第14話 とある弓道部員の勘違い【解答編】②

 休み明けの月曜日。先輩と俺は家庭科準備室で昼ごはんを食べていた。


 ――とうとう昼休みまで家庭科準備室に籠りだしたの? もしかしてぼっちなの?

 違います! 俺だって昼ごはんを食べる友達くらいいます! 今日はたまたま! たまたまだよ。ジュンジもヒサヨシも彼女と仲良く昼ごはんだしさ。

 ……あぁ、そうだよ! ぼっちだよ! どうせ彼女がいないのは俺だけさ! 文句あるか!


 ――見事に自滅したね。ところで何食べてるの?

 えっ? 購買の焼きそばパンだけど。それがどうかしたの? ちなみに先輩は秋限定のカボチャあんぱんだよ。


 ――もしかして、先輩の分も購買で買ってきたの?

 うん、ついでだし。


 ――おい、焼きそばパン買ってこいや、って? それってパシリじゃ……。

 ちょっと待って! 違うから! 先輩が食べているのはカボチャあんぱん! 焼きそばパンを食べているのは俺! しかも、カボチャあんぱんのお代はちゃんともらっているから!


「まぁ、焼きそばパンと言えばパシリの定番だからね」

「だから、なんでわかるんですか! ってか、パシリの定番っていつの話ですか!」

「そう言えば福山さんは杏さんと仲直りできたのかね?」


 いつも通り俺の言葉を華麗にスルーして先輩が言葉を続ける。


「はい。無事に」

「それはよかった」


 先輩はにっこりと笑ってカボチャあんぱんを口に運ぶ。先に食べ終わった俺は食後の紅茶を淹れにコンロに向かう。今日はちょっと肌寒いし、ホットで。


「それにしても杏さんの痣は矢だったんですね。俺、矢が当たったらもっと大けがになるものだと思ってました」

「なんだって?」


 薬缶をコンロにかける俺の背中で、驚きの声があがる。思わず振り返った俺と目を丸くした先輩が見つめあう。


「えっ? 違うんですか? 矢が飛んでいくときに頬と腕を擦っていた。だから右頬と左腕の内側に痣ができていたって話ですよね?」

「モナミ、君の想像力には感服するよ」


 先輩が感嘆の声を上げる。でもこれって絶対、馬鹿にしてるよね?


「どういうことですか?」


 聞き返す俺を見て、先輩がやれやれと首を横にふる。


「モナミ、君の灰色の脳細胞も少しは運動させるべきだよ。考えてみたまえ、矢が刺さったら痣どころではないよ」

「えっ? じゃあ、痣はどうして?」


 まさか、本当に部活で暴力をふるわれていたとか? そんなわけない。だってもしそうなら、あの新人戦の日に先輩が言わないはずはない。

 

「そうやってすぐに答えを私に求めてはいけないよ。さぁ、モナミ、君の灰色の脳細胞に号令をかける時間だ」


 面白そうな顔で俺を見つめる先輩に内心でため息をつく。どうやら、すんなり教えてくれるつもりはないみたい。


「杏さんが暴力をふるわれていた訳でないですよね?」


 マグカップのココアを口元に運びながら、先輩が目線だけでうなずく。


「新人戦の日、杏さんと同じように右頬や左腕に痣をつくった生徒が何人かいました。つまり、あの痣は弓道部だからこそできた」

「素晴らしい。モナミ、その調子だよ」


 目を細める先輩に俺は言葉を続ける。


「でも、あの日、応援していた生徒には痣は見当たらなかった」

「おや、よく見ていたじゃないか」

「俺だってミステリ研究会の端くれですからね」


 やる時はやるのさ。

 意外そうな顔で俺を見る先輩にドヤ顔で答える。でも。


「痣は弓道部に特有のもので、しかも新人限定。だから、慣れない一年生が失敗して矢が当たってるんじゃないんですか?」


 そう問いかけたものの、どうやら違ったらしい。先輩の盛大なため息が返ってきてしまった。


「モナミ、真実の尻尾を掴みかけていたというのに残念だよ。まぁ、いい。では、真実をお話するとしよう」

「……お願いします」


 釈然としない気持ちを押し込めて、俺は先輩に頭を下げる。そんな俺に先輩が鷹揚にうなずく。

 

「まず、杏さんの痣は確かに弓道の練習でできたもの。そこまではモナミの予想どおりだよ。ただ、矢ではない。では何なのか。モナミ、矢以外に当たりそうなものがもう一つあるだろう?」


 矢以外に弓道で当たりそうなもの? あるにはあるけど、まさかそれはないよね。そう思いつつ、恐る恐る俺は口を開く。


「的、なわけないですよねぇ」

「……」


 言わなきゃよかった。先輩の無言の圧力が痛い。

 家庭科準備室に気まずい沈黙が流れる。


 いや、そんなわけないとは思ったよ。確かにあたるものだけど、遠くにあるもんね。的にふれるのなんて、片付ける時くらいだろうよ。


「モナミ、観察は推理の基本だよ。矢はどうやって飛ぶのかな?」

「えっ? 弓を引いて飛ばすんですよね?」

「そう。そのとおり。だとしたら?」


 だとしたら?


「あっ! 弓ですか?」

「モナミ、君の灰色の脳細胞はいつ起きるんだい?」


 心底残念そうに先輩が頭をふる。


「はいはい、出来の悪い助手ですみませんね!」


 うわぁ、かっこ悪っ! 俺、完全に逆ギレじゃん。

 思わずでてしまった言葉に俺は内心、頭を抱えた。

 でも、俺の言葉に先輩は一瞬目を見開いた後、なぜか嬉しそうに目を細めた。

 

 えっ? なんで嬉しそう?

 思わずキョトンとしてしまった俺を見て、先輩が慌ててマグカップのココアを口に運ぶ。


「失礼。答えは弦だよ」

「弦?」


 告げられた言葉に俺は首を捻る。

 弦って弓に張ってある紐のことだよね?

 

「そう、弦さ。矢が飛んでいく時、弦が顔や腕を掠めることがあるんだ」


 まぁ、そんなこともあるかもだけど。


「まさか弦が掠めただけで、痣が出来たり、ましてや眼鏡が壊れたっていうんですか?」


 さすがにそれはないだろう。だってただの紐でしょ。そう思った俺に先輩が、ノンノン、と人差し指を立てて横にふる。

 あっ、とうとう、ノンノンって本当に言い出した! って、今、そこは問題じゃない!

 

「モナミ、そのまさかだよ。アーチェリーと比べて作りがシンプルな分、威力も小さく思われがちだが、日本の弓だって威力はなかなかのものだよ。弦が掠めればすぐに痣になるし、運悪く眼鏡に引っかかれば一発で壊れてしまうくらいにはね」

「そうなんですか」


 正直、弓がそんなに威力のあるものとは知らなかった。俺は先輩の言葉に素直に驚きの声をあげた。


「まぁ、上達すればそんなこともなくなるから、もうしばらくの辛抱さ」

「なるほど。何はともあれ仲直りできてよかったですね」

「あぁ、君の言うとおりだよ」


 先輩って本当に何でも知っているよなぁ、と俺は感心しながら、今度こそ紅茶を淹れるべく薬缶をコンロにセットしたのだけど。


「ところで、モナミ」

「なんですか? ココアのお代わりもいれますか?」

「いや、それは結構。そんなことよりも」


 続いた先輩の言葉に、俺は自分の耳を疑った。


「おしゃれをしてきた女性を一言褒めるのはマナーというものだよ。それが自分のためのものなら尚更ね」


 はい? えっ? 何? 先輩、何を言っているの? 自分のためって。自分って、まさか。俺のこと?

 突然のことに理解が全くついて行かない俺は、先輩に向かって酸欠の金魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。

 その隙に先輩が踵を返し、扉に手を描ける。

 

「さて、私は失礼するよ。午後の授業が始まるからね」


 俺を面白そうな顔で見ながら先輩は家庭科準備室を出て行った。


「えっと、そのおしゃれは俺のためだったりしました?」


 やっと絞り出した俺の問いかけは誰にも届かず、家庭科準備室を漂って消えた。


 *****

 読んでいただきありがとうございます!

 はたしてヘタレな近藤が先輩を水族館デートに誘える日はくるのでしょうか!?

 次のお話は文化祭が舞台の予定です。引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです!

 

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