第31話 シルフィーを襲う悲劇
私は手紙でリリアさんにクロード君の子供が出来たことを正直に伝えた。
すでに三カ月を過ぎ、中絶は不可能だと産婆からは言われ、安定期に入るまでは性行為もダメだといわれた。
私自身、子供を堕胎したくはなかった。
出来得るならば、例え、邪竜化しようとも産んであげたい。
だって、好きになったクロード君との子供だもの。
でも、あの強烈な発情に耐えられるだろうかという不安もあった。
そして、徐々に進行していく邪竜の呪い。
邪竜化したら、クロード君に殺してもらいたかった。
でも、今はクロード君には絶対に妊娠を知られちゃだめだ。
知られてしまえば、クロード君は絶対、私と赤ちゃんのどちらの命を取るのか、苦悩するのがわかり切っている。
私は考えて考えて悩んだ上で、唯一つの可能性に掛けてみることにした。
『早産』
臨月になる前に産んであげること。
私が邪竜化するギリギリのタイミングで、しかも赤ちゃんが生きていけるギリギリのタイミングで出産する。
そんな上手くいく訳がないが、可能性はあると思いたい。
これから、お腹も大きくなっていく。
寂しいけどクロード君ともお別れして、一人で子供を産まないと……。
突然、テントを別々にしたことにクロード君には驚かれた。
けど、性行為が出来ない以上、別々に寝た方が誤魔化しやすい。
それに、我慢できないなら、ほかの事で誤魔化せばいい。
ナイフを自分の腕や腿に突き立て、痛みで発情を誤魔化す。
けど、発情を誤魔化すことはできても痛みで寝れないのだから、精神的にきついのは変わらなかった。
朝になれば、回復薬を使って傷を消す。
さらに、私は密かにステイタス隠蔽の魔道具を購入し誤魔化すことにする。
今のクロード君にどんだけ効果があるか不安しかない。
まだまだ教えておきたいことが多くある。
だから、私は無理をしてでもクロード君に必要なことを教え込む。
クロード君は凄く私の事を心配してくれてる。
時々、私に内緒で『鑑定』スキルを使って、私の状態を確認しているみたい。
基礎レベル7200は伊達じゃないなぁ。
だって、クロード君が私に『鑑定』スキルを使っていることに殆ど気が付かないんだから。
時間が足りない。
私に残された時間は、そんなに多くない。
私は焦っていたんだろう。
夕食の時、クロード君に私が妊娠していることが発覚してしまう。
久々に美味しい夕食ですっかり気が緩んでいたし、発情を我慢するのも限界に来ていた精神的な疲れで、ウトウトとしてしまった時、クロード君に『鑑定』スキルを使われてしまったのだ。
「フィー、妊娠してるじゃないか!それに邪竜の呪いも進行して……」
「あははは、ばれちゃったかぁ~。私ともあろうものが失敗失敗」
おちゃらけて、誤魔化そうとする私に、クロード君は真剣な顔で訊ねてきた。
「お腹の子は、僕の?」
「違う!貴方の子供じゃない!絶対に違うんだから!」
両腕でお腹を抱えながら、私は必死に否定する。
「でも……」
それでも、クロード君は食い下がろうとする。
だから私は、二人の関係を壊す様な言葉をクロード君に叩きつける。
本当はこんな事言いたくない。
でも、言わなきゃいけないから。
「自惚れないでよ!誰がアンタの子供なんか孕むもんですか!この間街に行った時、たまたま寝た良い男の子供よ!アンタと寝るのに飽きたから、ここでサヨナラするわ。じゃあね、クロード」
支離滅裂で説得力の無い台詞を言っているなぁと自覚しながらも、私はテントに戻り、最低限荷造りしていた背嚢を肩にかけ、宿営地を早歩きで離れる。
クロード君は、私の言葉にショックを受けて、茫然としていたようだ。
私は流れ落ちる涙を悟られないように急いで宿営地を後にした。
宿営地から離れること五百メートルほど、ここまで来ればクロード君には察知できない。
事前に調べておいて良かったと安堵する。
私は膝から崩れ落ちる。
地面に両手をつき、声が漏れないように唇を噛んで号泣した。
大好きな男の子と別れるのがこんなに辛いだなんて知らなかった。
そのうち、私は泣き疲れて気を失ってしまったらしい。
目を覚ました時、森の様子がおかしいことに気が付く。
神聖な気配が森に溢れてる。
もしかして!?
司祭長様からの手紙に書いてあった女神の降臨なの!?
いけない、クロード君を勇者になんかさせちゃいけない。
私は逃げ出してきた宿営地に向かって走り出した。
宿営地に辿り付いた時、クロード君の前には少し幼いけど凄い綺麗な女の子が立っていた。
「初めまして、私は創成の三女神の従属神ウリエル。クロード様、貴方にお伝えしたいことがあって降臨いしました。此度貴方が次の勇者に選ばれました。どうか、勇者としてその力を世界のために「だめぇぇぇぇぇぇ」」
私は、三女神の従属神ウリエルと名乗った女の子とクロード君の間に剣を抜いて割って入る。
「クロード君は、絶対に勇者なんかにさせない」
ウリエルは、私の発言に目を細め、にやにやと笑う。
物凄く邪悪な笑みに背筋が凍りそうだ。
「ふ~ん、あんたさぁ、邪竜の呪いに掛かってるくせに子供孕んでるんだぁ。凄いねぇ~。相手は……、あはははは、そこの男の子供かぁ~。これはこれで面白いねぇ~。でもさ、あんた邪魔」
ウリエルが、右腕を無造作に払うと私の身体が左に吹き飛ばされ、地面を転がる。
「フィー!」
クロード君が私をまだ愛称で呼んでくれる。
あんな酷い事言ったに。
起き上がろうとする私にウリエルが近づいてきて、私のお腹を蹴ろうとする。
相手の意図は明らかだった。
私とクロードの赤ちゃんを狙ってる!
両腕でお腹を押さえて身体を丸めて、ウリエルの蹴りが直接お腹に当たらないように防御する。
でも、間接的にお腹に受ける衝撃でお腹の中の赤ちゃんが死んじゃう!
「やめろ!」
クロードがシルフィーのお腹を蹴っているウリエルの後ろから斬りつける。
だけど、斬りつけた剣はウリエルの服の手前で何かの壁のような物に防がれて傷つけることさえできない。
「後ろから斬りつけるなんて、酷いなぁ。そういう君にはお仕置きが必要だよねぇ~」
女の子が手をかざすと暴風が生まれ、クロード君を吹き飛ばす。
そしてそのまま風の力で地面に押し付けてしまう。
「そこでじっくり見ているがいいよ。この女のはらわたから、君とこの女の子供を引きづり出してあげる」
「や、やめろ!」
「い、いや、やめて!」
「う~ん、いいねぇ、その悲鳴」
私は立ち上がって逃げようとするけど、ウリエルは簡単に私を捕まえると仰向けに引きづり倒す。
そして、左手で私の両腕を私の頭の上で押さえ付けると、右手をゆっくりと私の下腹部に近づけていく。
「い、いや、やめて、お願い」
でも、私の願いはウリエルには届かなかった。
ウリエルの右手が、私の下腹部にめり込んでいくのを見ながら、私は首を横に振り続ける。
自分の下腹部にウリエルの右手がめり込んでいくのを見ながら不思議と痛みは感じない。
ただ、お腹の中をウリエルの右手が動き回る感覚が気持ち悪かった。
そして、ウリエルの右手の動きが止まる。
何かを掴んだようだった……。
そして、それを一気にお腹から引き抜こうとする。
その時、私は気が付いた。
彼女が右手につかんでいるのが、私とクロード君の大切な赤ちゃんであることに。
「やめてえええええええええええええええええええええええええええ……」
私は絶叫した。
「だ~め、くすくすくす」
私の下腹部から引き抜かれた右手の中には、まだ小さいながらも人の形をした胎児がいた。
「きもちわるぅ~」
嫌悪感を滲ませて女の子は右手の中にいる胎児を見て言うと、私の顔を見ながらそれを握り潰し地面に投げ捨てる。
拘束を解かれていた私は、下腹部にあいた穴から血やら何やらが出るのにも構わずにウリエルの下から這いずり出て、地面に投げ捨てられた胎児を両手で救い上げて胸に抱きしめ大粒の涙を流しながら絶叫する。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああ、いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ、私とクロード君の赤ちゃんがあああああああああ、いや、いや、死なないで、お願い、おねがいよおおおおおおおおおおおお」
シルフィーの絶叫は、クロードの耳にも届いていた。
「あららぁ~、子供は『邪竜の呪い』に犯されてなかったようだねぇ。これは傑作だよ。あははははははは」
そして、ウリエルの嘲笑が響き渡っていた。
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