第18話 人として、冒険者として、

 シルフィーさんと関係を持ってしまった次の日の朝。

 目を覚ました僕は、シルフィーさんにガッチリとフォールドされた状態で身動きが取れない。

 仕方が無く起き上がることを諦めて、シルフィーさんが目を覚ますまで待つことにする。

 昨晩のことを思い出すと下半身の一部が反応してしまうが、声を掛けてきた時のシルフィーさんと夜のシルフィーさんが余りにも違い過ぎて、ちょっと混乱気味だ。

 このままシルフィーさんが目を覚ましたら、悲鳴を上げられて、テントから叩き出されるんじゃないかと心配になる。

 そして、リリアのことを考えてしまう。

 人は予想外のことが起こると、冷静になれるらしい。

 昨日までは、ケインにリリアを寝取られ、リリアもケインを人生の伴侶として選んだのだと思い込んでいた。

 だから、意趣返しの様に「幸せに」なんて言葉を吐いた。

 だが、今更かもしれないけれど冷静に状況を振り返ってみれば、本当にそうだったのかと疑問に思えてくる。

 あの時、リリアと三女神の婚姻誓約書を解消しようと抱き抱えた時、そして教会の三女神像の脇に控える司祭長様に近づいた時、リリアは幸せそうに微笑んで僕の顔を見ていた。

 そして、婚姻誓約書を解消した途端、彼女は両目から大粒の涙を溢れさせながらイヤイヤと顔を横に振る続けていた。

 僕がリリアへ別れを告げ部屋を出て行こうとした時、リリアは僕に向かって力の入らない手を必死に伸ばしていたではないか。

 僕を見限った彼女がそんな顔をするだろうか?

 本当に僕のリリアに対して取った行動は、態度は正しかったのだろうか?

 確かにあの時、リリアを助けるためには三女神の婚姻誓約書は解消しなければいけなかった。

 教会のシスターからいろいろ説明を受けたが、僕はリリアが信じられなかった。

 それくらいケインとリリアの情交にショックを受けていたのだろう。

 だが、翻って今の自分はどうだ?

 リリアから見れば、僕も立派に浮気同然の状態だ。

 こんなことになって、リリアを責めることなんてできやしない。

 こんなことにならないと冷静になれない僕は何処まで子供なんだ……。

 今頃リリアは薬物中毒の治療と禊のために頑張っていることだろう。

 ケインがどうなったかは知らないが、リリアと関係があった男性は領都外の出なければならないのだから、リリアの傍には居られないだろう。

 なんだろうなぁ。

 リリアの傍にケインがいないと思うとホッとするし嬉しくなる。

 そして、ケインにはざまあみろと思っている自分がいる。

 これが多分、今の自分の本心なのだろうな。

 考えてみれば、生まれてから村を出るまでの16年間、ずっとリリアと二人だった。

 同い年の子供がいなかったから、リリアと一緒に居ることは必然だった。

 何時頃から僕はリリアのことが好きだったのだろう?

 いや、好きになったのだろう?

 わからない。

 一緒に居るのが当たり前で、いつの間にか好きになって、周りの大人たちから囃し立てられ、やがて村の教会の司祭様立会いのもと三女神様の婚姻誓約書を結んだ。

 僕もリリアもお互いに結婚相手はお互いしかいないと思っていた。

 だから、クラウンでお互いが長い時間引き離されたのは初めての事だった。

 しかも、リリアの周りにはリリアを口説こうとする男達が多くいた。

 僕があれだけ不安だったのだから、リリアの不安は想像に難くないはずだった。

 でも、僕はそれを理解できなかった。

 リリアの不安も悲しみも恐怖も何もかも。

 僕は本当に馬鹿だ。

 あれ?

 そういえば、僕はリリアに「好きだ」とも「愛してる」とも言ってないんじゃないか?

 ……。

 何やってるんだよ、僕は……。

 思わずシルフィーさんにフォールドされていない方の手を額に当てる。

 僕たちの間に確かなものを何一つ築き上げていないじゃないか……。

 それでよくリリアを寝取られたとか、リリアが裏切ったとか言えたものだ。

 うん、行き成りかもしれないけど、リリアとの関係を一から築き直そう。

 禊のために最低2年は会えないけど、手紙もダメだとは言われていなかったはず。

 先ずは謝罪からしよう。

 リリアが頑張っているように僕ももっと人として、冒険者として成長できるように頑張って、禊が開ける頃にリリアに会いに行こう。

 それで振られるのなら、リリアが他の男性と結ばれているのなら、それは僕自身の自業自得だ。

 リリアが幸せそうに笑えているのなら、その時は精一杯祝福しよう。

 でも、万に一つでも可能性があるのなら、いや、可能性が無くてもリリア、君を迎えに行く。

 付いて来てくれるか、断られるか、分からないけれどね。

 ジョブが得られるか不安はあるけど、精一杯頑張るよ。

 だから、リリア待っていてね。

 シルフィーさんが起きたら、まずリリアに手紙を書かないとな。

 「う~ん、良く寝むれた~」

 シルフィーさんがようやく目を覚ましたようだ。

 太陽はもうすでに天中にまで至っている。

 彼女が起き上がりながら、腕を伸ばすと柔らかい双丘がプルンと揺れる。

 そんな様子を見ていた僕が未だに横になったまま固まっているのを見たシルフィーさんは、疑問に思ったのか質問してくる。

 「あれ?クロード君どうしたの固まっちゃって?」

 「シルフィーさんががっちりフォールドしてたから、動けなかったんですよ」

 そう苦情を言うと、綺麗な顔に苦笑を浮かべながら謝ってくる。

 「あっ、ご、ごめんねぇ~。でも、こんなによく眠れたのは久しぶりだよ。ありがとね、クロード君」

 そして、シルフィーさんはとても魅力的で素敵な笑顔を僕に見せてくれた。

 その笑顔にドキッとする自分がいる。

 彼女との出会いは、僕にリリアとの関係をもう一度冷静に考える機会をくれた。

 この先、彼女は僕に何をもたらしてくれるんだろうか?

 それとも、ここでお別れなのかな?

 期待と不安が綯い交ぜになりながらも、心の中でリリアにそっと謝罪する。

 『ごめん、リリア。僕はどうやら浮気者です。鉄拳制裁は覚悟してます。だから、今は許してね』

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