第21話 とあるバスケットボール部員の行き違い【問題編】①
とある地方都市にある中高一貫
歴史があるといえば聞こえはいいが、ようはボロい旧校舎の二階の隅。家庭科準備室で俺と先輩は今日も読書に勤しんでいた。
文化祭に体育祭、合間に中間試験と期末試験。二学期は慌ただしく過ぎて、冬休みも終わり。三学期が始まっていた。
――ねぇ、進捗なさすぎない? 文化祭、終わったよ。冬休み終わったよ。後夜祭に誘うとかさ。まぁ、クリスマスとまでは言わないよ。でも初詣に誘うとかさ、何かあったでしょ。なぁ、ヘタレか? ヘタレなのか?
いや、辛辣! 新年早々、辛辣過ぎない? いつもの、なぜ家庭科準備室で読書? 、のくだりはどこへいったの?
――お約束はもういらないって言ったのは、そっちじゃん。
確かに言った、言ったよ。でも、だからって直球過ぎない? 前置きとか、オブラートとかって言葉を知らないの? ってか、デリカシーなさ過ぎない?
――今更、何を他人行儀なことを。
他人だよ! 赤の他人! 真っ赤っ赤だよ!
――そんなことより、もう残されたイベントは一つだけだよ! 大丈夫なの?
えっ? 残されたイベントって? 節分?
――そんなわけあるか! 節分に何をするんだよ! コスプレか? 鬼のコスプレでもするのか? なんだよ、緑の髪のあの子になってもらうのか?
いや、悪かったよ。冗談だって。
それに緑の髪の子は絶対にやってくれないと思うよ。そもそも先輩に頼む勇気もないんだけど。
――わかってるわ、そんなこと! 誰が頼めって言った? おい、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! 三学期のイベントと言えば、バレンタインに決まってるだろ! あぁ? いつまですっとぼけたこと言ってんだ? まじでしばくぞ!
いや、口悪っ! いつからそんなキャラクターになったの? とりあえず落ち着いて。
――落ち着いてられるか!
元気だなぁ。バレンタインねぇ。まぁ、あるけどさ。
「バレンタインに女性からチョコレートを贈るというのは、日本だけだよ」
「えっ? そうなんですか?」
「あぁ。国によって様々だが、男性から贈る方が一般的だな」
「へぇ。……って、先輩。だから、俺、口に出してます?」
俺の言葉をいつものように先輩が華麗にスルーする。マグカップのココアを一口。先輩は嬉しそうに目を細める。そして。
「だから、モナミから私に贈り物をしてくれても構わないと言うわけさ」
サラリとすごいことを言ってくれた。
「はっ? えっ? 俺から? バレンタインに? 先輩へ? えっ? それって」
受け取ってくれる、ってこと?
俺から告白すればオッケーしてくれるの?
それとも、それとこれとは話は別なの?
えぇ、どういうこと?
突然の爆弾発言に理解が全く追いつかない。
えっ? 確証が持てないと告白できないのかって?
できないよ! 悪かったなヘタレで。だって、失敗したら今の関係が壊れちゃうかもしれないんだぞ。慎重にもなるさ!
ここは多少(いや、かなり? )格好悪いけど、きちんと聞いておきたい! そう思って口を開こうとしたら。
「モナミ、お茶の準備を。久しぶりにお客様のようだよ」
「えっ? ……あっ、はい」
見事に出鼻をくじかれた。
すごすごとコンロに向かった俺は、小鍋を火にかけて中身を温め直す。トレイにティーカップとお茶菓子を用意して。
「あれ?」
ここまで準備したのに、誰も家庭科準備室に入ってこない?
「先輩、勘違いだったんじゃないですか?」
振り返ってソファに座る先輩へ声をかける。すると、やれやれ、と首を横にふられてしまった。
「モナミ、観察は探偵の基本だよ。ほら、ドアを見てご覧」
少しムッとしながら家庭科準備室のドアに目をやる。
「あらら」
窓に嵌ったすりガラスから、左右に行ったり来たりする頭が見え隠れしている。どうやら、家庭科準備室に入るか逡巡しているみたいだ。
「どうします?」
「今回のお客様は、ずいぶんとシャイなようだ。モナミ、お手数だがドアを開けてもらえるかな」
「はいはい」
別にお手数でも何でもないしね。
ガラガラッ。
「えっ? あっ!」
「ん?」
ドアの前に立っていたのは、小柄な少年。身長とネクタイの色から判断するに中等部だろう。その手には、バスケットボールが抱えられている。
なぜバスケットボール?
すごく気にはなるんだけど、ずいぶん緊張しているみたいだし。
「いらっしゃい。今日のお茶は甘くてスパイシーなマサラチャイ。お茶菓子は、かぼちゃスコーン。チャイはアッサムがベースのオリジナルレシピ。かぼちゃスコーンももちろん手作り。どう? 寒い冬の夕暮れには、ぴったりだよ」
とりあえず食べ物で釣ってみよう。
「モナミ、お誘いが唐突すぎないかい? とはいえ、彼のお茶とお菓子は、逃すと後悔する一品だよ。少年、よければどうだい?」
「あっ、あの、えっと」
あたふたする少年にもう一度声をかける。
「別に取って食ったりしないから、中に入ったら? 何か相談したい事があってきたんでしょ?」
まさかバスケットボールをもって、ミステリ研究会に入会希望というわけでもあるまい。ということは、彼の用事は家庭科準備室の名探偵あて。つまりは依頼人ってことだ。
俺だって、これぐらいの観察眼はあるんだからな。なんて思っていたら。
「中等部一年、
「「おぉ」」
きっちり直角のお辞儀と、旧校舎中に響き渡りそうなくらいの大声とともに、黄山ダイスケ君は家庭科準備室に入ってきたのだった。
*****
読んでいただきありがとうございます!
当初から一年間のお話と決めていたのですが、まさかの真夏に真冬の話を書くことに。
暑さを頭から追い出して頑張りたいと思います!
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