第20話 教会の秘事(改稿第3版)

 「本当にすまん」

 広域冒険者ギルドのギルドマスターが、領都教会の司祭長室で低身低頭頭を下げていた。

 「私に謝ったところで意味をなさないよ。勿論リリア嬢にも同様だ。シスター長ネムリナ、リリア嬢の状態はどうなっているのか、彼に説明して差し上げてくれ」

 「はい、司祭長様、現在リリア嬢は全身の八か所に裂傷を負い、出血が未だ止まっておりません。一早く聖水で湿らせた聖別された聖布を全身に施せたため、新たな裂傷は出来ておらず、この程度で収まってはいますが……、うう、リリアさんのお顔にも裂傷があり、腕や足、身体にも……。うう、酷すぎます、三女神様は!あれではもうお嫁にさえ行くことも敵いません」

 シスター長ネムリナは説明しているうちに感極まったのか、俯き涙を流していた。

 「そういうことだ。広域冒険者ギルドのギルドマスター。事態は深刻などという甘い状態ではないのだよ。リリア嬢は、三女神お気に入りの勇者おもちゃが気に掛ける女性だ。そのために勇者とパーティーを組むことを三女神に許された勇者の玩具おもちゃである女性冒険者達とは違って、三女神の神罰もより苛烈になる。これから話すことは、一般には秘事とされているからここだけの話として聞いてくれたまえ。一般では創成の三女神と呼ばれているが、教会総本山に残っている創世神話においては、もっとも苛烈で嫉妬深い女神たちだとされている。この世界を創成した三女神が唯一失敗だったと仰られる存在が神に似た姿で生み出された種族達だと記されている。つまり我々全てが三女神に疎まれているんだよ。だからこの世界はモンスターが溢れていると言っても過言ではない。その中で『勇者』と呼ばれる存在は、そんな疎まれた我々の中で、最も女神にでられている存在だからこそ、教会もその行動を抑止することはできないし、表立って殺すことも出来ない。我々だって命は惜しい。三女神の神罰など御免だよ。せめて人々の役に立ってからモンスターに食い殺されることを望むばかりなのだよ。そして我々にとって唯一の希望は、リリア嬢の想い人であるクロード君だ。基礎レベル7200は我々全種族が到達しえなかった領域だよ。しかもダンジョン・コアを破壊した今現在唯一生きている人間だ。もしかしたら……、おっと、話が逸れたな。そういう訳でクロード君とリリア嬢の事を教会総本山に報告したら、教会総本山においてリリア嬢は最重要人物であり、最重要護衛対象になったと先日連絡があった。我々としてはね、ギルドマスター。勇者殿には早々に領都から出て行ってもらいたい。そして、二度と領都に来て欲しくはないし、リリア嬢にも近づいてほしくない。せめてもの情けとして、ダンジョン最深部でモンスターに喰われて死んでほしいのだよ」

 領都教会司祭長は殺気をみなぎらせて、広域冒険者ギルドのギルドマスターを睨み付ける。

 「わ、わかりました。で、でわ、失礼いたします」

 広域冒険者ギルドのギルドマスターは転げるように領都教会司祭長室を飛び出していった。

 その扉を睨み付けていた領都教会司祭長は、部屋に残されたシスター長ネムリナに優し気な顔でねぎらう。

 「シスター長ネムリナ、リリア嬢の件、よく対処してくれた。それと勇者の件も、本当にありがとう」

 「いえいえ、大したことはしておりませんよ。しかし、教会の秘事、お話されてよかったのですか?」

 「教会の秘事かい。あんなのは入り口も入り口さ。我々教会が目指すべき先は、三女神無き世界だからね。創造神様は自らの権能を犯した三女神に大層ご立腹だなのだよ。そのために表では三女神を奉じ、裏では創造神を奉じる教会を作られたのだから……。三女神も創造神様も悪辣な策士には変わりないけどね」

 どこか他人事のように苦笑する領都教会司祭長だった。

 領都教会司祭長は座っていた執務机の椅子から立ち上がり、扉へと向かうとシスター長ネムリナの方へ振り返る。

 「ああ、そうだ。シスター長ネムリナ、今後は新しく着任される領都教会司祭長の指示に従ってくれたまえ。彼は私の後輩でね、わたしより人格者で思慮深い、何より優しい人物だ。リリア嬢の事も自分の娘のように可愛がってくれるだろう」

 シスター長ネムリナは驚いたように領都司祭長に問う。

 「そ、それは一体どういう……」

 「今回の一件で、彼女の命を危険に晒してしまった。その責任は取らなければならない」

 「し、しかし、それは!」

 領都司祭長は右手を上げ、シスター長ネムリナの言葉を遮ると、深々と頭を下げ感謝の言葉を告げる。

 「シスター長ネムリナ、今日まで私などを支えてくれて本当に感謝する。なに、人生の最後に三女神に愛でられた勇者ケインを殺し、三女神に戦いを挑めるのだ、神に勝てはせずとも悪くない最後を迎えられるだろうさ。リリア嬢の事、お願いする。ではな」

 領都司祭長はそう言うと、何もかも悟りきった爽やか笑顔で司祭長室を退出していった。

 シスター長ネムリナは、ただ黙って頭を下げ送りだすよりほかなかった。

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