第19話 年増シスターの怒り(改稿第2版)

 その光景を見たのは、本当に偶然だった。

 あの下種勇者ケインがまだ禊も始めていないリリアさんに接触しているのを見たのは……。

 一体いつの間に教会の敷地内に入り込んできたのだろう?

 このままではまずいことになる。

 私は急いで教会の裏庭へと走りだした。

 「リリアさん、駄目よ。このままだと大変なことになるわ」

 リリアさんの薬物中毒も、リリアさん自身が魔力の続く限り解毒魔法を掛け続けるという荒技と毎日のシスターたちの解毒魔法によってかなり改善されてきていた。

 解毒治療に当たっている若いシスター二人は、ああ見えても回復術師の中位Jobである回復師でもあるから、効果は計り知れない。

 リリアさんも身体を動かせるようになり、治療院に入院している子供たちの遊び相手となってくれている。

 しかしながら、リリアさんの禊は一向に始まっていない。

 それは、広域冒険者ギルドのギルドマスターがあの下種野郎ケインを未だに領内で活動させているからだ。

 何が頼りになる懐刀だって言うんだ。

 ただ便利に使える道具扱いのくせに。

 その道具でさえ、キチンと言うことを聞かせられなければ、ただの害悪でしかない。

 私が教会の裏庭に到着した時、リリアさんとあの糞ゲス勇者ケインの会話が耳に入る。

 「ところで、貴方のお名前は? 教会に何の御用でしょうか?」

 リリアが少し警戒したような声で訊ねている。

 ここまでは良い、大丈夫だ。

 「俺の名前はと申します。クロード君の知り合いです」

 私は糞ゲス勇者ケインの返答を聞き、一瞬のうちに頭に血が上った。

 この男、偽名を使ってリリアさんに近づくだなんて!

 まだ禊も始めていないリリアさんが、お前と接触することがどんなに危険なことか分からないのか!

 「え!? ほ、本当ですか? クロードは元気でしたか?怪我はしていませんでしたか?」

 リリアさんが、クロードの知り合いだと知ってに近づいて詰問してしまう。

 いけない!

 あの糞ゲス勇者ケインは、さりげなく一歩近づきリリアさんの腰に左手を回し、右手でリリアさんの右頬に手を添えると、そのまま唇を重ねてしまった。

 ああもう、あと一歩で阻止できたのに。

 阻止できなかったことをいつまでも悔やんでる場合ではない。

 このままだと、リリアさんが大変なことになる。

 私は左足を思いっきり踏み込み、右腕を思いっきり後ろに引き、糞ゲス勇者の右頬に向かって右拳を捻りながら叩きこんだ。

 いくら糞ゲス勇者ケインでも、回復術師であり格闘家でもある中位Job武僧の拳は堪らないだろう。

 糞ゲス勇者ケインが十メートルほど吹き飛んで地面を転がり動かなくなる。

 それを確認した私は、すぐさまリリアさん前に膝を付き両肩に手を置く。

 リリアさんは、唇を奪われたことにショックを覚えたのか、すっかり座り込んでしまっている。

 「リリアさん、しっかりして!どこか痛いところある?」

 リリアさんの肩をそっと揺らしながら、まだ自失茫然としているリリアさんに確かめる。

 「え?は、はい、どこも、い、痛い。痛いっ」

 リリアさんが何とか私と受け答えしようとした途端、自身の身体を抱きしめて痛みを訴え始める。

 かなり痛いのだろう。

 七転八倒するように痛みに苦しみだす。

 それに伴って着ていた白い介護衣の全体に血が滲み始めている。

 「誰か!誰か来てちょうだい。リリアさんが!リリアさんが三女神の怒りに触れてしまったわ。急いで病室に運んでちょうだい。それから聖水と聖別された聖布を大量に持ってきて、早く!」

 私の叫び声を聴いて、複数のシスターたちが教会から走ってくる

 こうなると一刻を争う事態だ。

 シスターたちが急いでリリアさんを抱えると、急いで治療院の病室へとリリアさんを運んでいく。

 禊を始めてもいないリリアさんの状態は、婚姻誓約書の相手が許したのだからと三女神による罰の執行を猶予されている状態だった。

 だが、あの糞ゲス勇者ケインが偽名まで使って、嘘をついてリリアさんに口づけをしてしまった。

 こうなると三女神による罰の執行の猶予は取り消され、更に苛烈な罰が下される。

 全身を鞭で打たれたような痛みが走り、皮が裂け血が噴き出す。

 それはリリアさんが死ぬまで終わることがない。

 実質的な三女神による死刑執行に他ならない。

 だから、関係した男性は領外に追放され、女性の安全を確保するのが習わしだ。

 それを止めるには、リリアさんの全身を聖水で濡らした聖別された聖布を全身に巻いて、三女神様の眼を誤魔化すしか手が無い。

 一週間、一週間だけ三女神様の眼を誤魔化せれば、リリアさんは助かる。

 しかし、回復魔法では決して癒せない裂傷が身体中に刻み込まれることになる。

 あの綺麗だった肌に醜い裂傷が刻まれるのだ。

 私は堪らなく悔しかった。

 身勝手な男の欲望で、リリアさんは一生消えない傷を背負って生きていかなければならない。

 「シスター長、一体何があったのですか?」

 「あの糞ゲス勇者ケインが、リリアさんに口づけをしたのよ」

 「ええ!?それじゃあ、リリアさんは……」

 「ひ、ひどい……」

 「子供たちをお願いね」

 裏庭の片隅で、怯えている子供たちをシスターたちに任せて私は糞ゲス勇者ケインの元に向かう。

 私は全身に闘気を纏わせると、身体強化魔法と速度強化魔法を自身に掛ける。

 そして、シスター服の上着を脱ぎ棄て、上半身をインナーだけにすると構えを取る。

 糞ゲス勇者ケインが目を覚まし、起き上がろうとするところを一気に踏み込んで腹を蹴り上げる。

 それだけで糞ゲス勇者の身体がくの字に曲がり、二メートルは跳ね上がる。

 「リリアさんがどんな覚悟で禊に挑もうとしていたかも知りもしないで、よくもあんなことしてくれたわね!貴方と貴方のパーティーメンバーには死よりも辛い未来を用意してあげるわ。覚悟なさい!スキル拳蹴乱舞!きえぇぇぇぇぇい!」

 着地などさせない!

 拳で殴り、反対側に回り込み蹴り上げ、また殴る。

 蹴り、殴り、殴り、蹴り、蹴り、殴る。

 そして殴りと蹴りの間に相手の感覚を狂わす点に闘気を打ち込んでいく。

 これはじわりじわりと効果が現れる。

 攻撃の見切りや距離感、判断力や思考速度などが自分の感覚とズレていくのだ。

 私は殺さない。

 アンタたちは、ダンジョンで死ねばいい。

 アンタの大切な仲間が、あんたの目の前でモンスターの餌食になるのを見ながら、死んでいきなさい。

 運が良ければ、アンタの仲間は助かるでしょうよ。

 でも、それはアンタが仲間に見捨てられたときよ。

 そして、私は最後に糞ゲス勇者ケインの頭を掴んで地面に叩き付けた。

 辺りに轟音が響き渡り、糞ゲス勇者ケインは倒れ伏した。

 糞ゲス勇者ケインは自分に何が起こったかなんて気が付きもしないでしょうね。

 音を聞いた教会騎士達が集まってきたので、私は彼らに命じた。

 「そこのゴミを捨ててきなさい。それから2度と此奴を教会の敷地に侵入させないように。わかったわね」

 「「「「イエス、マム」」」」

 そして、私は急いでリリアさんの元に向かった。

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