第22話 とあるバスケットボール部員の行き違い【問題編】②
ガッチガチに緊張した
「黄山君、はい、冷めないうちにどうぞ」
「はいっす! ……あっ」
手を伸ばそうとした黄山君の膝から、バスケットボールが転げ落ちそうになる。慌ててバスケットボールを捕まえたものの、そのままなんとかティーカップを手に取ろうとする姿に思わず吹き出してしまった。
「バスケットボールは隣に置いたら?」
「えっ? あっ、そうか」
一瞬キョトンとした後で、恥ずかしそうに顔を赤くする。よっぽど緊張していたみたいだ。バスケットボールを隣に置いて、転げ落ちないことを確認すると、ようやくティーカップを手に取る。
「うまっ」
ぎこちない手付きでマサラチャイを一口飲んだ黄山君が、大きく目を見開いて呟く。そのまま、かぼちゃスコーンにも手を伸ばす。
「こっちもうまっ! このお茶、見た目ミルクティーなのに、すごいスパイシーっすね。甘いし、ミルクも濃いし。すっげぇ、体が暖まるっす。このクッキーみたいな奴も、甘さ控えめなところがお茶にぴったりっす。ほろほろ崩れる感じがやばいっすね!」
「あっ、ありがとう」
さっきまでの緊張はどこへやら。怒涛のように繰り出される黄山君の食リポに、若干たじろぐ。そんな俺の様子に気が付く気配はなく。黄山君の手はせわしなくチャイとスコーンを行き来している。
「ご馳走様っす! めっちゃ美味しかったっす!」
あっと言う間にどちらも完食した黄山君が、ぱちんと音をたてて手を合わせる。その姿に俺と先輩は思わず顔を見合わせてしまった。
その無言をどう取ったのか。黄山君がまた急に慌て始める。
「えっ? あっ、俺、なんか失礼なことしたっすか?」
「いやいや、見事な食べっぷり。見ていて気持ちがよかったよ。モナミも作り手冥利に尽きるといったところだね」
そう言って微笑む先輩の姿に、黄山君がハッとした顔をする。
「あっ! そっか。すみません。こういうのって、おしゃべりしながら、ゆっくり食うもんっすよね? 俺、がっついちゃって」
「そんなことないよ。美味しそうに食べてもらえて嬉しいよ。それより、おかわりはどう?」
「いいんすか? ぜひ!」
パアッと音がしそうな程に嬉しそうな顔でティーカップと皿が差し出される。これだけ喜んでもらえたら、本当に作り手冥利に尽きるというものだ。
「ところで、黄山君はどうしてウチにきたの? まさかミステリ研究会に入会希望ってわけでもないでしょ?」
お代わりをローテーブルに置きながら、話を振る。ティーカップに伸びかけていた黄山君の手が止まる。そのまま隣に置かれたバスケットボールを手に取る。そして。
「ダイスケでいいっす。あの。このバスケットボールを直して欲しいんす!」
「は?」
真っ直ぐ前へと差し出されたバスケットボールに、目が点になる。先輩の顔を見るけど、先輩もキョトンとした顔。マグカップを持つ手が中途半端な空間で止まっている。
「あっ、えっと、うん」
トレイを小脇に挟んで、とりあえずバスケットボールを受け取ろうとした。でも。
「えっ?」
手を差し出そうとしたのに、でない。なぜか背中を嫌な汗が流れる。
なんで?
自分のことなのに理由がわからない。バクバクと自分の心臓の音が嫌に耳へと響く。
黄山君が訝しげな顔で俺を見ている。
何? 何が起きている? 俺、どうしたんだ?
「モナミ、どうしたんだね? ぎっくり腰かい?」
「へっ?」
先輩の飄々とした声に、体に入った力がふっと抜ける。
「そんなわけないでしょ! はい、黄山君、じゃなかったダイスケ」
「えっ? あっ、はいっす」
先輩につっこみをいれつつ、戸惑うダイスケからバスケットボールを受け取る。
何事もなかったかのように先輩はシレッとココアを飲んでいる。
一体、今のは何だったんだろ?
「さて、モナミ。観察の練習だよ。そのバスケットボールに何か変わった点はあるかい?」
俺は受け取ったバスケットボールをまじまじと眺める。
「ゴムではなく革製のバスケットボールか。体育の授業ではゴム製を使うから、これは部活用。ということはダイスケ、君はバスケットボール部ってことだよね」
「はいっす」
「う〜ん、結構使い込まれてはいるけど」
手に持ったバスケットボールをくるくると回す。目立った傷も汚れもない。
フンッ。
両手で挟んで押してみるけど、空気漏れもなさそう。
「別に変わったことはないっぽいけど。というか、なんでウチに? 普通に考えて、持っていくならスポーツ用品店だよね?」
先輩の顔をうかがってみたものの、先輩も肩を竦めるだけ。ダイスケが来た理由はみえてこない。
「やっぱ、そうっすか。そうっすよね。どこも変じゃないっすよね」
「ん?」
沈んだ顔で呟くダイスケの言葉に、俺と先輩は首を傾げる。
「黄山君、キミはバスケットボールに異常がないことを承知の上でここに来たということかな?」
そうなのだ。今のダイスケの言い方じゃ、バスケットボールに修理が必要とは思ってなかったみたいに聞こえる。じゃあ、なんでウチにわざわざ来たのか?
「なぁ、もしかして、ウチにきた理由は他にあるんじゃないのか?」
ダイスケの肩がビクッと跳ねる。どうやらアタリらしい。
でも、俯いたままダイスケは黙り込んでしまった。
どうしたものかと思っていたら。
「俺、バスケを続けたいんす」
「へっ?」
やっとでてきたのは、某漫画の有名なセリフに似た言葉だった。しかも、やっぱり話が見えてこない。
「えっと、ダイスケ」
「モナミ」
もう少し詳しく話を聞き出そうとした俺を先輩がそっと止める。と、ダイスケがまた口を開く。
「俺、見てのとおりのチビだし、バスケ始めたのも中学からなんす。俺の代は、他はみんな経験者なんすよ」
あぁ、スタートラインとして、それはちょっと厳しいかも。
でも、身長はこれから伸びるし、実力も練習次第でまだまだ巻き返せる。そう言おうとしたんだけど。
「だから、俺めっちゃ下手で。ゴールデンウィークあたりかな。これは無理じゃね? って。辞めよっかなって思ったんすよ」
今はもう三学期。ということは。
「でもとある先輩が、好きなら辞めるなって。背は伸びるし、実力不足は練習しろって。俺のために自主練も付き合ってくれたんす」
「いい先輩に恵まれたんだね」
「はいっす! 俺、
赤井?
ダイスケの口からでた名前が、なぜかひっかかった。
なんでだろ?
「でも、どうしたんだい?」
先輩の言葉で我に返る。
「昨日も赤井先輩に自主練をみてもらってたんす。俺、まだまだだけど、ちょっとは上手くなったと思ってたんすよ。なのに、帰り際に言われたんす」
「なんて? ん?」
そこで言葉を切ったダイスケは俺に手を伸ばす。その目が俺の手にあるバスケットボールを見ていることに気が付いた。俺はダイスケから渡されたバスケットボールを返す。
「これ直しとけって。壊れてなんてないのに」
バスケットボールを両手でつかんだダイスケが続ける。
「実は迷惑だったんすかね。俺、チビのままだし、ちょっとマシになったくらいで、下手は下手のまんまだし。こんな無理難題、俺、どうしたらいいんすかね」
今にも泣きだしそうな、それを必死でこらえるダイスケの声に先輩が眉をしかめる。
家庭科準備室に重苦しい空気が立ち込める。でも。
「違う、違う! ダイスケ、そんなんじゃないって。勘違いだよ!」
俺はおもわず吹き出してしまった。
「近藤先輩、どういうことっすか?」
「モナミ、どういうことだい?」
そんな俺を、ダイスケどころか先輩までもが驚いた顔で見つめてくる。
「ダイスケ、バスケを辞める必要なんて全然ないよ。この謎、俺がさくっと解決してみせようじゃないか」
険しい顔をする二人を前に俺は胸を張る。
今度こそ、名探偵の助手が大活躍してみせようじゃないか。
*****
『とある演劇部員の片想い』に続いて、またもや助手の名推理です!
果たして今度こそ名推理になるのか?それともまた迷推理なのか?
ちなみに、これは私の実体験だったりします。
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