第3話 真由香

砂浜、という言葉の私が持つイメージとは違う浜辺を歩いていた。岩場、と言った方がしっくりくるくらいだ。

砂地より岩の方が多く、足場の安定を確認しながら進むので気を遣う。足をひねって捻挫するのも嫌だし、転んで擦りむくのはもっと嫌だった。足元ばかり見ていたら、岩肌にびっしりついたフジツボが目について身震いが出た。

「カバン、交換しよ。」

先を歩いていた良樹がいつの間にか足を止め、こちらに手を差し出していた。

「え、何で?」

グラグラしないのを確認した岩に足をかけたまま、私は海へ来てはじめて顔をあげた。

切れ長の目をまっすぐこちらに向けたまま、早くしろと言わんばかりにその手のひらををブンブンと上下に振っている。

私は重いよ?と、一応遠慮しながらカバンを預けた。何しろ七限分の教科書が詰まっているから、鞄の襠も目一杯使っている。

良樹は私のカバンを受け取るとその手で一度握り直し、そしてもう片方の手から自分の薄いカバンを渡した。

「重ぇわ。」

「真面目だからさぁ。」

良樹が笑っていたので、私も少しふざけた。

そしてそのまま、あいている方の手で私の手を握った。私は胸が軽く締め付けられて、しばらくまた足元しか見ることができなかった。

「あんまり振りかぶるなよ?こないだ香水の蓋が取れて、中大変なことなったから。」

カバンごと大きく振らついていると、急に忠告された。

そうか、この中でころころと動く固そうなものは香水の便だったのか。と納得してから、「何が入ってるの?他に」と聞くと、財布。と短い答えが返ってきた。

良樹ははじめから、今日は登校しないつもりだったのか。とも思ったが、日頃見かける時のカバンも大して厚みがないことを思い出し、分からなくなった。


時々足場が悪くなると、握る手に少し力を込めて引いてくれた。目を細めて、唇は柔らかく三日月形に結ばれていて、ただ私の顔だけを見ていた。

どこまで行くの?という不安な気持ちは、良樹の視線によって、圧倒的に覆われてしまったみたいだ。

「真由香、ごめんな。」

急に連れ出してしまって悪かったと、何故か諭すように謝った。

「うん。」

私は急にカバンの中の携帯電話が気になった。


海岸はどこまでも果てしなく続くように見えた。私は後始末のことなどどうでもいいほど、今は歩き続けたいと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三国鹿子 @shiratae

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る