第9話 とある理科部員の恋文【解決編】
ヒサヨシが家庭科準備室に来た数日後。俺と先輩は放課後の家庭科準備室でカルメ焼きを食べながらお茶をしていた。
――あれ? 先輩に真相の説明を求めるんじゃなかったの?
うるさいよ! 聞いたさ! 聞きましたよ! そして教えてもらえませんでしたよ! えぇ、そうですとも! あっさりとスルーされましたよ! それが何か?
――いや、別にそうなるとは思っていたけど。じゃあ、真相はわからずじまいってこと?
真相はヒサヨシが一応教えてくれたよ。一応ね! ヒサヨシは氷姫と絶賛ラブラブだよ! ジュンジもね! えぇ、ぼっちは俺一人ですよ! 悪かったな!
――やっかみが酷いな。ところで先輩が呆れた顔で見ているけど。気が付いている?
えっ? 嘘でしょ? ねぇ、絶対、先輩って俺の心の中を読んでるよね! まさか先輩って。
「私はエスパーでも超能力者でもないよ」
「だから、なんでわかるんですか? やっぱり、俺、口に出してます?」
「なるほど。カルメ焼きには紅茶だね」
珍しくココア以外の飲み物が入ったカップを口に運びながら、先輩が幸せそうに目を細める。カルメ焼きには紅茶だと俺が押し付けたのだ。
「でしょ! 俺は王道のダージリンが好みです。もちろん砂糖は抜きで。カルメ焼きのちょっと焦げた甘さがダージリンに合うと思うんですよね」
「確かに。それに君は紅茶を淹れるのが上手なんだな。これも悪くない」
先輩の言葉に嬉しくなってしまった俺は、ドヤ顔で続ける。
「先輩もいつもココアじゃなくて、たまには紅茶もどうです? チョコフレーバーの紅茶とかミルクティーにいいんですよ。ココア好きの先輩もきっと気に入りますよ! って、あっ」
「なるほど、チョコフレーバーか。いいね。今度探してみようかな」
しまった。話をはぐらかされた。そう思ったものの、俺の淹れた紅茶を満足そうに飲んでいる先輩の笑顔を見たら、今更エスパー云々の話に戻す気にもなれず。ついでに思った以上に好感触な先輩の様子を見て、調子に乗った俺はそのまま余計なことを口走ってしまった。
「いいですよ。チョコフレーバーの紅茶ならうちにあるから今度持ってきます。よく行く紅茶屋で丁度見つけたんです。先輩が好きそうだなぁ、と思って……って、あっ」
「えっ?」
そのまま固まる先輩の姿を見て、背中に冷たいものが走る。
しまった。これって結構気持ち悪いよね。頼まれもしないのに好きそうなフレーバーの紅茶を探して、あまつさえすでに買ってあるとか。ちょっと、いや、完全にやばい奴じゃん。
「あっ、いや、あの」
何か言わなきゃと思うものの、何も思いつかない。頭がフル回転で空回りする。
「なるほど。さすが理科部だ。何度も作っているだけあって上手だな。ラッピングも綺麗だ」
気まずい空気の中で先に口を開いたのは先輩だった。
先輩、ありがとうございます! でも、話を逸らすの下手過ぎでしょ! と心の中で盛大にツッコミつつ、その苦しい言葉に乗っかる以外の選択肢が俺にはなくて。
「えっと、理科部の本分はカルメ焼きを作ることではないと思いますけどね。でも、確かにこれならいい宣伝になりそうです。うん、オイシイナ~」
俺の方が下手くそか! そう思いながら、ヒサヨシが持ってきてくれたカルメ焼きに手を伸ばして、口に放り込む。一口サイズのカルメ焼きは食べやすいし、綺麗にラッピングもしてある。これは生徒受けもよさそうだ。
「そういえばフリクションのペンって消せるだけじゃないんですね」
今度こそ話を変えるべく、カルメ焼きを食べながら先輩に言う。
あの謎の紙はフリクションのペンで書かれたものだった。知ってのとおり、フリクションのペンで書いた文字は熱をかければ消える。そして、パウチ加工の際には熱がかかる。と、ここまで説明すれば、紙に書いた文字が消えることまでは想像がつくと思う。でも、大切なのはその先で。
「消えた文字が冷やすと復活するなんて知りませんでした」
そうなのだ。パウチ加工の際の加熱で消えてしまったフリクションのペンの文字は、冷凍庫で冷やすと復活するのだ。
ヒサヨシからその話を聞いた俺は自分でもやってみた。パウチ加工の機械は持っていなかったから、普通にノートに書いて消した文字を冷凍庫にいれただけだけど、見事に復活していた。
「氷姫だから冷凍庫かぁ」
灰島さんが氷姫と呼ばれていることは学園では周知のことだ。名前と理科部。ヒントの意味はこれだったわけだ。
「紙にはなんて書いてあったんですかね。ヒサヨシの奴、教えてくれたっていいのに」
「モナミ、野暮なことを言うものじゃないよ」
ぼやく俺に先輩がまた呆れた顔をする。
ヒサヨシのやつ、冷凍庫に入れたら文字が浮かび上がったことは教えてくれたのに肝心の内容は教えてくれなかったのだ。二人だけの秘密〜とか言いやがって。
まぁ、今日の昼も二人で仲良く学食に行く姿が見えたし、上手くいったみたいだからいいけどさ。
「それにしても意外でした」
「ん? 何がだい?」
新しい紅茶を淹れようと立ち上がりながら言う俺に、先輩がカルメ焼きを齧りながら問いかける。
「灰島さんって、告白とかはっきり言う人かと。あれくらいの美人になれば断られる心配なんてないだろうし」
そのままの流れで紅茶を飲もうとしていた先輩の手がふと止まる。榛色の大きな目がじっと俺を見つめる。綺麗な目だなぁ、って、そうじゃない。
「えっと、俺、また何か変なこと言いました?」
ふぅ、とため息をついて先輩は改めて紅茶を一口。
「あの、先輩?」
「モナミ、君は本当に乙女心というものがわかってないね」
先輩の言葉に俺は不貞腐れる。どうせ俺は女の子の気持ちなんてわかりませんよ。ジュンジやヒサヨシみたいにモテませんし、彼女もいませんしね。
俺のぼやきがまた聞こえたのだろうか。先輩が、やれやれ、と呟く。えっ? 本当に俺って知らぬ間に色々なことを口に出してないよね。
「誰だって好意を伝えることには臆病になるものだよ。それが学園の氷姫でも、名探偵でもね」
「えっ?」
先輩の言葉への反応が一拍遅れる。その隙に先輩は紅茶を飲み干して立ち上がる。
「さて、そろそろ下校時間だ。私は失礼するよ。カルメ焼き、美味しかったと紫村君に伝えておいてくれ。お幸せに、ともね」
それだけ言うと先輩はさっさと家庭科準備室を出て行ってしまった。
えっと、先輩、自分のこと自分で名探偵って言った? って、違う! 問題はそこじゃない!
好意って何? まさか先輩に好きな人がいる?
いや、先輩だって年頃の女の子だ。好きな人の一人や二人いてもおかしくない。
でも、そんな。俺のことモナミって呼んでいるよね? アレって名探偵の口癖を真似しているだけなの? 本当に意味を知らないで呼んでいるとかある?
先輩の爆弾発言を聞いて、俺は家庭科準備室に一人立ち尽くしたのだった。
*****
読んでいただきありがとうございます!
カルメ焼きは食べるのも好きですが、作っているのを見ているのも好きです。縁日で見かけるといい歳してついつい見入ってしまいます。
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