第22話 シスター長の涙
あの糞勇者がリリアさんに口づけをして、リリアさんに神罰が下ってからすでに十日が過ぎようとしている。
「シスター長!来てください!リリアさんが目覚められました!」
若いシスターが、リリアさんが目覚めたことを伝えに来てくれる。
「わかりました、今行きます」
席から立ち上がり、重くなる気分を何とか奮い立たせてリリアさんがいる病室へと向かう。
聖水に浸した聖別された聖布に包まれたリリアさんに三女神は最初に負わせた裂傷以外、傷を追わせることはできなかった。
結局、全身八か所に刻まれた裂傷は回復魔法でも治らなかったが……。
今から、目が覚めたリリアさんに何が起こったのか、説明しに行かなくてはならない。
どうしても、顔が俯いてしまう。
リリアさんの綺麗な顔の右頬に残る裂傷を思い出すと、心が痛む。
「シスター長!お忙しいところ申し訳ありません」
「どうかしたの?」
「それが、クロードさんからリリアさん宛てに手紙が届いてまして……、状況が状況ですし、どうしたら良いか……」
「なんですって!?」
何でこんな時に、あの糞勇者が来ただけでなく、今度はリリアの元婚約者のクロード君からの手紙ですって……、まあ直接会いに来ないで手紙を送ってくるのは及第点だわね。
「取り敢えず、手紙は私が預がって中身を検閲させてもらいましょう。これ以上リリアさんを傷付けたくないわ」
「お願いします」
クロードさんからの手紙を持ってきたシスターにお礼を言って、手紙を受け取るとすぐさま内容を確認する。
これ以上、リリアさんを傷付けるようならクロード君も容赦はしない。
そんな覚悟を決めて、手紙を読み始める。
内容は、辺境の村で田畑を耕して一生を終えるつもりだったことから始まり、道中一人の冒険者と出会い、今はその人に冒険者としてのイロハをみっちりと教え込まれていること。
自分が何故、ジョブを得られなかったのか原因がわかったこと。
そして、リリアとの事情を相談した際に物凄く怒られたことなどが書かれてあった。
そして、リリアを信じてあげることが出来ず逃げ出したこと、リリアを守れなかったことへの謝罪。
最後に禊期間中であるリリアに会いに行けないけど、禊が無事に終わることを願い、また手紙を書くとも。
そして、改めて禊が終わる頃に一度会いに行くこと、伝えたいことがあると書かれていた。
手紙を読み終わったシスター長は、どうするべきか悩む。
今は状況が状況だ。
この手紙をリリアさんに渡して、本当に良いのだろうか?
顔の傷のこともある。
それに身体中にも醜い裂傷が七か所もある。
そこに禊が終わる頃に、リリアさんの最愛の人が会いに来るだなんて……。
リリアさんは耐えられるだろうか?
取り敢えず、手紙をシスター服の内ポケットにしまうとリリアのいる病室へと向かうことにした。
コンコンコン
シスター長が病室の扉をノックする。
「リリアさん、シスター長のネムリナです。入って良いですか?」
「はい、どうぞ」
少し元気のないリリアの声が部屋の中から聞こえてくる。
シスター長はそっと扉を開け、中を窺うように見てから入室する。
リリアの姿を見て、ネムリナは涙が出そうになる。
でも、本当に泣きたいのはリリアさんの方だろう。
あの日、見たこともない男性に突然口づけされ、全身に裂傷を負った痛みに気を失ったリリアさんが、今日やっとのことで目を覚ましたら自分の身体に見たことのない裂傷が刻まれているのを自分の眼で見てしまったのだから……。
「リリアさんのベットの脇にある椅子に腰を下ろした私は、リリアさんに何が起こったのか、ゆっくりと正直に話し始めた。
最初のうち、リリアさんに口づけをしたのが、薬でおかしくなっていた自分の貞操を奪い穢し続けた人間だと知って、ショックを受けていた。
そして、そのことで禊が終わっていないリリアさんにあまりに理不尽な三女神の天罰が下ったこと。
私がそれにいち早く気が付いたために、聖水に浸した聖別された聖布にリリアさんを包み込めたために、八か所の裂傷で済んだことなどを。
そしては私は最後に、リリアさんに謝る。
「貴方が受けた三女神の神罰は、私がもっとしっかりと貴方の周りに気を配っていれば防げたはずよ。どんな罰で受ける覚悟は出来ています。リリアさん、本当にごめんなさい」
「シスター長様、私の身体に刻まれた裂傷が八か所と仰いましたよね?左乳房の上や右脇腹、左足の腿、右足の脹脛、右腕上腕、あとは何処にあるんですか?誰も教えてくれなくって……」
「……。気をしっかり持って聞いてね。一つは背中に一際は大きく右肩から左脇腹に掛けてと、最後の一つは、貴方の右頬にあるわ」
「そうですか、右頬に……」
リリアの両目から大粒の涙が零れ始める。
唇を噛み、決して泣き声を上げまいとするその姿はリリアの悔しさや悲しみをより深いものに感じさせた。
私は、リリアさんのベットの枕元に座り直し、リリアさんの肩を抱いて慰めるしかできなった。
どのくらいそうしていたのか。
病室の窓の外が夕暮れに近づいてきた頃、ようやくリリアさんが泣き止んで顔を持ち上げる。
痛々しい右頬の醜い裂傷がありながらも、リリアの眼にはある種の決意が見て取れる。
この娘はどうしてこんなに強いのかしら。
いえ、決して強くはないわね。
やっと薬物中毒から回復して、これからって時にこんなことになって、普通なら心が砕けてしまう。
ここで心の支えになれば良いのだけれど、これは一種の賭けね。
「そうそう、貴方が意識を失っている間にクロード君から手紙が来たわよ」
「え?」
「時期が時期だったから、中身は検閲させてもらったけど、読んでみる?」
「は、はい」
「じゃあ、覚悟して読んでね」
私はシスター服の内ポケットから手紙を取りだすと、リリアさんに手渡した。
リリアさんは、丁寧に封筒から手紙を取りだすと読み始める。
さて、正と出るか邪と出るか……。
運命の分かれ道ね。
でも、どんな未来を選んでも、私はリリアさんを支えていくつもりよ。
「ぐすっ、うう~、クロードォ~、会いたいよぉ~」
リリアは、クロードからの手紙を読んで再び泣き出してしまう。
今度は声を上げて……。
気丈に我慢していた時よりも、感情溢れるリリアさんの泣き声は私の心を揺さぶるものだった。
そして、私の両眼からも大粒の涙が零れ始め、窓の外が暗くなるまでリリアさんと二人泣き続けてしまっていた。
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