第21話 広域冒険者ギルドマスターの決断

 勇者ケインがとんでもない事をしでかしてくれた。

 新たなダンジョンの評定ということで、ダンジョンに潜っていたケインたちが、報告のため領都に戻ってきていたのだ。

 そのまま私のところへ来れば良かったものを、道すがら領都教会でリリア嬢を見つけて、彼女に口づけをしたらしい。

 ようやく報告に来た傷だらけのケインを見て、何があったのか問い質したところ、しどろもどろで答えた内容がそれだった。

 此奴は、学ぶということがないのか?

 此奴の幼馴染の女性も、似たようなことをして幼馴染の女性の婚約者を怒らせ、相手が勇者だからと、怒りは幼馴染の女性とその家族に向けられたというのに……。

 ケインは、自分が彼女やその家族を死に追いやったという罪悪感が薄すぎる。

 どちらかといえば、自分は悲劇のヒーローだとでも言わんばかりの態度だ。

 話を聞いた儂は、ケインにギルド長室に留まることを命じるとともに、大急ぎで領都教会へ向かった。

 そして、随分と慌ただしい領都教会の中を司祭長室に案内されると、少し遅れて司祭長とシスター長が入室してくる。

 私は司祭長に何かを言われる前に謝罪するしかなかった。

 何故なら、部屋に入室してからの司祭長もシスター長も殺気を滲ませていたからだ。

 司祭長は、儂がまだ冒険者をしていた時の同じパーティーに所属する仲間だ。

 だからこそ、彼の怒りが相当なものであることは、その殺気の強さで分かる。

 本当なら、教会の聖騎士にもなれるほどの強さを誇っていたが、本人はどちらかというと戦いを好まない男だった。

 その男がこうまで怒りを露わにしている。

 「本当にすまん」

 領都教会の司祭長室で司祭長とシスター長の二人に向かって低身低頭頭を下げる。

 だが、2人の殺気は納まるどころか、益々強まるばかりだ。

 「私に謝ったところで意味をなさないよ。勿論リリア嬢にも同様だ。シスター長ネムリナ、リリア嬢の状態はどうなっているのか、彼に説明して差し上げてくれ」

 「はい、司祭長様、現在リリア嬢は全身の八か所に裂傷を負い、出血が未だ止まっておりません。一早く聖水で湿らせた聖別された聖布を全身に施せたため、新たな裂傷は出来ておらず、この程度で収まってはいますが……、うう、リリアさんのお顔にも裂傷があり、腕や足、身体にも……。うう、酷すぎます、三女神様は!あれではもうお嫁にさえ行くことも敵いません」

 シスター長ネムリナは説明しているうちに感極まったのか、俯き涙を流していた。

 儂もリリア嬢がっそんな状態になっているだなんて想像すらしていなかった。

 「そういうことだ。広域冒険者ギルドのギルドマスター。事態は深刻などという甘い状態ではないのだよ。リリア嬢は、三女神お気に入りの勇者おもちゃが気に掛ける女性だ。そのために勇者とパーティーを組むことを三女神に許された勇者の玩具おもちゃである女性冒険者達とは違って、三女神の神罰もより苛烈になる。これから話すことは、一般には秘事とされているからここだけの話として聞いてくれたまえ。一般では創成の三女神と呼ばれているが、教会総本山に残っている創世神話においては、もっとも苛烈で嫉妬深い女神たちだとされている。この世界を創成した三女神が唯一失敗だったと仰られる存在が神に似た姿で生み出された種族達だと記されている。つまり我々全てが三女神に疎まれているんだよ。だからこの世界はモンスターが溢れていると言っても過言ではない。その中で『勇者』と呼ばれる存在は、そんな疎まれた我々の中で、最も女神に愛めでられている存在だからこそ、教会もその行動を抑止することはできないし、表立って殺すことも出来ない。我々だって命は惜しい。三女神の神罰など御免だよ。せめて人々の役に立ってからモンスターに食い殺されることを望むばかりなのだよ。そして我々にとって唯一の希望は、リリア嬢の想い人であるクロード君だ。基礎レベル7200は我々全種族が到達しえなかった領域だよ。しかもダンジョン・コアを破壊した今現在唯一生きている人間だ。もしかしたら……、おっと、話が逸れたな。そういう訳でクロード君とリリア嬢の事を教会総本山に報告したら、教会総本山においてリリア嬢は最重要人物であり、最重要護衛対象になったと先日連絡があった。我々としてはね、ギルドマスター。勇者殿には早々に領都から出て行ってもらいたい。そして、二度と領都に来て欲しくはないし、リリア嬢にも近づいてほしくない。せめてもの情けとして、ダンジョン最深部でモンスターに喰われて死んでほしいのだよ」

 司祭長として、言葉は穏やかだが内容は辛らつ極まりまかった。

 司祭長として、人の、勇者の死を願うことは教えに背くことにも等しい。

 だが、教会総本山がリリア嬢を最重要人物であり、最重要保護対象になったからには、勇者を敵に回してでも、いや、三女神を敵に回してでもリリア嬢を守ると言っているに等しい。

 しかし、教会は三女神を祭っている。

 つまり誰かが、全ての罪を背負って勇者を処断すると言っている……。

 まさか!?

 儂は、司祭長の顔をそっと伺う。

 殺気は相変わらずだ。

 だが、その表情は穏やかそのもの、いや、あの戦いを好まない男が今は戦意に満ち満ちている。

 そうか……、お前が自ら勇者を殺しに行くというのだな……。

 勇者を殺せば、玩具を壊された三女神は黙ってはいないだろう。

 三女神と戦うつもりなのかもしれない……。

 冒険者時代、パーティーを組んでいたメンバーで生きているのは儂と領主と目の前の司祭長だけ。

 教会の秘事を儂に明かすということは、信用の証ともいえるだろう。

 ならば、儂も覚悟を決めよう。

 何処で勇者を始末すれば、最も生存確率が上がるか。

 勇者を殺せば、三女神が現れるかもしれない。

 地上や広い場所ではだめだ。

 ダンジョン内部なら相手の行動を制約することが出来る。

 では、何処のダンジョンが良い?

 北の方に、もうモンスターも出現しなくなった古いダンジョンがあったはずだ。

 そこの最下層フロアのボス部屋ならば良いだろう。

 そして、儂は密かに、この司祭長に付いて行くことを決めた。

 友人を一人で死地に向かわせるなどできないし、させたくない。

 領主は怒るだろうが、一番偉くなった彼奴が悪い。

 こうなれば、急いで準備しないとな。

 「わ、わかりました。で、でわ、失礼いたします」

 ケイン達には、北方のダンジョンに調査に向かわせ、儂等は彼奴等に先んじて北方のダンジョンに向かおう。

 そして、ダンジョン最下層のボス部屋が儂等の死地となるじゃろうな。

 しかし、広域冒険者ギルドマスターになってから、なんとなく生きてきた儂じゃが、最後に一花咲かせるとするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る