されてやむなくここまで来たのだ。
だから、今後の行動に制限を掛けられない為にも、アリスの正体を隠しつつ、身分証明が出来る冒険者登録は必然であり、アルフレッドもミリアも反対するだけの論拠がなく、アリスの望むがままに冒険者ギルドに向う事になったのだった。
冒険者ギルドには、通常酒場が併設されていて、冒険者たちは依頼の打ち合わせや、相談の他、依頼が上手くいった時の打ち上げなどに使用している。
また、条件に合う依頼が見つけられなかった冒険者たちが、緊急の依頼が入るのを待つ場としても使われている為、この時間帯にギルドにたむろしている冒険者の殆どは、依頼が見つからず暇を持て余している者達である。
そこに現れた、美少女二人。いかにも場違いな少女たちがギルドに来る理由は、緊急の依頼であることは間違いなく、得てしてそう言う依頼はおいしいものが多かったりする。
だからだろう、誰よりも早くその依頼を受けようと、冒険者たちは彼女たちに注目していた。
その様な背景があったためか、冒険者たちは、アリスの「冒険者登録を」という言葉に激怒した。
美味しい依頼が転がり込んできたと思ったら、単なる登録だった。
しかも相手は年端も行かない少女とくれば、一言いいたくなるのも仕方がない事だろう。
アリスたちにしてみれば逆恨みもいい所なのだが、自分たちの行動が逆恨みだと自覚できるような者たちは、そもそもこのような行動に出る訳がない。
「お嬢ちゃん、ここは子供の遊び場と違うんだぜ。怪我しないうちにお家へ帰りな。」
親切心もあったのだが、期待を外された身としては、少しぐらい揶揄っても、という気持ちがあったから、口調が荒くなるのも仕方がない事だった。
「あら?御親切にどうも。あなた達のような、昼間から仕事もせずに飲んだくれている、クズのような大人の相手をするなというご忠告ですのね。」
しかし、相手の思惑がどうであれ、アリスには「はい、そうですか」と従う理由も義理もない。
それに、こういう年下の少女相手に舐めてかかる輩の相手は初めてではなく、下出に出て得るものは何もないと言う事を知っていた。
「バカにしてんのかっ!」
「あら?教養もない無知な輩と思っていましたけど、理解できるぐらいの頭はお持ちでしたのね。」
このような挑発に容易く引っかかるなんて……とアリスは思う。
アリスが今まで相手にしてきた者達は、もう少し辛抱強く、上品な言葉で修飾しながら反撃してくる。
それ故に、たった一言で怒りをあらわにするなんて、相手にもならない、とアリスは余裕を持っていたのだが……。
「そんなお嬢ちゃんには「教育」が必要だな。」
そう言って、背後からいきなり掴みかかってきた冒険者の男に、たやすく掴まってしまうアリス。
「なっ、無礼な!離しなさいっ!」
アリスにとっての誤算は、ここはアリスのフィールドである「社交界」ではなく、ある意味「力がすべて」の、冒険者のたまり場だ、という事だった。
「お嬢ちゃん、大人の言う事は聞くモンだよ。中にはね、オジサンみたいな小さい女の子が好みって言う紳士もたくさんいるんだからね。」
男はそう言って、ニヤニヤしながら、アリスの腕を後ろに捻りあげる。
「痛いっ……離しなさい!……この変態!」
痛みを堪え必死に暴れるアリスだが、その様子はその場にいる男たちの嗜虐心に火を点けるだけだった。
「そこまでよ!」
今、まさにアリスの身体に触れようとした男の顔を、かすめるようにナイフが通り過ぎ、背後の壁に突き刺さる。
少しは勉強も必要だろうと、黙って見ていたミリアだったが、これ以上は行きすぎだと判断して止めに入る。
「小さい子に興奮してるんじゃないわよ、この変態共!」
アリスへの気を逸らすために放った言葉だったが、興奮している彼らには効果があり過ぎた。
「なんだぁ?相手にされなくて嫉妬してんのかぁ?ちゃんと相手してやるから大人しく待ってなよ。」
「俺が先に相手してやろうかぁ。」
男たちが下卑た笑い声をあげる。
男って生き物は、ホントどうしようもない、とミリアは呆れかえる。
しかし、狙い通りに、男たちの意識をアリスから逸らすことに成功する。
アリスは、その隙をついて拘束から抜け出し、そっと隅の方へと移動する。
それを確認したミリアは、後は適当にあしらって、この場を去るだけ、と、逃げ道を探していたのだが、そんなミリアの耳にある言葉が飛び込んでくる。
「相変わらず、ナイチチが趣味なんだな。」
「いいじゃねえか、そこらのガキより色気があるチッパイなんて中々いねえんだよ!」
その言葉にミリアは我を忘れる。胸の話題はミリアの鬼門だった。
「胸が小さくて悪かったわねっ!これでもエルフの中じゃ大きいのよっ!」
ミリアが怒りに任せて精霊を召喚する。
「水の精霊よ、ミリアルドの名においてその力を示せ!『スプラッシュ!』」
どこかららともなく大量の水があふれだし、男たちへ襲い掛かる。
いきなりの濁流に巻き込まれた男たちが流されまい、と必死に足を踏ん張っている所にアリスの声が響く。
「流石お姉さま、ナイスアシストですぅ。そして、私に無礼を働いた変態紳士さんには御仕置なのですよ。」
ちゃっかりと、水責めの範囲から逃れていたアリスが、少し下がるようにミリアに指示する。
「ちょっと、アリスちゃん、何するつもり?」
アリスの言葉に、我を取り戻したミリアは、アリスの言葉通りに少し下がりながら訊ねる。
頭に血が上ったとはいえ、冷静になってみると、少しやり過ぎたと思っているミリアとしては、これ以上の面倒事になる前に帰りたかったのだが、アリスを止めるには我に返るのが少しだけ遅かったのだった。
「軽いお仕置きですよぉ?……『スタンショック!』」
アリスがルーンを唱えて放ったのは電撃系の初級魔法。
そのままでは軽く痺れる程度で、それほど効果のない魔法なのだが、今は状況が悪かった……というより、この状況だから、アリスはこの魔法を選んだのだろう。
ミリアが放ったスプラッシュは、大気中の水分を核にして出したもので、要は単なる水であり、水魔法の『ピュア・ウォーター』のように純水を生み出したわけではない。
つまり、不純物が大量に混じっている単なる水は、導電率が高く、そこに電気を流せば……。
「こうなるのよね。」
ミリアは、足元に転がってヒクヒクしている男たちを眺めながら呟いた。
「あ、終わりましたか?では、こちらに来て下さいね、アリスさんのライセンスカードが出来てますよ。」
場が鎮まるのを見計らったかのように、何事もなかったような暢気な声が背後から掛けられる。
ギルドの受付のお姉さんだった。
このようなことは日常茶飯事なのだろうが、さすがに暢気すぎるのでは?とミリアは不安を覚える。
なので、淡々と手続きを済ましていくお姉さんに思わず訊ねてしまった。
「アレ、いいんですか?」
お姉さんはミリアが指さす方に、ちらっと視線を向けた後、軽く頷く。
「器物破損もないですし、大丈夫ですよ。いつも、これくらい平和的に解決してくれると助かるんですけどねぇ。」
「私物事の分別はつきますから。」
何故か胸を張ってエッヘンと偉そうにするアリス。
その様子をニコニコと笑いながら見ているお姉さんに「本当はもっと平和的な解決をするはずだった」とは言えないミリアだった。
アルフレッドが諸々の準備を済ませ、ギルドに着いたときに目にしたのは、客の殆どが床に転がっているという異常な様相の酒場と、無事にライセンスカードを手にしてご機嫌で鼻歌を歌っているアリスと、テーブルに突っ伏したまま動かないミリアという、なんともコメントしづらい光景だった。
◇
『エナジーボルト!』
アリスの持つ杖から電撃が放たれ、狙いたがわずタイガーベアの眉間に突き刺さる。
電撃のダメージとショックで硬直したところを、ミリアの放つ矢が眉間の同じ場所に突き刺さり、タイガーベアの息の根を止める。
「じゃぁ、素材回収するから、二人は少し休んでな。」
俺は二人にそう言い残し、素材を剥ぎ取る為に獲物に近づいていく。
「はーい、あ、お姉さま怪我してますぅ。」
アリスは、ミリアの腕を手に取って叫ぶ。
「ウン、すれ違った時に、ちょっと引っかかれた。これくらい大したことないよ。」
「ダメですぅ。バイキン入ったらどうするんですか!ちょっとそのままで………遍く天空に御蓙す光の守護女神様、我、汝が信徒に力を貸し与え給う事を願う者也、今ここに癒しの奇跡を起こさん……『ヒール!』」
アリスのかざした手のひらから光が溢れ、ミリアの腕を包み込む。
光が消え去った後、ミリアの腕には最初から傷などなかったかのように、綺麗に消え去っていた。
「はぁ、さすがねぇ。痛みも消えてるわ。ありがとね。」
「いえいえ、女神様には、いつもお祈りを捧げているのですから、これくらいしていただきませんと。」
「アンタ、その内罰が当たるわよ?」
「冗談に決まってるじゃないですかぁ。」
ミリアにも、さっきのセリフがアリスなりの照れ隠しだという事は分かっていたので、それ以上ツッコむことはなかった。
それより、数日の旅でアリスの言葉が砕けるほどすっかり馴染んでいる事に安堵しながら、二人でアルフレッドが解体するのを眺めているのだった。
◇
アルフレッド達は、エルザの街の郊外にある森の中にいる。
街の人からは『始まりの森』の名で親しまれている場所だ。
その名が示すとおり、この森には、各種薬草や魔道具に必要な素材が多く取れ、また魔獣の強さもそれほどではないため、初級の冒険者の狩場となっている場所だった。
そんな初級者向けの森の中で、初級者が相手するには少し厳しいタイガーベアが生息しているという情報が入り、その討伐の依頼を受けたアルフレッドたちが、こうして森に来ているという訳だったのだが、アルフレッドの目的は別にあった。
すなわち「アリスが冒険者としてどこまで戦えるか?」という事だった。
パーティメンバーの実力と能力を過不足なく把握しておく事は、冒険者として生き抜くためには必須の事で、これを怠るものは、いくら個々の実力が高くても、ちょっとしたことで全滅の憂き目にあい、逆に個々の能力をしっかりと把握し、適切な指示と行動を起こせるものはジャイアントキリングも可能になるというのがパーティと言うものだ。
だから、アリスの実力を測りつつ連携がどこまでできるかを試すのにちょうどいい依頼として、この依頼を受けたのだった。
アルフレッドは、この依頼を受けた時、そんな事より早く遺跡に向かいたいと、アリスが言い出すと思っていたから、文句も言わずあっさりと受け入れたことに驚きを隠せなかった。
「いいのか?てっきり寄り道せずに遺跡に向かうと言い出すかと思ったのだが?」
元々エルザの街に来たのは、ここから南にある山の麓に遺跡があるからなので、冒険者登録を終えた今となっては、真っすぐ遺跡に向かうのに何の問題もなかった。
だからこそ、アリスの反応は意外過ぎて、思わず思っていたことを口にしてしまう。
「えぇ、アルフレッド様が依頼を受けた理由も分ってますから。それに、護衛していただける方の実力を知りたいのは私も同じですよ。」
その答えを聞いて、アルフレッドは思わず唸る。
双方の利害が一致した結果として、タイガーベアの討伐をすることになったのだが、見た目と、お姫様という立場を抜かせば、思っていた以上に賢く、一筋縄ではいかないようだ、と、アリスへの認識を改めるアルフレッドだった。
「ねぇ、神聖魔法を使えるって事は、アリスちゃんは『巫女』なの?」
アルフレッドが解体を終えて二人の元へ戻ると、そんな会話が聞こえてくる。
「それは俺も聞きたいな。公女様が巫女って話は聞いたことが無かったからな。」
そう言いながら二人の近くに腰を下ろす。
「終わったの?お疲れ様。」
「アル様、お疲れさまでした。」
ミリアとアリスは、労いの言葉とともに、それぞれ水と食料を差し出してくる。
「取りあえず、休憩しながらアリスちゃんの話を聞こうよ。」
「えー、いつの間に話す事前提になってるんですかぁ?」
ニコニコ笑いながらそう答えるアリス。
「話すのはいいんですが、結構重いですよぉ。覚悟できてますかぁ?」
「いや、そんなめんどそうな話は聞かない。」
「即答っ!もっと考えましょうよ。ほら、公女の秘密ですよ?気になりませんか?」
「私は、気になるよ。」
「ですよねぇ、お姉さま気になりますよねぇ。」
そう、上目遣いに媚びるようにするアリス。だがそんなことぐらいで、俺が落ちると思ったら大間違いだ。
「聞いたら後に引けなくなりそうだから、絶対聞かない。」
「そんなこと言わずにぃ……実は私はですねぇ……。」
「聞かんと言っとるだろうがっ!」
何だかんだと言いながら、この数日行動を共にすることで、お互いの警戒心も薄れ、それなりの信頼関係を築き始めている。
少なくとも、これくらいの冗談を言い合えるくらいには馴染んできているのは確かだった。
◇
「一応確認するぞ?アリスの戦闘スタイルは回復・支援。攻撃手段は電撃系の魔法と状態異常化。一応護身術程度は身につけていて、多少は弓も使える……こんな所か?」
アリスの戦闘スタイルを口にしながら「このお姫様は何を目指しているのだろうか?」と首を傾げたくなるアルフレッド。
少なくとも、一般的なお姫様の持つスキルじゃない、と思う。
そんなアルフレッドの気持ちに気づいているかどうかは分からないが、アリスは笑顔で答える。
「えぇ、概ね間違いないですよ。神聖魔法は上級を習得しているから、死なない限り回復出来ますよぉ。」
「すっごーい、流石アリスちゃん。」
少し誇らしげに胸を張るアリスにミリアが褒めて持ち上げる。
「腕とか切れても引っ付くの?」
「部位欠損も経過時間に寄りますが80%以上で元通りなのですよ。」
「だってさ、アル、試してみない?」
「試すかっ、アホっ!」
アルフレッドと、ミリアのやり取りを楽しそうに眺めていたアリスが、ふと口を開く。
「そう言えば、ミリアお姉さまが弓と小剣、精霊魔法を使うのはわかりましたけど、アル様の戦闘スタイルが分からないです。」
「そ、それは、その内な。」
不意をつかれたせいで、まともな言い訳がすぐに出てこず、しどろもどろにごまかす俺の姿は、さぞかし滑稽なものに見えただろう。
「えー、ズルいですぅ。パーティメンバーの能力を把握するのは大事って言ってたじゃないですかっ!」
誤魔化そうとするアルフレッドに、アリスが文句をいう。
「まぁまぁ、アリスちゃん。」
「でもぉ……。」
納得がいかず、更に言い募ろうとするアリスを、ミリアが宥める。
(ここは、私に任せて、ね?)
(うぅ……お任せしますぅ)
「ところで、アル。討伐依頼はさっきので終了ですよね?」
「あぁ、ざっと周りを見たけど、他にはいないようだしな。」
急に話題を変えるミリアの態度を訝し気に思いつつも、そう答えるアルフレッド。
「じゃぁね、この後ゴブリン退治に行きませんか?何でも、この森の奥に巣があるらしく、困ってるって言ってましたよ。」
最近、森の一角にゴブリンが住みつきだして巣を作ってるらしく、まだ被害が出ているわけじゃないので正式依頼にはなっていないけど、森に行くなら状況を調べて、可能なら退治してきて欲しい、と、ミリアは出がけにギルドで聞いてきた話をアルフレッドに伝える。
「ゴブリンかぁ……。」
「ゴブリン退治ですね、冒険者っぽいですぅ!早く向かいましょう!」
テンションが上がったアリスが立ち上がりアルフレッドの腕を引っ張る。
「いや、めんどくさいからパス。」
しかし、アルフレッドは億劫そうな態度で断る。
「何でですかっ!ゴブリンですよっ、冒険者の基本ですよっ!ここで退治しなくて、いつ退治するんですかっ!」
「落ち着けよアリス。ゴブリンだぞ?臭い、汚い、稼ぎが悪い、と3Kモンスターの代表だぞ。」
「でもゴブリンですよ!倒せばゴブリンスレイヤーの称号がもらえるんですよ!」
「そんな称号欲しいのか?」
「ううん、いらない。」
「なんだよっ!」
……ったく、称号が欲しいなら協力してやってもと思ったのに、と思うアルフレッドだったが、口に出したのは別の事だった。
「大体、ゴブリンとはいえ、もし万が一負けて捕まったらどうなるか分かってるのか?奴らは歩く18禁なんだぞ。」
「……アル様、私の事を心配して下さっているんですね。感激ですぅ!」
そう言って飛びついてくるアリス。
その顔は今までで、一番年相応に見えた。
「だったらアリスちゃんの為にも、ゴブリン根絶しないとね。」
「だから、面倒だからやらないって。」
「アル、この間、魔鍾の輝石が欲しいって言ってませんでした?」
「あん?確かに言ったが……」
突然の話題変更に戸惑うアルフレッド。
「魔鍾の輝石に必要な素材は?」
「Cランク以上の魔石に、聖水、ウルフ種の牙、血吸い蝙蝠の羽に三種の薬草と……そうかっ!」
「そういうことです。」
「あぁ、すぐに行くぞ!」
「あれ?えっと、その、何がどうなっているのでしょうか?」
いきなりやる気を出すアルフレッドを見て、アリスが何がどうなっているの?とミリアを見る。
「アリスちゃん、ゴブリン退治のミッションですよ。」
ミリアがニッコリと笑いながらそう答えてくれた。
「でも、急に……どうして……。」
アリスは先程まで渋っていたことを微塵も出さずに嬉々として準備をしているアルフレッドを見つめる。」
「アルは前から魔鍾の輝石っていうアイテムを作りたがっていたのよ。何でも、次のアイテムの為の中間素材なんだって。」
「それは作成するのが難しいのですか?」
理解が追い付かないままアリスが訊ねる。
「アルが言うには、それほど難易度が高くないらしいんだけど、素材がたくさん必要らしくてね。その内の一つが『ゴブリンの爪』なのよ。」
ミリアがそこまで言うと、アリスはようやく納得の表情を見せる。
つまりアルフレッドの態度が急変したのは、自分にとって必要な素材の為だったらしい。
その事に思い当たり、思わず不満が口をついて出る。
「……さっきまで、私の心配してましたよねぇ?」
「……アルはそう言う奴だからねぇ。……はぁ。」
アリスの気持ちが痛いほどよく分かったミリアは、それだけを言って大きなため息を吐いた。
そして、怒りの持ってき場がわからず、プルプル震えている、小さな同類の肩を、優しくポンポンと叩いてやるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます