第20話 閑話休題 とある二人の昼休み

「屋上も過ごしやすくなってきたな」


 文化祭も終わり随分と涼しくなった屋上で、緑川みどりかわジュンジが隣に声をかける。しかし返事はない。その姿を見てジュンジが軽くため息をつく。


「近藤は気が付いてないから大丈夫だよ。それにヒサヨシのせいじゃない。気にするな」

「気にするよ」


 隣に座った紫村シムラヒサヨシは俯いたままで答える。


「余計なことしてごめん。俺が甘かった。ミカンには注意するように言っておいたんだけど」

「余計な事なんかじゃない。俺とヒサヨシだけで交互に相談へ行くわけにもいかなかったし。お前が福山さんを紹介してくれて助かったよ」

「でも」

「第一、俺、そんなに悩みはないよ。ヒサヨシだってそうだろ?」 

「それはそうなんだけどさ」


 暗い顔をしたままのヒサヨシを見て、隣のジュンジが大きく伸びをする。秋晴れの空はどこまでも青く澄みきっている。

 

「ほら、ヒサヨシも体伸ばしてみろよ。いい天気だぞ」

「何、呑気なこと言ってんの」


 ムッとした顔でこたえるヒサヨシの腕を無理やりとって、ジュンジはバンザイをさせた。

 

「ほれほれ」

「ちょっと! 馬鹿じゃないの!」


 嫌がるヒサヨシを無視してジュンジはなんとか伸びをさせようとする。諦めたヒサヨシがジュンジと同じように伸びをする。と、すぐに顔をしかめて言う。


「すっごい、いい天気。自慢の白肌が焼けちゃうよ」

「もう秋だし大丈夫だろ」

「だから、馬鹿じゃないの? 紫外線対策は年中必要なの」

「そういうものか?」

「そういうものなの」


 秋の昼下がり。気持ちのいい風が通り過ぎていく。しばらくの沈黙の後。


「ありがとう」


 ぽつりと呟いたヒサヨシに、ジュンジが無言でうなずく。

 

「それにしても、家庭科準備室の名探偵、かぁ。参ったな」


 姿勢を元に戻したジュンジが眉間に皺を寄せる。


「なんだかんだで相談事は、解決しちゃってるからねぇ」

「無駄に優秀なんだよな」

「無駄にって」


 俺たちもお世話になったじゃん、と言われて、ジュンジの眉間の皺が更に深くなる。


「今のところ予防策が効果を発揮してはいるみたい。どちらかというと学校の怪談みたいな感じで広がってるみたいだよ」

「怪談ねぇ。依頼人が来てくれるのは、ありがたいが」

「予防策がいつまで効くかだよねぇ」


 ヒサヨシの言葉を最後に屋上に沈黙が流れる。

 すると屋上にもう一つ、人影があらわれた。


「えっ?」

「なんで?」


 予想外の来客だったのか、ヒサヨシとジュンジの口から戸惑いの声がもれる。

 

 そこにいたのはがっしりとした体型の長身の青年。浅黒い肌に短く刈り込んだ髪、制服の半袖からのぞく太く筋肉質な腕。

 小柄で可愛い系のヒサヨシや、痩身で明らかにインドア派に見えるジュンジとは、あまり接点がありそうにはなさそうなのだけど。


「なんでお前がここに?」


 どうやら知り合いらしい。

 青年の名前は赤井あかいサトシ。ジュンジとヒサヨシと同じ高等部二年生。そして。


「ジュンジ、ヒサヨシ。近藤の噂をきいたんだ。……俺のせい、なんだよな」


 近藤とも知り合いのようだった。

 おずおずと告げられたサトシの言葉に、ヒサヨシが弾かれたように立ち上がる。


「はぁ? 今更、何言ってんだよ! 俺のせい? どの口が言ってんの? ってか、お前、もう近藤に関わってくるなよ!」


 その目には怒りと嫌悪しか浮かんでいない。

 どう見ても体格的には勝っているサトシがヒサヨシの言葉に怯む。


「ヒサヨシ、やめとけって」

「ジュンジ! だって!」


 憤るヒサヨシをジュンジがとめる。

 屋上に座り込んだままの姿勢でジュンジがサトシを見つめる。


「たとえ原因がお前だとしても、お前には関係のない話だ。悪いがもう近藤には関わらないでくれ。顔も見たくないんだ。俺もヒサヨシも、近藤もな」


 無表情で告げられる拒絶の言葉。秋の日差しを反射して、ジュンジの銀縁メガネがギラリと光る。

 悲痛そうな目でジュンジとヒサヨシを見るサトシ。何か言おうとしたのか口元が動くが、音にならない。


「……わかった」

 

 絞り出すような声でそれだけ言うと、サトシは屋上を去っていった。 

 その姿をジュンジとヒサヨシは、無言で見送るのだった。

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