第16話 ミリラリアの不安(改稿第2版)
ノースハイランド王国・ノルトラン領にあったダンジョンが消滅してから一月以上が経過したある日の事、ノースハイランド王国の隣国であるエルトラン魔法王国の王都エルトランにあるミリラリア邸に一通の手紙が届けられた。
「ミリラリア様、ノースハイランド王国ノルトラン領の領主メルフィス様から手紙が届いております」
筆頭執事が執務室に居るミリラリアに届けられた手紙を渡す。
「あら、めずらしいわね。何時も若造りババアとか言って敬遠してるのに。そういえばあそこのダンジョン、原因は不明だけど消滅したのよね?」
「はい、そう聞いております。何でもダンジョンを中心に半径十キロ四方が消滅したと……。領都の一部もそれに巻き込まれたらしいですよ」
彼らが私の事を『若作りババア』というのは理性では納得はしているが、気分のいいものではない。
ミリラリアは、普人族の血の他にエルフ種族の血も流れているため外見はまだまだ二十代にも達していないが、普人族で言えばすでに高齢の老人の域に達している。
しかも、エルフ種族の血が色濃く出ていて、外見上はエルフ種族そのもの。
そんな自分がどう見られているかは理解しているつもりだ。
メルフィス達はミリラリアをエルフ種族だと勘違いしているようだが訂正するつもりは全くない。
ハーフエルフなど、どちらの種族にとっても侮蔑の対象でしかないからだ。
だったら、エルフ種族だと勘違いさせておいた方が何かと便利だ。
ミリラリアがメルフィスから送られてきた手紙を開封し、広げるとそこに書かれていた内容に目を走らせる。
「あらあらまあまあ」
「どうかなさいましたか?」
「いえね、一人の冒険者を教育してくれって書いてあるのよ。それがどうも訳ありみたいで、事情がはっきりと書かれていないのよ。それに、新しいダンジョンが見つかったって書いてあるわ」
「それはまた、キナ臭いですね……」
顎に手を当て、暫らく考え込んだミリラリアは、筆頭執事に指示を出す。
「大急ぎで悪いけど、ノルトラン領内で起こったダンジョン消滅と新たなダンジョンが見つかった経緯やそれに関連する貴族や商人たちの噂なんかを調べてもらえるかしら?」
「わかりました、直ちに。して、期間は?」
「一月程あればいいかしら。よろしくお願いね」
筆頭執事が退室すると、手紙を机に放りだすミリラリアは、椅子の背もたれに身体を預ける。
手紙には詳しい事情は書かれていなかった。
書かれていたのは、先程の筆頭執事に言った一人の冒険者の教育の依頼と新しいダンジョンが見つかったという簡単なものだけ。
詳しい事を書かないのは、冒険者仲間だった頃からのメルフィスの癖みたいなものだ。
こうやって人の興味を引き、依頼を持ちかけてくるのだ。
興味を引けたら、あとは此方をうまく丸め込んで、厄介な依頼を格安で押し付けてくる。
だから迂闊に話に乗ることはできない。
事前調査は大切だ。
だが、相手はあのメルフィスだ。
情報は秘匿されている可能性が高い。
だから、その周りの噂や出来事の話が重要になるが、一体何が出てくるのやら……。
迂闊にかかわったりしたら、私自身の身にも影響が出てきそうよねぇ。
取り敢えず、情報が集まるまでは静観の構えでいましょう。
そして、私に厄介ごとを押し付けようとしたメルフィスには、高い代償を払ってもらわないと。
ミリラリアはそう思いつつ、どんな代償を払わせるか考えて微笑んでいた。
そして一月後の執務室で、集めた情報の報告を筆頭執事から聞いていた。
報告を聞いていたミリラリアが一番最初に感じた感想は、事件の本当の黒幕ってメルフィス達なんじゃないかしらというものだった。
こういう場合、誰が一番得をしたかが重要になってくる。
冒険者ギルドと特定クラウンとの癒着。
新しいダンジョンの秘匿。
女性冒険者の性奴隷化。
ダンジョン秘匿のために村一つをモンスターに襲わせて全滅させた。
ここまでは良い。
その後、広域冒険者ギルドのギルドマスターと懐刀のSランク冒険者が監査に入り、冒険者ギルドのギルドマスターは逮捕、癒着していたクラウンは解散、メンバーは犯罪奴隷に落とされ、サブリーダーのヘイロンも逮捕。
その際、監査に入ったSランク冒険者が回復術師の女性冒険者に手を出し、事態が混乱する。
その女性冒険者には三女神の婚姻誓約を交わした男性冒険者がおり、Sランク冒険者はダンジョン内で男性冒険者を殺そうとしたが失敗、その際にダンジョンが消失。
女性冒険者は教会に預けられるが、重度の薬物中毒であることが判明、現在治療中。
三女神の婚姻誓約は無事に解消されるが、Sランク冒険者が新しいダンジョンの査定に関わっていて女性冒険者の近くにいるため禊が行えない状況にあるとのこと。
三女神の婚姻誓約解消に同意した男性冒険者はすでに領地から立ち去っており、居場所が解らなくなっている。
女性冒険者はその後、領主と教会司祭長、広域冒険者ギルドのギルドマスターの後見を受けることに……。
うん、どう考えても一番利益を受けてるのはこの三人じゃない!
考えようによっては、この女性冒険者が男性冒険者に対する人質とも受け止められるわ。
で、私は男性冒険者を教育するというか、監視役よね?
これって迂闊に関わると、拙い案件じゃないのよ。
迂闊にかかわって、私も黒幕の一人なんて思われたら最悪だわ。
代償を払わせるか考えてる場合じゃない。
筆頭執事の報告が終わると、ミリラリアは暫らく俯いて黙考していたが、顔を上げると筆頭執事に問いかける。
「ねえ、エルトラン魔法王国の宰相閣下に面会の予約入れられないかしら?」
「入れられるとは思いますが……」
「このまま単独で動くと大変なことになるから、国も巻き込むわよ」
「わかりました。早速予約を入れておきます」
これで何とかなるかしら?と思いながら一抹の不安を覚えるミリラリアであったが、その不安が的中することになるのはまだ先の話である。
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