第16話 とある演劇部員の片想い【問題編】②

 立花先輩はコンロに向かって頭をさげたまま。

 俺はその光景に理解が追いつかなくて、言葉を失っていた。

 家庭科準備室に気まずい沈黙が流れる。


「モナミ、立花に新しいお茶をお願いできるかな。どうやらお代わりをご所望のようだ」

「えっ?」


 先輩の言葉に俺は耳を疑った。いやいや、どう考えても違うでしょ。


「いいから。お茶のお代わりをお願いするよ。そして、立花! いい加減にしたまえ! 確かに私は読書の続きをしたいと言ったし、かつては本の虫と呼ばれもしていたさ。しかし、本の虫は本そのものにはならない! そもそも、その本は私のものではなく、ここにいる近藤のものだ!」

「はい?」


 俺の本? その言葉にコンロを見れば、確かに緋色の表紙の本がコンロ脇に置いてある。そう言えば、お茶を淹れるために湯を沸かしていた時に読んでいたんだったっけ。

 でも、本の虫って何の話? 首を捻る俺に先輩が続ける。


「モナミ、立花は私を揶揄っているのさ! いいから、新しいお茶と一緒にココアのお代わりも淹れてくれたまえ!」


 揶揄っている? えっ? あぁ、そういうことか!

 ようやく合点のいった俺は思わず笑いだしながら、まだお辞儀をしたままだった立花先輩に声をかける。

 

「立花先輩、アガサ先輩もそう言ってますし、ソファに戻ってください」

「えっ? アガサさん?」


 顔を上げてソファを見る立花先輩の驚いた顔に、さすが自在の魔女、と心の中で称賛を送る。驚いたふりも百点満点だ。

 

「はいはい。もういいですから、どうぞ。俺はお代わりのお茶とココアを用意しますんで」


 そういって俺は立花先輩にソファを勧めると、コンロに薬缶と小鍋をセットする。

 

「それにしても、アガサ先輩って呼び方。随分、広まってるんですね」


 お茶とココアのお代わりをしながら、立花先輩に声をかける。


 ここで一つ説明を。

 さっきからアガサ先輩と呼んでいるけど、本名は阿川先輩だ。先日、とあるお悩みを解決した時に、依頼人が阿川とアガサを聞き間違えた。先輩がそれをいたくお気に召して、そのままにしてしまったのだ。


 ちなみに先輩が好きなミステリはご想像のとおり、あの髭が見事な小男のシリーズです。


 言っておくけど、俺はヘイスティングズとか名乗ってないからね。先輩はモナミって呼ぶけど。

 

「えっ? あっ、うん。そりゃ、そうよ。家庭科準備室の名探偵といえば、今や、ちょっとした有名人よ」

「ちょっとした、は、余計じゃないかね」


 先輩、謙遜ってものを少しは覚えてください。

 俺は心の中でつっこみながら、ついにやにやとしてしまった。

 そっか、ちょっとした有名人なのか。

 名探偵の助手が夢の俺としては、少し鼻が高い。


「さて、無駄話はここまでにして、本題に入ろうか」

「確かに。早くしないと下校時間になっちゃいますね」


 紅茶とココアのお代わりをローテーブルに置きながら、先輩の言葉に応える。

 

 今日の紅茶はマロンのフレーバーティー。お茶受けのかぼちゃクッキーにあわせて、思いっきり秋らしくしてみた。のだけど、先輩は相変わらずのココアだし、立花先輩もどうやらそれどころではなさそうだ。


 残念な気持ちを抑えつつ、立花先輩に声をかける。


「立花先輩、ヴェールを探して欲しいって言ってましたよね?」


 俺の言葉に立花先輩がハッとした顔をする。

 

「えぇ、そうなの。文化祭で使う小道具のヴェールが無くなってしまったのよ」

「なるほど。ヴェールということは、演目はサロメかな?」

「サロメ?」


 聞き慣れない言葉に聞き返す。と、立花先輩が意外そうな目で俺を見た。


「良くわかったわね。そう文化祭の演目はサロメなの。だからヴェールも小道具の子たちが凝ってね。真っ赤なストールにスパンコールを一つずつ手作業で縫い留めてくれたの。照明があたるとキラキラ光るのよ」

「えっ? じゃあ、手作りってことですか? それが無くなったって大変じゃないですか!」


 文化祭まであと数日。ヴェールがどれほどの手間がかかるものかはわからないけど、この流れから察するに文化祭までに次を用意できるわけではなさそうだ。

 

「そういうこと」


 俺の考えを見透かしたように立花先輩がこたえる。

 

「う~ん。部員の誰かが持っているとかは?」


 ないだろうなぁ、とは思いつつ、一応聞いてみる。でも、予想どおり立花先輩は首を横に振った。


「そんなはずはないのよ」


 立花先輩いわく、昨日の練習でもヴェールは使い、立花先輩自らが部室の衣装ケースにしまったそうだ。そして、部室の鍵も立花先輩が閉めた。

 そして、今日、副部長が部室を開けて練習を始めようとしたらヴェールが無くなっていたと言うのだ。


「昼間の間に誰かが持ち出した可能性は?」


 俺の言葉に立花先輩がまた首を振る。


「部室の鍵を借りられるのは部長の私か、副部長だけ。副部長は借りてないって。顧問にも確認したから本当よ」

「じゃあ、副部長が鍵を開けた隙に盗んだとか?」

「衣装ケースを開けたのも副部長よ。自分が開ける前に衣装ケースを触った人間はいなかったって」

「じゃあ、副部長が犯人なんじゃないですか」


 立花先輩の話を聞く限りヴェールを盗めたのは副部長だけだ。


「何のために?」

「えっ? う~ん、ヴェールのスパンコールが取れて直したかったとか」

「そんな話は聞いてないし、そもそも副部長は小道具担当じゃないから、副部長が持っていくはずはないわ。それに副部長が部室を開けたときには他の部員もいたのよ。誰の目にもとまらずにヴェールを持ち出すなんて無理よ」

「う~ん、難事件ですねぇ」

「だから、ここにきたの。お願い。今更、演目を変えている余裕はないし、ヴェールを探して」


 立花先輩の言葉に先輩は飲んでいたココアのカップを置くと口を開いた。


「立花、確か演劇部の顧問は風紀委員の藤間先生と記憶していたが、七つのヴェールとは良くお許しがでたね」

「えっ? ヴェールって七枚もあったんですか? それが全部無くなったってこと? ってか、藤間のお許しって、ヴェールが七枚あるのと、風紀委員と何の関係が?」


 驚きと疑問の声をあげた俺に先輩が大きなため息をつく。


「モナミ、少しはミステリ以外にも興味を持つことをお勧めするよ」

「まぁ、七枚っていう考え方もありっちゃありなんだけど」


 そう言った立花先輩は苦笑いしながらも説明をしてくれた。


「『七つのヴェール』っていうのは、主人公のサロメが義理の父親であるヘロデ王の前で踊る踊りのことよ。……藤間ねぇ。化学の教師だからって油断してわ。ネットで調べたみたい。今更、駄目だって言ってきたのよ」


 その言葉に先輩が肩をすくめる。


「熱心な顧問じゃないか。まぁ、藤間先生なら当然反対するだろうね」


 二人の話に全く入っていけない。

 どうやらヴェールがなくなった以外にも問題があるみたいだけど。


「あの、藤間はなんで反対を?」


 絶対、先輩が馬鹿にするだろうと思いつつ、おずおずと聞いてみる。だって、知らないものは仕方ないじゃないか。

 案の定、先輩がため息とともに教えてくれた。


「モナミ、うら若きサロメが踊るのは、義父を誘惑する踊りなんだよ」

「えっ! 誘惑?」


 思わず大きな声がでてしまった俺を見て立花先輩が笑う。


「近藤君、可愛いね。まぁ、学生のやるものだから、大したことはないんだけど。藤間がみたのはちゃんとした劇団がやるソレだったからねぇ」


 それは無茶だ。

 ダイヤモンドより硬い頭をもつといわれる藤間だ。そんな踊りのある演目を許すわけがない。


「えっ? じゃあ、サロメ自体ができないじゃないですか! でも、今更、演目を変える時間はないって」

「そう。だから、七つのヴェールの部分を照明とモノローグに切り替えてなんとかするつもり。って言っても、さっき言われたばかりだから、これから演劇部のみんなに言うんだけど」


 時間ないのに頭痛いわよ、と立花先輩がぼやく。

 どうやら構成の変更だけでも大変らしい。

 ん? でも、それなら。


「じゃあ、ヴェールはもういらないんじゃ?」


 俺の言葉に立花先輩が首を振る。


「そうもいかないのよ。ヴェール込みで衣装を考えちゃったから、ないと無理なの」


 なるほど。そういうものなのか。と、夕日を浴びたティーカップをふと見た俺に天啓が訪れた。

 なんとヴェールの在り処がわかってしまったのだ!


「わかりました! ヴェールがどこにあるか!」


 俺の言葉に二人の視線が集まる。

 ふふっ、助手だって、たまには活躍させてもらわないとね!


 *****

 今回は名探偵ではなく、その助手が活躍です!…となればいいのですが。

 次回は、解決編?、です。ぽんこつ助手から優秀な助手になれるのか。お楽しみに!

 

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