第15話 とある演劇部員の片想い【問題編】①
とある地方都市にある中高一貫
歴史があるといえば聞こえはいいが、ようはボロい旧校舎の二階の隅。家庭科準備室で俺と先輩は今日も読書に勤しんでいた。
秋も深まり、もうすぐ文化祭。学生生活の一大イベントを控えて、学園中が浮足立っている。文化部ばかりで普段は静かな旧校舎も、この時期だけは出し物や模擬店の準備で賑やかだ。
――で? 君たちはなぜ家庭科準備室でのんびり読書?
いやいや、まだ聞くの? お約束とかいらないって言ったよね。
はぁ。だから、それは僕たちがミステリ研究会の会員で。
――そうじゃなくて、文化祭なんでしょ? 自作のミステリ作品を配るとか、流行りの謎解きで模擬店をだすとか。何かないの?
あぁ、そういうことね。しない、しない。最初に話したじゃん。好きな推理小説を各々読んで、面白ければ時々話すだけって。
――ミステリ研究会の認知度をあげようとかないの? そんなんじゃ、新入部員なんて一生入らないよ。
いや、俺、文才とかないし。模擬店やるにも二人しかいないしね。何より先輩はそもそものやる気がなさそう。
――残念すぎて返す言葉もないよ。
悪かったな。……って、あれ?
いつもならそろそろ先輩のつっこみが入るはずなのに今日はない? そういえばさっきからずいぶんと静かな気が。
不思議に思ってソファを見た俺は息をのんだ。
寝てる。
そこには少しうつむき加減で眠る先輩がいた。
秋の夕暮れ。少しひんやりとしてきた風が先輩の長い髪をサラサラと揺らしている。
さっきまで読んでいた本が今にも膝から落ちそうだ。本を避けようとして手を伸ばすと、フワリと甘い香りがした。
花のような香りに誘われるようにふと顔をあげると、目の前に先輩の顔が。
透けるような白い肌。閉じた瞼を縁取る長いまつげ。印象的な榛色の目が隠されただけで、随分と雰囲気が違う。
薄っすらと開かれた唇からすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。今日は紅色には染まっていない桜色の唇に、目を奪われる。
こんなに近くで先輩の顔を見るのは初めてだ。
あと少し手を伸ばせば、先輩に届く。本を取るつもりだった手が先輩の長い髪に触れる。
ガラガラッ。
「ねぇ、ミステリ研究会ってここ? ちょっと探して欲しいものがあるんだけど」
ビクッ! ガタンッ! ズサッ!
「いってぇ~」
突然の来訪者に俺は足を抱えてうずくまった。
◇◇◇◇◇
「なんかごめんねぇ」
数分後。俺の淹れた紅茶を受け取りながら、突然の来訪者が謝罪を口にする。
「いえ。別に」
この人、絶対に面白がってる。悪いなんて微塵も思ってなさそうな目と言葉に、憮然とした顔で答える。
そんな俺の態度すら面白そうににやにやと眺めているのは、演劇部の部長、立花
えっ? 学年も部活も違うのになんで知ってるのかって?
そりゃ知ってるよ。だって演劇部の立花先輩といえば。
「さて、自在の魔女が、辺境の旧校舎にきた理由は何かな? 今は一番忙しい時期だろうに」
そう、この学園で立花先輩を知らない生徒はいない。もしいるとすれば中等部の一年生だけ。それだって、実際に目にしたことがないって話だけで、噂はとっくに知っているはずだ。
もちろん、本当に魔女なわけじゃないし、立花先輩に怪しげな何かがあるわけじゃない。
自在の魔女が学園に降臨したのは、今から五年前。立花先輩が中等部一年生のとき。残念ながら俺も実際には見ていないけど、有名な話だ。
まだ演劇部に入ったばかりの立花先輩は、中等部一年生にも関わらず文化祭の公演で役をもらった。とは言え、もちろん端役も端役。でも、その公演を観た全員の目を奪い、印象に残ったのは、その端役の少女だった。
そこから立花先輩の伝説が始まる。次の文化祭では見事に主役を射止めて、公演自体も大盛況。それを機に演劇部は学園内外で積極的に自主公演を行うようになった。
もちろん主役は全て立花先輩。お姫様から町娘、王子様から少年、果ては仮面の怪人や、やんちゃな妖精まで。変幻自在に演じる立花先輩の姿に、ついた呼び名が自在の魔女。
そして、立花先輩とともに銀杏学園の演劇部といえば、地元ではちょっと名のしれた存在となったということだった。
「なるほど」
立花先輩を目の前にして、おもわずため息とも感嘆ともつかない声がもれる。
さすがは自在の魔女。
初めて目の前で見た立花先輩は、正直言って、ものすごい美人というわけではなかった。すらりとした長身、のびやかな手足、小さな顔。確かにスタイルはいいけど、これと言って派手な顔でも、愛らしい顔でもない。あっさりとした、ある意味個性のない顔だった。
でも、存在感が違った。どう違うのかと聞かれると困るのだけど、立花先輩を取り巻く空気が違うのだ。多分、これがよく言うところのオーラってやつなんだろう。
「そんなに険しい顔で見ないでよ。本当にごめんって。でも何をしようと」
「わぁ〜! わぁ〜! 立花先輩、何か探して欲しいとか言ってませんでした?」
慌てて立花先輩の口を塞いで、話を強引に変える。
全く! この人は何を言おうとしてくれてるんだ!
「モナミ、失礼だよ。その手を話したまえ」
「えっ?」
どこか棘のある先輩の言葉に俺は自分の手を見る。と、自分のしでかしたことに気付いて、飛び上がった。
「すっ、すみません!」
掌へと残る柔らかい感覚に汗が止まらない。
とっさのこととはいえ、立花先輩の顔、と、唇にいきなり触れてしまっていた。
あたふたする俺を立花先輩が面白そうに見ながら。
「近藤君、だっけ? 女性の口を塞ぐなら、手じゃなくてもっと他のものがあるでしょ? なんなら教えてあげようか?」
「はい〜?」
爆弾発言に声が裏返る。
この人は本当に何を言ってるんだ!
「立花、からかうのはいい加減にしたまえ! 用事がないならお帰りいただけないかな! 私は読書を楽しみたいんだ!」
とうとう先輩まで怒り出した。その姿に立花先輩がバツの悪そうな顔をする。
「ごめん、ごめん。近藤君の反応が面白くてつい」
そこで言葉を切ると、立花先輩は家庭科準備室をぐるりと見回す。何かを見つけた顔をした立花先輩が、ソファから立ち上がる。そのまま、真っ直ぐコンロへと向かう。
謎の行動はまるで舞台のワンシーンのようで、理由を問うのを忘れて思わず見入ってしまう。さすが自在の魔女。何気ない行動も様になるものだ。
でも、その後の行動に俺と先輩は別の意味で言葉を失った。
「アガサさん、お願いします。消えたヴェールを探してください」
美しい角度のお辞儀は、ソファにいる先輩を無視して、なぜかコンロに向かってされたのだった。
*****
読んでいただきありがとうございます。
少しお休みをいただいていたのですが、再開できることになりました。
八月中に完結が目標です!またお付き合いいただけたら嬉しいです。
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