第23話 とあるバスケットボール部員の行き違い【解決編】
冷めきってしまったココアとマサラチャイのお代わりをローテーブルに置く。
「近藤先輩、早く教えてくださいっす! 勘違いってどういう事なんすか?」
「モナミ、今回ばかりは私もお手上げだよ」
折角用意したお代わりなのに、ダイスケも先輩も手を付ける様子はない。俺もソファに腰をおろして、トレイも脇に置く。
「ダイスケ、確認だけど、バスケットボールを『なおしておけ』って言われたんだよね」
「はいっす。間違いないっす」
「言われたのって、自主練が終わった後、片付けをしているときじゃない?」
「そうっす。その日は
「なおしとけって?」
うなずくダイスケを見て、俺は確信する。
「うん。ダイスケ、そのバスケットボールは普通にしまっておけば大丈夫だよ。明日からも今までどおりでいればいいさ」
「モナミ、それは赤井君とのことは忘れてしまえということかい? ちょっと荒療治が過ぎるんじゃ」
「そんな! 無理っすよ!」
抗議の声をあげる先輩とダイスケに、俺は慌てて首を振る。
「違う、違う! そうじゃなくて、関西弁では、片付けておくことを『なおす』って言うんだよ」
「はっ? 関西弁? いや、赤井先輩は関西人じゃないっすよ。普段も関西弁なんて話してないっす」
そう。
「赤井のお父さんが大阪の人なんだよ。アイツ自身は大阪に住んでいたことはないんだけど、言葉はやっぱうつっちゃうところあるんだって」
「なるほど。良く聞く話だね」
「自分は関西人じゃないのに関西弁なんて恥ずかしいって、いつもは注意してるらしいんだけど、気が緩むと出ちゃうんだって」
「えっ? それって」
「ということは
先輩の言葉に俺は大きくうなずく。
「ダイスケ、君はバスケ部を辞める必要なんて、全然ない。むしろ、赤井はダイスケにそれだけ気を許しているってことだよ」
「本当っすか!」
ローテーブルから身を乗り出して聞いてくるダイスケに俺は笑って答えた。
「何なら言ってご覧。『なおす』って関西弁っすよ~って。赤井の困り顔を見られるよ。ちょっとレアだろ?」
「ありがとうございます! やっぱり近藤先輩に相談してよかったっす!」
「いやいや、そんな」
まぁ、助手だってたまにはやるのさ。なんて答えようとした俺は、続くダイスケの言葉に凍り付いた。
「近藤先輩、やっぱバスケ部に戻って来てくださいよ。赤井先輩と仲良かったんすよね? 次の部長は赤井先輩って噂なんすけど、だったら副部長は近藤先輩しかいないって、バスケ部のみんなが言ってるんすよ」
「えっ?」
なんのこと?
「家庭科準備室の名探偵もすごいすっけど、伝説の赤青コンビ、俺も見たいっす!」
いや、家庭科準備室の名探偵は俺じゃなくて先輩だから。
「それじゃ、本当にありがとうございました!」
俺の困惑を他所に、ダイスケは勢いよくお辞儀をすると家庭科準備室を出て行く。
「あれ? ダイスケの奴、先輩と俺を勘違いして行っちゃいましたね。まぁ、今回は俺が活躍したし? たまには名探偵気分もいいですねぇ」
「モナミ」
先輩の榛色の大きな目が俺を見つめる。嘘を許さない静謐な目。いつもなら見惚れてしまうその目から、何故か俺は目を逸らした。
「気が付いているんだろう?」
「嫌だなぁ。なんのことです? もう、そんな目で見ないでくださいよ。家庭科準備室の名探偵は先輩です。たまたまですって。ハハッ」
知りたくない。
とっさにそう思った俺はおどけてごまかしてしまおうとした。でも、口から零れたのは掠れた声と、乾いた笑いだけ。そんな俺を真っすぐに見つめて先輩は言葉を続ける。
「モナミ、君は赤井君と親しいようだね」
「えっ? いや、そんなことないですよ。かたやバスケ部の部長候補。俺はしがないミステリ研究会の会員、兼、ポンコツ助手ですよ。接点ないでしょ」
「しかし、キミは赤井君が親しい人にだけ関西弁を話すことを知っていた」
「あっ」
そうだ。なんで俺はそのことを知っていた?
「何より、黄山君は赤井君が高等部二年生とは一度も言わなかった。どうしてモナミは赤井君がキミの知る赤井君だと思ったんだい?」
「えっ? だって、バスケ部の赤井って言ったら、アイツしか」
「どうして? 黄山君は中等部一年生だ。彼が先輩と呼ぶのは中等部二年生以上。赤井というのはそこまで珍しい苗字ではない」
「いや、バスケ部に赤井は一人しかいないから」
「モナミ、だから何故キミはそれを知っているんだい? まさか、学園の全ての生徒の部活をキミは把握しているとでも?」
詰んだ。
何が詰んだのかわからないけど、この瞬間、俺はそう思っていた。
でも、本当に何が?
「あの、先輩」
「モナミ、そろそろ下校時間だ。今日はここまでにしよう。私は先に失礼するよ」
俺の言葉を遮って先輩がソファから立ち上がる。
「先輩! 待ってください! 一体」
スッ。
綺麗な白い指が俺の口をそっと塞ぐ。
「モナミ、いつも言っているだろう? キミの灰色の脳細胞に号令をかけるんだ。キミならきっと真実を見つけられるはずだよ」
私の優秀な助手ならばね。
そう言うと先輩は家庭科準備室を出て行った。
「あっ」
ローテーブルには冷めきったココアの入ったマグカップだけが残されていたのだった。
*****
この物語は「伏線」が一つのテーマでした。
日常のちょっとした困りごとの影に隠れていた秘密。ここまで読んでいただけた方には、ぜひ最後までお付き合いいただきたいです。よろしくお願いします!
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