第2話 良樹

「一番近い海岸までお願いします。」

運転手は七十過ぎだろうか。ルームミラーでこちらを確認した後で小さく「はい」と答えたが、それきりどの辺に向かうのかは教えてくれなかった。

まぁでも、小遣いは二万円持ってきてるから大丈夫だろう。潰したカバンの中には財布と携帯電話と香水だけ入れてきた。

今日はまだ真由香の顔をよく見ていないけど、おそらくまた眉尻を下げて困ってるんだろう。困らせたいわけじゃないのだが、結果的にいつもそうなっている。


先月、些細なことで真由香とケンカをした。その日朝からくだらないことでイライラした俺は、一緒に帰る約束をしてた真由香に何も告げず、2限目の途中で学校を早退した。

イライラした理由は、真由香の元カレだ。

守田は選抜クラスのやたらプライドが高い男で、多分別れた今も真由香のことが好きだ。なぜそんなことが分かるのかって、俺に何かと突っかかってくるからだ。

その日も守田は1限目の休み時間にわざわざ俺たちがいる普通クラスまでやってきて、先週終わったばかりの中間テストの結果を真由香に聞いていた。

真由香はこちらをチラチラと気にしながらも、守田の話に付き合っていた。廊下側の窓際に座っている真由香に対して、外から身を乗り出している守田は、俺をチラチラ見ながら今度放課後にでも数学のワーク一緒にやろうと誘っている。

またあの困った顔でハッキリ返事をしない真由香を見ながら、舐められてるなと俺は苛立ち始めた。

予鈴が鳴って、じゃあと真由香に片手を挙げた後、そのまま俺にも顎を突き出すような会釈をして守田は帰っていった。本鈴が鳴って2限目の地学が始まってすぐ、俺は「腹が痛いんで早退します」と鞄を抱えて教室を出た。丁度地学は担任教師でもあったので、「そうか、気をつけてな」とだけ声をかけられ、そのまま下校することができた。

教室を出る時真由香の座席の方は見ていないけど、真由香がこちらを見ているのは視界の端で分かった。さっきのこと怒ってるの?呆れたような声まで聞こえてきそうだ。

俺は苛ついている。俺を見下したような態度の守田も、みんなに平等に接する真由香にも、心の奥でいつも降参している自分にも。

何も考えずに校門を出て歩いた。最寄り駅まで歩き始めてすぐに、こんな時間に電車があるわけないと気付いて駅前の文永堂に立ち寄った。クーラーの効いた店内でパチンコ必勝法雑誌を立ち読みしていたが、カウンターの中にいる店主のオヤジが、ずれた眼鏡の上からこちらを睨んでくるので、そろそろここを出ないと面倒だな、と考えた。


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