第2話 思っていた以上に夫を愛していた

宿の部屋に入るとエルシーはベッドに倒れ込んだ。

二人部屋で傍にはレノがいるのだが気遣う余裕は今は無かった。


「エル ねぇ、僕はヴァルにぃが浮気するなんて思えない。何か訳があるんだよ」


赤毛で愛嬌のあるレノは弟のような存在だ。エルシーが結婚してからは敬語を使うように親に言われ、使用人として接してくるが今は素が出ている。


「あそこはヴァルの家よ。どんな訳があって女性と暮らしているの?」


「そうだけど・・・それでも信じられないよ」


あんなに親し気にキスまでしていたのに、エルシーはレノのように夫を信じる事が出来なかった。


「ごめんねレノ、一人にしてくれるかしら。夕飯を食べてくると良いわ」


「わかった。一人で大丈夫?」


レノに大丈夫だと言って部屋を出て貰った。


小窓から見たヴァルの表情を思い出しては胸が痛む。

激しい嫉妬に苛まれて涙が溢れ、思っていた以上にエルシーは夫のヴァルを愛していたことに気づいた。





───────ヴァルと結婚したのは曾祖父ケーシーの願いだった。


両親が亡くなってエルシーは親戚をタライ回しにされ、10歳で最後に辿り着いたのが曾祖父の元だった。


当時、オリバーに植え付けられたトラウマで、どんな男性もエルシーは恐れた。

翌年、ヴァルが15歳になって騎士学校の寮に行ったときはホッとした。


エルシーが立ち直ったのは使用人のマーサと彼女の息子のレノのお陰だ。



学校を卒業するとヴァルは曾祖父の養子になり、ヴァル・ケント子爵として王宮騎士団に入った。


養子にする際、曾祖父はエルシーとの結婚を条件にした。

恩ある曾祖父の命令をエルシーが断れなかったように、ヴァルも断れなかったのだと思う。


エルシーが16歳になると隣町で簡単に式を挙げて二人は夫婦になった。

婚姻証明書を確認すると安心して、年老いた曾祖父は息を引き取った。


『俺は今まで通り王都に住むから、エルシーはレノ達と村で暮らすと良い。生活は俺が面倒を見る、心配はいらない』

エルシーには有難い申し出だった。

夫はお金と土産を携えて月2回だけ村に帰り、自室で一泊すると朝にはまた王都に帰って行った。


女性に興味なさそうな夫に愛人がいるなんて考えもしなかった。


苦手意識はあっても2年以上夫婦でいると情愛も沸き、陰湿なオリバーに対し夫は防波堤のような存在で、とても安心だった。


明日は夫から事実を確認して、必要なら離婚を。

赤子までいるのだ、身を引くべきだろう。

オリバーが接近して来るなら、修道院に逃げようか。


エルシーは指に填められた結婚指輪をそっと撫でた。

今日は混乱して引き返したが、明日は冷静に話し合おうと決心した。



ドアがノックされてレノが夕飯を持って戻って来た。

「ここで少しでも召し上がって下さい」


(ずっと年下のレノに心配をかけてはいけない)


「ありがとう」

エルシーは少しずつ料理を口に運んだ。





翌朝、また決心は鈍っていた。

このまま知らないフリをして屋敷に帰りたい。


「レノ・・・やっぱり戻るわ。私達は王都には来なかった」


「それでいいのですか? 僕が旦那様に聞いてきましょうか? 僕は信じられません。旦那様は絶対に奥様が好きです。浮気なんてしませんよ」

あの光景を見ても、純粋でヴァルを兄と慕うレノはそう言い張った。


宿を出てエルシーは迷った。─────が、住宅街に向かって歩き出した。


「行くわ!ずっとこんな不安な気持ちのままでいるのは耐えられない」


「はい、行きましょう!」



馬車が行き交う大通りを、二人は石畳を踏みしめながら足早に進んだ。



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